第13話 私はただの友達だ。

「……橋木田成……?」


声のする方。


後ろを振り返ると、そこには赤坂瑠璃が立っていた。


「……あ……赤坂……!?」


なんてタイミングだ。


というか、何でこんなところに赤坂が?


そんなシンプルな疑問が頭の中に浮かぶものの、冷静考えてみれば、それは何らおかしいことでもない。


休日だし、彼女だって水族館に遊びに来るだろう。


違う。


俺は、この状況、このタイミングで、幼くなった奈桐と一緒にいるところを赤坂に見られたくなかったんだ。


冷や汗を浮かべ、動揺したのもそれが原因。


しかも、赤坂は、俺の予想通りというか、予想以上の反応を見せてくれる。


「……え……? へ……? へ…………!?」


彼女が手に持っていた、カップ入りアイスクリームが地面に落ちる。


ベシャリと音がして、傍を通っていた他の通行人も、赤坂のことを流し目でチラチラと見ていた。


「……な……奈桐……ちゃん……!?」


赤坂が震えながら口にしたのは、凪の名前じゃない。


当然だ。彼女は、凪と会うのは初めてなのだから。


彼女が会ったことがあるのは、奈桐だ。


幼い姿といっても、面影はそのまま。


正体を見極められるのも無理はなかった。


けれど、俺は……。


「あ、赤坂……!? 赤坂がどうしてここに……!?」


「どうしてここに、じゃない! 橋木田成! お、お前、そこに連れてるのは……!」


「あ、あぁ! こ、この子、この子ね! この子は……!」


「奈桐ちゃんだろう!? い、いや、そんなはずがないのはわかってるのだが、で、でも、わ、私は……! 私はっ……!」


困惑が頂点に達し、手で頬を押さえながら、赤坂は目を潤ませる。


俺は「いやいや」と焦って首を横に振り、


「ち、違う! 違うんだ、赤坂! この子は奈桐に似てるけど、奈桐じゃなくて、俺の義妹というか……!」


「ぎ……義妹………?」


震えながら、首を傾げる赤坂。


パニックでも、話を聞いてくれないというわけではなさそうだ。


俺も冷静ではなかったものの、なるべく落ち着いて、状況を正直に話すことにした。


凪が奈桐であるということは隠して。


「お、俺に父親がいないのは知ってるよな? 最近さ、母さんが再婚して、それで妹が新しくできた。名前は凪っていう。藤堂、凪」


「とうどう……なぎ……ちゃん?」


ぎこちなくオウム返ししてくる赤坂。


俺の横にいた凪は、なんとも言えない表情のまま、緊張を装ってぺこりと一礼。


その仕草が四歳児らしいかと聞かれれば疑問が残るものの、なんとかこの状況を乗り越えるのに乗ってくれるらしい。


感動の再会。


奈桐だって赤坂のことはもちろん知ってる。


さっきまで話してたんだし。


色々と語り合いたいこともあるはずだ。


でも、そういう諸々を抜きにして、自分が奈桐であることを隠してくれていた。


「藤堂……凪……です。四歳……です」


「な、な……!? な、凪っていうんだ……! 奈桐じゃないんだよ……!」


「奈桐ちゃんじゃ……ない……!」


「うん!」


俺が頷くと、傍にいた凪も頷く。


だから、そういう仕草はどうなんだ!? 凪!? 冷静に考えて、凪が同調するのは不自然だ。


けれど、今の赤坂にそういう冷静な判断はできない。


黙り込んで、俺たちを見つめた後、


「そ……それはわかってる! 今ここに……奈桐ちゃんがいるはずないから……」


腕組みし、勘違いを誤魔化すかのように、最初からわかってたような風を装う赤坂。


「もしも本当にいてくれたなら……とか、そういうことも思っていない。願望も……混じってたよ。今の反応」


そうか、と。俺もなんとも言えない返をするしかない。


俺がそう言うと、赤坂は凪の元へ歩み寄り、しゃがみ込んだ。


目線を同じ高さに合わせる。


簡単に合わない視線だが、お互いが探り合うみたいにして、やがて重なった。


「あなたは、藤堂凪ちゃんと言うのだな」


「……う……は、はい……」


赤坂は微笑した。


「昔な、お姉ちゃんと同い年の女の子に、雛宮奈桐ちゃんという女の子がいたんだ」


「……なきり……ちゃん……」


「彼女はな、凪ちゃんにそっくりだった。本当に、今の君と瓜二つなほどに」


言って、「あ……!」と何かに気づいたように声を漏らす赤坂。


「瓜二つ、というのは、同じ人かと思うほどそっくりって意味だ。わかる? 凪ちゃんと、奈桐ちゃんは似過ぎてた」


「……」


「奈桐ちゃんは、私にとってすごく重要な人だったんだ。本当に、本当に、重要な人」


「……どう……重要だったの?」


凪が、上目遣いで赤坂に問いかける。


彼女は虚を突かれ、一瞬軽く目を見開き、やがて五秒ほど考えたのち、こう言った。


「ライバルだったんだ。同じ目標に向かって頑張ってたから。ライバル。欲しいものが一緒だった」


「……じゃあ……敵?」


なんて質問の仕方だ。


きっとわかって聞いてる。奈桐は。


「ううん。敵でもない。大切な人。いなくなっちゃったけど、大好きだった。私」


言って、赤坂はまた少し声を震わせる。


その瞳も、自信に満ちていたが、涙で軽く濡れていたような気がする。


「なあ? そうだろう? 橋木田成?」


赤坂が俺に話を振ってきた。


一瞬戸惑うものの、俺は「ああ」と返す。


それを聞いた後、凪がすかさずまた質問する。


「お兄ちゃんとは、どういう関係?」


俺と赤坂は示し合わせたかのように見つめ合う。


で、彼女がこう答えてくれた。


「友達。ただの友達。凪ちゃんのお兄ちゃんと、私はただの友達だよ」


本当に?


そう凪は改めて聞きたかったのかもしれない。


けれど、それはせず、


「そっか。そうなんだね」


と、簡単に答えた。


二人の表情には、いろいろな意味がこもっている気がした。


単純ではない、一枚岩にいかない、複雑な何かが絡まってる、そんな顔だった。

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