第100話 会話の後。お風呂。
多くのことを、まだ幼い実の妹にすべて話した。
何も全部を理解してくれているとは思っていないし、俺も俺で、それは最初から想定していたことだ。十の内の何割か、大切なことだけ真に美森へ届いてくれていればいい。
そんなことを考える。
奈桐と一緒に入っている風呂の中で。
「……なあ、奈桐? 美森、本当にもう寝に行ったと思う?」
「……」
「俺、今になって心配になってる。ちょっと一気に話し過ぎたんじゃないか、って」
俺がそう言っても、奈桐は何も言わずにただシャワーを流し、髪の毛を洗っている。
どんな風に洗っているのか、それはまったくわからなかった。
俺の視界は目元にタオルを巻いているせいで真っ暗。
そのせいで、裸になっている奈桐の姿も当然目に焼き付けられないわけで。
というか、奈桐の裸を見ないために、俺はわざわざこうしてタオルを目元に巻いていた。
一緒に風呂に入りたい時はよくやることだ。
目元を完全に隠し、会話だけする。
当然一緒になって湯に浸かるとか、裸での触れ合いは無し。
そういうのは、奈桐がちゃんと凪の姿で大人になってからだ。
変な気を起こしたりはしない。いくら恋人であっても。
「……あの、奈桐さん? まだ怒ってらっしゃいます?」
そんな奈桐に対し、俺は浴槽で一人湯に浸かりながら声を掛ける。
これもまた無視されるのかな、と思っていたが、浴室内に響き渡っていたシャワー音が止まり、
「別に。もう怒ってないよ」
と返してくれる奈桐。
安堵しつつ、俺は「じゃあ」と続ける。
「どう思う? 美森のこと。俺、言った通り美森に奈桐とのことを一から十まで全部話したけど、あいつ一人で先に風呂に入って、そそくさと寝に行っちゃったじゃん? 普段なら俺たちと一緒に全部しようとするくせに」
「……」
「……ええっと、奈桐さん?」
またしても突然無言になる奈桐。
何か返して欲しいけど、それが無くて不安になる。
ただでさえ視界がタオルで遮断されてるんだ。怒ってないって言っても、それは全然嘘だったりするんじゃなかろうか。
実際の表情は怒りに満ち満ちている、とか。
――なんてことを考えていると、浴槽の湯が音を立て、水面を揺らす。
「――!? いや、あの、奈桐さん!?」
何も見えない。
見えないが、俺の肌に何者かの肌が触れる。
何者か、と言っても、そんなのは一人しかいなかった。
奈桐だ。
奈桐が俺のいる浴槽に入り込んできた。
ギョッとする。
目隠ししているとはいえ、それでも今まで恥ずかしがってできなかった行為。
一緒になって湯船に浸かるとか、そんなのもうやることやっちゃってる大人なカップルの嗜みだった。
俺たちにはまだ早過ぎる。
三十歳だけど、早過ぎる行為だ。
「やっぱり、ちゃんとくっつかないと入れないね。成、もう少しちゃんと壁にもたれて座って? 私、成の前で体育座りする形で入るから」
「ま、まま、前にって! 前にって奈桐お嬢さん、あなたそれじゃあ俺のアレが……!」
「俺のアレ? 何? よくわからないけど、とにかくもうちょっと壁に寄って?」
「あーっ! わかった! わかったから押さないで! 壁にちゃんともたれるから!」
叫び、俺は大人しく言うことを聞く。
何だろう。どことなく違和感。
俺はもちろんだが、奈桐も動きに微妙な不自然さが出ていた。
まるで俺と同じように目隠ししているが故の動きのぎこちなさというか……。
「私も目隠ししてるから、ちゃんと動いてくれないと変なところに座っちゃうよ? 成の肩に座っちゃったり、とか」
「やっぱりそうか! 奈桐も目隠し中かよ!」
ちくしょう。通りでだ。
脚でグイグイ俺の膝を押してくるだけだったから、そんな予感はしていた。
お互いに何も見えない状態だから危ない。
早いところ奈桐を座らせてあげようと思い、俺は速攻で身を壁際に寄せて、奈桐へ浴槽に浸かるよう指示。
じゃぶん、と音がし、そっと前方へ手を伸ばすと、奈桐の肌に触れることができた。
手は即座に奈桐から離す。不必要に触り続けるのも違った。
こういうのはもっと色々段階を踏んでから――
「……ん。成、手離さなくていいよ? 私に触れてて?」
――と思っていたのに、俺はその場で爆発四散しそうな思いに駆られる。
「ななななな、奈桐しゃん!?」
ろれつが回らず、ちゃんとした発音もできない。
体温も一気に上がった気がして、のぼせてしまいそうになった。
すべては奈桐の衝撃発言のせいだ。
あまりにも大胆だった。
肌に触れてて、なんて……。
「さ、さっきまで怒ってたじゃん! 怒ってたのに何で急に……」
「……もう。だから、怒ってないってば」
「んぎゃぁ!」
語調でわかった。
きっとムスッとしながら言って、奈桐は俺に身を寄せてくる。
体のどの部位かはわからないが、肌と肌が完全に触れ合っていた。
俺の右半身にフニフニとした柔らかいモノも当たっているし、これはまさか……?」
「い、いや、ダメだダメだ! 考えるな、俺!」
一人で叫び、奈桐から「何言ってるの?」と心配されるような、ドン引きされるようなお言葉を頂く。
でも、本当にダメだった。少しでも色々考えると、俺はその場で気を失ってしまいそう。
奈桐の裸が俺の肌に当たっている。
本来ならこの事実だけで気絶してもおかしくない。
「な、奈桐……本当にどうしたんだ? 怒ってないって言っても、さっきまで不機嫌なのは不機嫌だっただろ……? それがこんな急に積極的に……」
「……積極的じゃないとダメだなって思ったし」
ボソッと呟くようにして言う奈桐。
俺は冷や汗ダラダラながら、そこに対しては疑問符を浮かべた。
「積極的じゃないとダメ、とは……?」
すぐには答えが返ってこない。
でも、少しだけ間を置いて、それらしい言葉を考えてから奈桐は俺の問いかけに応じてくれた。
「……美森が……自分の思いをちゃんと吐き出してくれてたから」
「……? 美森?」
うん、と返してくる奈桐。
そのまま続けてくれる。
「ちゃんと、自分の気になるところは気になるって言って、成の話を聞いたうえである程度の理解を示して、飲み込んでた。八歳の女の子がだよ? すごいって思ったの」
「……まあ、確かに。八歳の女の子が複雑な俺たちの話を聞き入れるってなかなかすごいことだよな」
「もちろん、全部を理解しきれてるかはわからない。わからないけど、それでも私は心の底から美森に感動して、尊敬した。この子は本当にえらいな、って」
「でも、それで何で奈桐が今ここで……?」
「成にくっつくことに繋がるか、って? それは決まってる」
言って、奈桐はさらに俺と距離を縮めてくる。
絡み合うように繋がる体と体。
俺の理性は崩壊寸前で、けれど真面目に話を聞きたくもあった。
朦朧とする意識の中、目元に巻いていたタオルがズレ始める。
ヤバい。
でも、それを直そうと思っていると、奈桐は言葉の続きを俺に話してくれて、
「私は私で、そろそろちゃんと恋人らしいことしなきゃって思ったの。成と」
目元を露わにさせた奈桐。
彼女に、ズレていたタオルを回収され、
「……え……?」
俺は、奈桐と見つめ合う形になっていた。
奈桐の目元にはタオルなど何も無かったのだ。
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