第51話 永遠に。

 ばあちゃんの作ってくれた朝食を皆で摂り、俺たちは揃って帰りの準備を進めていた。

 

衣類やその他諸々をバッグの中に詰めたり、何か土産物としてばあちゃんが持たせてくれようとしたり、色々だ。

 

そうやって皆が慌ただしくしている中。

 

俺は家の外に出て、中庭から見える景色をボーっと眺めていた。

 

あれだけここに来るのを面倒だと思っていたのに、いざまたしばらく来れないと思うと、一抹の寂しさを覚えてしまう。

 

自分勝手なもんだ。

 

自分勝手だから、そう思っているなんてことは誰にも言わなかった。

 

「成」

 

景色を眺めていると、背後から舌足らずな声で名前を呼ばれた。

 

声の主が誰かなんてのはわかってる。

 

振り返ると、そこには奈桐と葉桐ちゃんがいた。

 

姉妹揃ってお出かけ用のワンピースに身を包んでいる。もう出発の準備は万端といったところだろうか。

 

「成お兄ちゃん。なにボーっと向こうの方見つめてんの? 何も無い田舎が広がってるだけじゃん」

 

葉桐ちゃんが首を傾げて言ってくるが、奈桐はクスッと笑い、

 

「違うよ、葉桐。成はね、ここに来るの面倒くさがってたくせに、いざ離れるとなると寂しいなーって思って向こうの方見つめてたの。小さい時、よくここには来てたから」

 

完全に俺の心を読んでいる奈桐さん。

 

さすがだな、と苦笑するしかない俺。

 

それを見て、葉桐ちゃんは「やれやれ」と呆れていた。

 

「なんかそういうとこ相変わらずだね、成お兄ちゃんは」

 

「……人間そう簡単には変われないってことだよ。残念ながらね」

 

「色々、もっと素直になればいいのに」

 

「それ、葉桐ちゃんには言われたくないな。あんだけ奈桐のこと引きずってたくせに」

 

「むっ……! そんなのお兄ちゃんだって同じだと思うけど?」

 

言い合う俺たちの間に、小さい奈桐が割って入って来た。

 

「はいはい。二人ともそこまで。成、大人げないよ。葉桐もそうやって成に突っかからない。二人とも、ほんとに頑固なんだから」

 

「「っ……」」

 

「もう少し私みたいに大人にならなきゃ」

 

「「……大人ねぇ……」」

 

葉桐ちゃんと声を揃えて言ってしまう。

 

現状一番背丈の低い奈桐が大人を語るなんて、それはそれで面白いものがある。

 

ジト目で見つめていると、奈桐はうろたえるようにして返してきた。

 

「なに?」と。

 

俺たちはそれに対し、また二人揃って声を合わせる。

 

「「いや、何も」」

 

 ムッとする奈桐を前に、俺は苦笑交じりに遠くを見つめながら独り言のように続けた。

 

「けどまあ、懐かしさにくらい浸ってもいいだろ? 奈桐の言う通り、小さい頃はよくここに来てたんだ」


「……お兄ちゃん、来なくなっちゃったのってやっぱり……」


「いや、奈桐のことが影響してたわけじゃない。なんか、なんとなく足が遠ざかっていってたっていうか」


「だから、それが私の影響なんじゃないの?」


 奈桐に追求され、俺は少し考える仕草。


 奈桐は続けた。


「成は私のこと大好きだからねぇ〜。私のせいじゃないって言っても、頭の中で無意識なんだよ〜」


「っ……。いや、そんなこと……まあ、好きなのは否定しないけど」


 俺がそう言うと、奈桐は不意を突かれたみたいに顔を赤くさせた。


 自分で言っときながら何カウンター食らってるんだ。


 隣で葉桐ちゃんが呟く。バカップル、と。


「でも、実際俺はほんとに無意識なのかもな。周りのこと、全部奈桐が結び付いてる。小さい時からしてた習慣で変わってしまったことは、奈桐が全部影響してるのかも」


「ほら、みたことか」


「お姉ちゃん。お姉ちゃんも大概なんだからね?」


 葉桐ちゃんがジト目で言うと、奈桐は顔を赤くさせたまま反論していた。


 俺はそれを見て、苦笑する。


 変わらない。


 何もすぐには変わらない。


 変わって欲しいことも、変わって欲しくないことも。


 表向き、何か大切にしていたものが変わったように見えても、それは根っこのところは何も変わっちゃいないんだ。


 惑わされて、心を揺られ、落ち込む。


 そんなの無駄だ。


 変わっていないと信じて、自分は大切な何かの傍にい続ける。


 それが重要なんだろう。


「……なぁ、奈桐?」


「? なに? どうかした、成?」


「俺、奈桐が大人になるまでちゃんと待つからな」


「へ?」


 小さい体で、きょとんとしながら首を傾げる。


 そんな幼馴染であり、恋人のことを、俺は心の底から可愛いと思った。


「大人になるまで待つ。だから、結婚しような、奈桐」


「ふぇ……!?」


「大好きだ。ずっと、ずっと」


 そう言って、俺はしゃがみ、奈桐の髪の毛を優しく撫でた。


 赤い顔をした小さな婚約者は、戸惑った後、小さく頷く。


「……うんっ……」


 あの日、花火大会の日。


 俺ができなかった直接の告白を受け入れるみたいにして。


 そっと。







●○●○●○●







 街の図書館か、親戚のおじさんの家の書斎か、記憶にはないけれど。


とある絵本で読んだ一文があった。






 だいすきなひとがどこかへいってほしくないのなら、『I LOVE YOU』よりもおもいのつたわることばをプレゼントしてあげて。





 かつての俺はその言葉の意味を理解できなかった。


 でも、今ならそれも理解できる。


 大切な人へ捧げるべき言葉。


 それはーー






「ただ、俺は君の傍にいるよ。奈桐。ずっと、ずっと。死んでも、ずっと」






 永遠を伝える言葉。


 それだけだ。












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