第5話 5年越しのプレゼント

 自分の願望が実像となって目の前に現れる。


 そんなこと、現実に起こるはずがないと思っていた。


 でも――


「な……きり……?」


 目を見開き、ベッドの上で横になったまま、震えるような声でその名を口にすると、一緒に横たわっている小さな女の子は、にこりと笑んで、


「ただいま、成。久しぶり」


 確かに俺の名前を呼んでくれた。


「っ……」


 けど、即座に返答なんてできない。


 あまりの衝撃に脳はフリーズし、俺は瞬きすることさえ忘れ、自分のことを奈桐だと言う女の子の顔を見つめ続けた。


 すると、やがて小さな手が俺の両頬を弱い力でつねってくる。


「聞いてる、成? 私、奈桐なんだけど?」


「……! あ、あぁ……な、奈桐……奈桐な……奈桐……」


 心はここにあらず。


 ぼんやりとした意識の中、オウム返しのように口だけを動かし、俺は女の子から視線外す。


 彼女のお腹辺りに視線を落とした。


 落とした矢先、さっきのようにまた頭をハグされてしまう。


 小さいからぴったりとお腹にフィットするのだ。俺の頭が。


「いくら何でもびっくりし過ぎじゃない? そりゃ私も驚かれるだろうなぁ、とは思ってたけどさ」


「………………」


「叫び声上げられるかも、とかも想像してたんだけど、まさか返答もできないくらい固まられるとは思ってもなかったよ~」


 言って、俺の頭を抱いたまま、わしゃわしゃと髪の毛をめちゃくちゃにしてくる女の子。


 この仕草。


 雰囲気。


 口調。


 間違いない。


 ……俺は……。


「……うぅ……」


「……ふぇ?」


「っふ……うぅっ……! うぅぅ……!」


「え……!? えっ、えっ、えぇ!?」


「うぁぁぁぁぁ……!」


「な、な、成ぅ!? どどど、どうしちゃったの!? 何でいきなり泣くの!?」


 気付かないうちに勝手に泣いてしまっていた。


 それも、声を押し殺してとか、そういうお行儀のいい泣き方じゃない。


 ただ感情に任せ、我慢することなく涙を流していた。


「奈桐……! 奈桐ぃ……! 本当に奈桐なのか……? 本当に……本当に……?」


「だから、さっきからそう言ってるでしょ~? こんな見た目だけど、私は正真正銘、元・雛宮奈桐だよ」


「ぅっぐ……俺の幼馴染で……恋人だった……?」


「うん。成の幼馴染で、恋人だった雛宮奈桐」


「っ……!」


 口先だけの事実確認なのに、涙がとめどなく溢れてくる。


 嗚咽を抑えることができない。


 たくさん、たくさん、言いたいこと、伝えたいことがあるのに。


 それを言葉にできなかった。


「ごめん……ごめんなぁ……奈桐……ごめん……」


「何で謝るの? せっかくまたこうして会えたのに」


「夢でも何でもいい……。ずっと、ずっと言いたかった……。伝えてあげられなくてごめんって……花火大会の日……誕生日を祝ってあげられなくてごめんって……」


 ダメだ。


 嗚咽のせいで、言いたいことがまるでまとまらない。


 ただ、それは奈桐も同じだった。


「夢じゃないんだってば……。現実。現実だよ……成」


 俺に影響されてか、奈桐も涙声になる。


 その瞳は潤み、頬には一筋の涙が伝っていた。


「私ね……藤堂凪って名前で生まれ変わったの。……それに、あの日のことで成が謝る必要なんてまったくない……まったく……ないの」


「でも……言えなかった……。大切なこと……奈桐のことが大好きだって……。渡したいものもあったのに……渡せなくて……」


 ――ごめん。


 何度も何度も謝る。


 それにしびれを切らして、奈桐は涙に濡れた顔をくしゃっとさせ、笑みながら俺の頭をわしゃわしゃしてくる。


 そのせいで、俺はまた泣けた。


 いなくなったはずの奈桐の感触が。


 もう二度と感じられるはずの無かった奈桐の体温が。


 確かに自分の頭を通じて伝わってくる。


 伝わってくるんだ。


「奈桐……」


「……? 何? 成?」


「今から……渡していい? 五年前、花火大会の日に渡せなかったもの」


「今から? 大丈夫? 何の記念日でもないけど」


「記念日だよ」


「え……」


「また、こうして会えた記念日。何でなのかとか、生まれ変わりってどういい原理なのかとか、色々ツッコみたくはあるけど、とにかく記念日なんだ」


「……成……」


「受け取って欲しい。今度こそ」


 言って俺は、大切なものを保管している机の引き出しを開け、そこから指輪の入った箱を取り出した。


 それを持ち、ベッドの上で上体だけを起こしている凪ちゃん……いや、奈桐へ差し出す。


「誕生日おめでとう。……それから」


「これ……」


「またこうして俺の元に来てくれてありがとう」


 大好きだ。


 その言葉と共に、俺は箱を開けた。

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