第49話 結婚したらどうせ。
「奈桐が……生きてる……? それも……凪ちゃんの中に……宿ってる……? え……?」
困惑するように、それが現実だと信じられていない様子で、引きつった笑みを浮かべながら呟く守さん。
俺はそんな彼に、いや、この場にいる全員を相手にして頷いた。
「はい。凪は奈桐なんです。夢とか、幻じゃない。事実です」
言って、小さい姿の奈桐の方を見やる俺。
奈桐は、俺がどうして欲しいかを察し、補足するように切り出した。
「お父さん。私、奈桐。見た目は小さくなっちゃったけど、中身はお父さんの娘だった時の奈桐だよ」
「っ……!」
守さんの目が見開かれる。
耐えきれなかったのは陽子さんの方だった。
椅子から立ち上がり、よろけながら俺の隣、奈桐の元に縋り付く。
「奈桐……? 本当に奈桐なの……? 冗談じゃない……? 本当に……!?」
奈桐は一瞬泣きそうになりながら、けれども唇を噛んでそれを我慢して頷いた。
そうだよ、と。
陽子さんは、有無を言わさずにその小さい体を抱き締めた。
抱き締めながら、大きな声を出して泣き始める。
周りにいた俺たちや、店員さんのことなんて何も考えられていない。
それも仕方なかった。
こうなる。
俺も似たようなものだった。
「奈桐っ……! 奈桐ぃ! あぁぁぁぁぁぁ! 奈桐ぃぃぃ!」
「っ……お母……さん……」
我慢していたものが、奈桐の瞳からこぼれ落ちる。
何もかもを知っていた俺の母さんたちは、それを見て目頭を熱くさせていた。
酔いが覚めたのか、さっきまで騒いでいた母さんも今は黙り、布巾で目元を拭っていた。
芳樹父さんは……納得したような、どこか澄んだ表情をしている。
守さんも席を立ち上がり、奈桐の傍まで寄ってきた。
「に……似ていると思ったけど……ほ、本当なのか……?」
「ほんとだよ……おとうさん……まだしんじらんないの……?」
その物言いを聞いて確信したのか、守さんの瞳が一気に揺れる。
歯を食いしばり、袖で目元を拭っていた。
「し、信じらんないって……だって普通そんなこと……!」
「事実だそうです。あの小さな体には、雛宮奈桐さんが宿っている。僕もそう、ちゃんと聞きました」
フォローするように、芳樹父さんが言った。
守さんは、そんな父さんの言葉を聞き、陽子さんと一緒に奈桐を抱き締める。
俺の母さんが、ポツリとこぼした。
「懐かしい光景ね」と。
本当にそうだ。
懐かしい。
まるで15年前にタイムスリップしたよう。
迷子になった奈桐が見つかった時、こうして俺の目の前で、守さんと陽子さんは幼い娘を抱き締め、泣いていた。
そのままだ。
あの時と変わらないシーンがよみがえっている。
俺は、気付けば瞳から涙をこぼしていた。
そして、安堵したような笑みを浮かべてしまう。
「……おかえり……奈桐……」
俺が周りに聞こえないくらいの声で呟くと、恋人であり、幼馴染の彼女はこちらを見つめ、眩しいほどの笑顔で返してくれた。
「ただいま、成」
と。
●○●○●○●
その後、俺は知っていることのすべてをみんなに打ち明けた。
どのタイミングで凪が奈桐だと気付いたのか、どれだけの間秘密にしていたのか。
奈桐も奈桐で、自分のことを赤裸々に語ってくれた。
自分が藤堂凪として生まれ、いつから奈桐の意識でいたのか。
答えは簡単で、どうも物心ついた時からだったらしい。
自分が雛宮奈桐で、俺、橋木田成にずっと会おうとしていた。
けれど、小さくて幼い自分では、すぐに俺の住んでいる場所まで戻ることができないし、何よりも新しくできた父親と母親がいる。
葛藤の中で生まれ変わりの日々を過ごし、神様の気まぐれで、またこうして俺と巡り会えた。
悩みの中で、ずっと俺に会おうとしてくれていた。
その事実を、皆に語ってくれたのだ。
そして、こんなことも言っていた。
「私、これからどう生きよう? 雛宮奈桐か、それとも橋木田凪か……」
すっかり意気投合した守さんと芳樹父さんは、二人して声を揃えて言う。
「それは橋木田家でしょ!」
「雛宮家じゃ!?」
なんてふうに。
するとまあ、今度は俺の母さんと陽子さんが「おバカ」とツッコむのだが、それはまあいつも通りの光景ということで。
結局、現実的な回答はばあちゃんが下していた。
世間的に見ても、橋木田家でしょ、と。
「だってあんたたち、よく考えてみなさいな。その辺りごちゃごちゃにしたら、これからある参観日とか、保護者のこととか、ちょっと色々ややこしくなるでしょ? 名字通りにしておきなさい」
「「ま、まあそうなりますか……」」
お父さん二人の声がまた重なる。
奈桐と、それから葉桐ちゃんは二人で目を合わせて笑っていた。
「それと、どうせ奈桐ちゃんは将来……ほら、橋木田になってたじゃない? ねえ、成?」
「え! お、俺!? ていうか、いきなりだな、ばあちゃんほんと!」
おぉ、と皆が謎の納得。
おぉ、じゃねえよ! とツッコみつつ、俺は奈桐の方を見た。
とぼけながらオレンジジュースを飲んでる。
俺は「いやいや!」と手を横に振った。
「ど、どう考えても早いからね!? 元々奈桐は15歳で、い、今は4歳に戻ったから、そんな結婚なんてまた遠ざかったわけだし!」
「へっ。しっかり意識してんじゃねえか」
黙っていたじいちゃんが鼻で笑いながら言う。
俺はさらに否定した。
「だ、だってそれはばあちゃんがああ言うから!」
「いやいや。そういうことだったらなおのこと納得だよ。奈桐は19歳で成君と結婚した。そう思えば素直に認めることができる。うんうん」
「ちょ、ちょっと守さん!?」
「そうねぇ。奈桐、成君と早く結婚したいって言ってたものね。そのお願いが叶ったみたい」
陽子さんに言われ、オレンジジュースを吹き出す奈桐。
ほれ見たことか。
余裕ぶってるから攻撃受けてやんの。
「じゃあ、決定だわね。成、奈桐ちゃん。あんたたちは今日結婚した。そういうていでいくわ」
「お、おい、ちょっと待たんかぁ! 何勝手に話進めてんだぁ!!!」
「……けほけほっ……わ、私はいいけど……」
「お、おい奈桐ぃ!? み、認めるな! まだ早いから! 認めたら俺がお縄になるから! 4歳の女児と結婚した20歳男って!」
「微笑ましいじゃない〜」
「全然微笑ましくないんですが!?」
ニコニコしながら言う陽子さんに、俺は全力でツッコんだ。
捕まるのだけは絶対に嫌だ。
「よし。そうと決まれば、今夜はうちで婚約パーティーね。守くん? 陽子ちゃん? 葉桐ちゃんも。あんたたちもいいわよね? うちに来なさいな」
「「「お邪魔します」」」
「やめんかほんとぉ!!!」
ばあちゃんが勝手に決定し、雛宮家の三人が声を揃えて了承。
俺は、静かなレストランで叫ぶのだった。
結局、一番うるさかったのは俺でした、と。
幸せだったのか、最悪だったのか、もうどっちかわからなかった。
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