第50話 俺たちにとってのお父さんは一人
言いたいことは全部ちゃんと言えた。
皆に奈桐のことを認知してもらえた。
それは、俺にとってこれ以上ない幸福で。
また、もう一度、幼馴染の恋人と一緒に手を繋いで歩けることが嬉しくてたまらない。
ありがとう、奈桐。
生まれ変わり、もう一度俺の元へ姿を見せてくれるほど、俺のことを愛してくれて。
俺もそんな奈桐の想いに全力で応えたい。
これからの人生分。
一生をかけて、君を幸せにしたい。
ありがとう。
本当に、本当に。
生まれてきてくれて。
「ありがとな、奈桐」
小鳥のさえずりが聴こえる早朝。
静かな寝室のベッドの上で眠る奈桐。
きめ細かくサラサラな黒髪を優しく撫でながら、俺は隣で囁くように感謝の言葉を口にした。
奈桐はまだ起きない。
むにゃむにゃと寝言を呟き、俺の手をもにもに触ってくる。
「……くすぐったいよ」
苦笑し、俺は小さく笑ってみせた。
奈桐から視線を外し、手は触られたまま、仰向けになる。
天井を見上げ、一つ息を吐いた。
達成感の余韻はまだある。
これから先、奈桐はとりあえず凪として生きていくわけだけど、俺の周りの皆の認知としては奈桐だ。
橋木田の名字になった奈桐。
それだけで既に結婚した感が凄い。
一人でにやけてしまう。
昨日の夜は散々それでいじられたけど、ぶっちゃけもうロリコンでも何でもいい。
俺は奈桐と結婚したも同然だ。
あとは、渡した指輪がぴったりになるくらい奈桐が大きくなれば、全部おかしくなくなる。
「……楽しみだな。奈桐が20歳くらいになった姿。……その時、俺は36歳くらいなわけだけど」
「……ふふっ。そうだね。すごい歳の差だ」
「――!?」
速攻で声のした方を見やる。
「と、父さん……!」
びっくりだった。
全然気配も足音も感じなかった。
そこには芳樹父さんが立ってる。
にこりと笑み、一言。おはよう、と挨拶してくれる。
俺は緊張を解くようにまた息を吐いた。
「び、びっくりした……。誰かと思った。幽霊か何かかと……」
「あっはは。おいおい、それはさすがに失礼だって。確かに抜き足差し足で迫ってたんだけど」
「やめてよ……心臓止まる……」
「ふふふっ。ごめんごめん。謝るよ」
言いながら、父さんはそこにあった簡易椅子へ腰掛ける。
ベッドで横たわっている俺と奈桐を見つめ、微笑を浮かべた。
「昨日の夜に散々言ったけど、本当に良かったね、成君。奈桐ちゃんにまた会えて」
「……他人っぽい言い方だけど、父さんの娘でもあるよ。凪は」
「その辺難しいね。僕はいったいどう解釈していいのか悩むよ」
ははは、と相変わらずいい人そうに邪気のない笑い方をする父さん。
でも、俺はそれが無理をしているようにしか見えなかった。
昨日の夜からそうだ。
その理由は考えなくてもわかる。
俺は少し呼吸を整え、緊張感を持って告げた。
「いいよ、父さん。今、ここには俺と奈桐と父さんしかいない。本音で話したい」
「本音?」
「うん。昨日の夜は、奈桐のことで場が持ちきりだった。誰も凪について触れなかったから」
「っ……」
父さんが言葉を詰まらせたのがわかった。
少し笑みがぎこちなくなる。
「成君は本当によく色々考えてるんだな。それに、見抜いてる。人の心を」
「成君って呼び方ももうやめてよ。俺は『父さん』なんだし、せめて呼び捨てにして欲しい。俺の父さんは芳樹父さんだけなんだから」
俺の言葉を受け、父さんは虚を突かれたように口を小さく開けてこちらを見つめる。
俺は続けた。
「それに、奈桐さ、昨日の夜、眠る前に言ってたんだ。父さんのこと」
「……え?」
「どういう形であれ、今の自分の意識は雛宮奈桐だけど、この体の父親は芳樹お父さんで、私はお父さんのことが大好き、って」
「……!」
「大切な人を一人に限定するつもりはないらしいよ。そりゃもちろん恋人となれば俺一人だけど、自分のことを大切にしてくれる親とか、親戚とか、そういう人たちを一人に絞ることを奈桐はしようとしていない」
「……成く……」
言いかけ、芳樹父さんは口を自分の手で塞いだ。
俺は頷く。
「俺だってそうだ。芳樹父さんの前に、一人父親がいた。過去の父さんも今でも大切にしてる。顔は全然知らないけどさ」
「……っ」
「そういうものなんだよ。子どもからすれば。だから、さ?」
「ふっ……うっ……」
「父さんは、父さんらしく、今まで通り凪を……奈桐を、自分の娘だと思い続けて欲しい」
「……ああ……あぁ……!」
「それが息子である俺と、娘である奈桐の願いだ」
芳樹父さんは目元を手で抑え、涙ながらに頷いていた。
俺と奈桐の紛れもない本音に触れ、少しでも楽に、今まで通りになって欲しい。
俺たちが願うのは、本当にそれだけだ。
【作者コメ】
次話、最終回となります。
まだまだ成と奈桐の……いや、皆の話を書いていたいけど……終わっちまう……終わらせちまうよ……。
名残惜しいけど、始まりのあるものに終わりは付き物だから……。
もしかしたら近況ノートに二人の生活の短編を書くかもしれない。
書いた暁にはぜひ読んでいただきたいですね。
せせら木が筆を走らせる限り、二人の生活は描かれ続けるから(キリッ)
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