第6話 好きで溢れたお願い
人の妄想が、願いが、簡単に現実になるなんてこと、無いと思っていた。
ましてや、亡くなった恋人がまた俺の目の前に現れてくれるなんてあり得ない。
ずっとそう思っていたし、それが普通だと思っていたんだ。
でも――
「これ……指輪……だよね?」
今、そこにいる小さな幼女――藤堂凪は、紛れもなく亡くなった俺の恋人だ。
名前が違うだけで、意識も、見た目も、雛宮奈桐そのもの。
まだ、ちゃんと現実として受け入れられない節はあるけれど、どうもそれは本当みたいだった。
「うん。指輪。花火大会の日、俺、これを奈桐に渡そうと思ってたんだ」
俺がそう言うと、小さい奈桐は赤くなった瞳を若干細め、ジト目ながらニヤケて俺を見上げてくる。
「なんか、結婚指輪みたい」
「違うな。結婚指輪じゃない。『結婚予約指輪』だ」
「何それ~(笑)」
言って、クスクス笑うロリ奈桐。
からかってる風なのに、一ミリも苛立ちを覚えないこの感じは、昔からある彼女独特のものだった。
俺が奈桐のことを好き過ぎるからかもしれないけれど、なぜか幸せな気持ちになる。
「何だと~?」とは思うものの、そのからかいの裏に、確かな優しさが見え隠れしてるからだろうか。
とにかく、俺は奈桐にこうしてからかわれるのが嫌いじゃなかった。
むしろ、スキンシップとして好き。
どことなく変態っぽいかもしれない。
でも、それは本当のことだから、自信を持って言いたい。
俺は恋人に手のひらの上で転がされるの、大好きです。
見た目が幼女になっちゃっても。
「まあね、説明は必要だろうなって思ってたんだ。きっと奈桐、首傾げるぞって」
「首傾げますよ~。何~? 結婚予約指輪って。初めて聞いたよ~(笑)」
「そりゃ初めてだろうな。なんたって、これは奈桐のパパ、守さんにアドバイス受けてこっそり企画してたものだから」
「え? お父さん?」
頷く。
「実はさ、守さんも奈桐のママにこれプレゼントしたらしい。結婚予約指輪」
「そうなの?」
もう一度頷く。そして続ける。
「陽子さんと本当に結婚するまでの間、その時間も俺にくなれないかってことで渡したんだって」
「嘘。初めて聞いたよ、そんなの」
「だと思う。実際、守さん自身も娘たちには秘密にしてるって言ってたし。恥ずかしいから」
「えぇ~? 別に言ってくれても良かったのに。お父さん、そんなことよりももっと恥ずかしいところたくさん見せてたし。私と葉桐に」
つい笑ってしまう。
守さんはおっちょこちょいなところあるし、そういうシーンが容易に想像できたから。
「でも、もしかしたら、それは嘘だったのかもって今なら思うよ」
「へ?」
「自分の娘に恋人ができたら、その恋人にもこういうプレゼントをさせる。陽子さんが心の底から喜んでくれたのを見て、奈桐や葉桐ちゃんにも、こうした幸せな形を届けてあげたい。そう思ってたんじゃないかなって推測してるんだ」
「……お父さんが……?」
「うん。たぶん、きっとそう」
言いながら、俺はしゃがみ込み、小さい奈桐と目線を合わせる。
彼女は、俺と目を合わせた後、ゆっくりとそれを下げて行った。
でも、それは後ろめたいとか、悲しいからとか、そういう理由じゃない。
もっと別の理由だった。
「俺は、そんな守さんの意思を継ぎたい。奈桐に、たくさん愛してるってことを伝えたい」
「……」
「遅くなって本当にごめん」
「……」
「奈桐」
「……」
「改めて言うね」
「……っ……」
「愛してる。君と一緒になる、結婚するまでの時間を俺にください」
――今度こそ、もう絶対に離さないから。
「っ……!」
告白した刹那、しゃがみ込んでる俺に、奈桐は無言で抱き着いてくる。
十五歳だった時よりもさらに軽くなってる彼女だけど、少し勢いがあってよろけてしまった。
奈桐の重みを感じる。
よろけながらも、俺は体勢を立て直し、しっかりと彼女を抱き締め返した。
耳元では、鼻をすする音が小さく聴こえる。
「……奈桐……」
「……か……」
「……ん?」
「……ばか。成のばか」
「ははは……。ごめん。言うの遅かったよね。自分でも思う」
苦笑しながら謝るものの、奈桐は「違うよ」と小さく首を横に振った。
彼女の髪の毛が首をくすぐる。
「ロリコンだよ……。今の私に愛してる、なんて……。成、捕まっちゃうよ……?」
「それはもう本望。好きな女の子に愛してるって言えて捕まるなら、後悔なんて一つも無いし」
「そんなのダメ。私……寂しいもん。成が牢屋に入って、傍にいてくれないの」
そう言われて、抱き締める手に力が入ってしまう。
そんなの、甘えた声で言うなんて反則だ。
好きが溢れて止まらない。
愛おしくてたまらない。
「なら、困る。俺、どうしたらいいかな?」
「そんなの……一つ」
「……うん」
「表面上でいいから……いいお義兄ちゃんでいて……?」
「お義兄ちゃん……」
「私も……いい義妹でいるから……」
奈桐は続けた。
裏で、誰も見ていないところで、私たちは思い切り恋人でいよう。
懇願するような、か細く甘い声で言われ、俺はただただ頷くのだった。
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