第101話 相変わらずのお風呂。奈桐の言葉。

 瞬間的に動揺すると、人はその対象に対して背を向けるらしい。


 いや、これは何も皆が皆そうするわけでもないか。


 俺は、という話だ。


「ななな、奈桐!?!?」


 裏返りまくった声を出し、俺は浴槽の中で慌てて奈桐へ背を向けた。


「……成」


 ボソッと俺の名前を呟き、背に体を……柔らかい部分を押し付けてくる奈桐。


「な、なきっ、奈桐……さん? あ、あああ、あの、その、い、いったい何を……?」


 あまりにもぎこちなく、そしてハッキリと言葉を紡げない俺。


 過去にないくらい動揺していた。正直、倒れてしまいそうだ。


 ここまで生の肌と肌を密着させたことなんてなかった。


 言うまでもなく、俺は女の人と裸で密着し合った経験なんて無いし、もっと言えば童貞なわけだ。


 中学生の女の子相手に何を言っているのか、と思われるかもしれない。


 でも、その女の子の中身は最愛の恋人であり、俺の中で最も尊い存在である彼女なわけだ。


 精神年齢もまったく同じ。


 動揺するし、反応もしてしまう。


 高揚し、心臓はあり得ないほど動いているが、いっそのことここから消えてしまいたくもあった。


 緊張からの解放を心が望んでいる。


 とにかくもう、何もかもわからなかった。


 奈桐は、自分がもっと積極的にならないと、と言ってはいたが。


「あ、あのな、奈桐……? え、えっと、こんなこと俺が言うのも変な話だけど、自分の体はもっと大切にした方がいい――」


「してるよ。大切にはしてる。だからこんなこと、成にしかしないの」


 唇を噛んで、こっそり悶える俺。


 奈桐が凪として生まれ変わって来てくれて、俺は散々愛情表現をされている。


 それでも、累々と重なって自分の中で溜め込んでいた言葉の中で、今の奈桐の発言は特に嬉しいものだった。


 幸せ過ぎて蒸発してしまいそうだ。


 頭もくらくらする。


 これは半分のぼせているからだろうけど。


「成は私にこういうことされるの……嫌?」


「へ……?」


「……その、喜ぶかと思ってたけど、反応があんまり……だから。嬉しくなかったかな……って」


 反射的に振り返ってしまう。


 振り返って、「そんなことない」と強く主張した。


 否が応でも奈桐の裸体に視線が行くので、また俺は彼女へ背を向けるわけだが、恥ずかしさを感じつつ、首を横に振りながら続けた。


「嬉しくないわけがない。好きな人からここまでのことをされて、俺は今にも蒸発しそうなくらい幸福を感じてるし、自分のことを幸せ者だと思ってる。な、奈桐の裸は最高だ!」


 最後、とんでもないことを言ってしまった自覚はあった。


 あったのだが、発してしまった言葉は引っ込められるはずもない。


 俺のセリフは奈桐を動揺させた。わかりやすいくらいに。


「だ、だからな、べべ、別にそんな落ち込むことないぞ……? 俺は奈桐の全部が好きだし、こうして想ってくれている事実だけでも嬉しいんだ」


 無言のまま、奈桐は若干俺への密着度合いをさらに強めた。


 ドキッとするけど、気付かないフリをして続ける。


「だから、話はちょっと変わるけど、奈桐が俺と一緒に兵庫へ行くって言ってくれた時、すごく嬉しかったんだ。反応としては驚いてたんだけどな」


「え……」


 奈桐がぽつりと声を漏らす。


 意外そうな、そんな反応だった。


 それもそうだ。


 奈桐が兵庫へ行くと言った話、俺はいったんそれに対しての答えを保留していたのだから。


「じゃあ成、私……一緒に兵庫へ行っていいの? 高校受験も、それに向けて準備していい……?」


「うん。俺の意思としては構わない。だけど、父さんや母さん、それに葉桐ちゃんたちが何て言うのかはわからない」


 ――もちろん、美森も。


 最後にそう付け足すと、奈桐は一瞬黙り込んでしまった。


 何かを考えて、それから言葉を続ける。


「……全部が叶うなら……美森も一緒に連れて行ってあげたい」


「……え?」


 今、何かすごいことを言われた気がする。


 またしても振り返りそうになるが、小首を傾げて疑問符を浮かべるだけに留めておいた。


 今、何て言った、と。俺は奈桐へ問いかける。


「皆……私たちの周りの人たちが認めてくれたなら……美森も兵庫へ連れて行ってあげる。そういうこと、できないかな?」


 今度はハッキリと聴こえた。


 聴こえたけど、俺はそれに対して首を横に振り、


「できないと思う」


 と、そう確かに答えるのだった。

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