第14話 四歳だよね、凪ちゃん!?

「それにしても、おめでとうだな。言うのが遅れたが、橋木田成のお母さんの再婚」


「ん、あ、ああ。ありがとう。といっても、まだ予定段階なんだけどな」


「予定とは言っても、こうして皆で休日に水族館に来てるのだから、ほぼ決まったようなものだろう? 凪ちゃんも、橋木田成のことは『お兄ちゃん』と呼んでいるわけだし」


「……まあね。でも、式はしないみたいだ。相手の芳樹さん。藤堂芳樹さんはするつもりだったらしいんだけど、俺の母さんがあんま乗り気じゃないみたいで」


「乗り気じゃない? そうなのか?」


「うん。お金もかかるし、人を呼ばなきゃいけない。お互い二度目の結婚で、親族をまた呼び出し、友達もってなると、どこか気まずい思いもあるみたい。気にし過ぎだろ、とは思うんだけど」


「……そうか」


「そういうこと。まあ、そうは言ったって結婚するのは俺の母さんだからね。俺がとやかく言っても仕方ないよ。芳樹さんも納得してるみたいだし」


 言って、俺は隣に座ってる凪の口元をハンカチで拭いてあげる。


 凪は、どこか恥ずかしそうに俺を見つめた後、今度は口の周りにケチャップが付かないよう、気を付けながらまたホットドッグを頬張り始めた。


 俺たちは今、イルカショーの会場近くにあるカフェスペースで椅子に座り、ゆっくりしている。


 凪と一緒にいたところで、赤坂と偶然出会ってしまったから、母さんと芳樹さんを呼び出すわけにもいかなかった。


 奈桐と瓜二つの凪を目にし、赤坂自身も俺たちとまだ会話していたかったらしい。


 俺と凪をカフェスペースまで誘導し、そこでコーヒーやホットドッグを食べつつ、今こうして話しているというわけだ。


 こちらとしては事情が事情なので、嫌というわけではないものの、気まずく、落ち着かないというのが本音ではあるのだが。


「だがなぁ……本当に何度見てもそっくりだ。あの奈桐ちゃんと」


「……っ……」


 暖かいカフェオレを啜りつつ、向かい合ったところから凪を見て、実感を込めながら言う赤坂。


 俺は一瞬言葉を詰まらせる。


 そして、それを誤魔化すかのように、砂糖の入ったコーヒーを口に含ませた。


「それはまあ……」と曖昧な表現で同意しながら。


「お姉ちゃん、奈桐ちゃんと仲良しだったんだね。さっきから、奈桐ちゃんのことばっかり」


 おいおい……。


 自分のことを言われているのに、まったく気にしていない様子で赤坂へ言葉を返す凪。


 高頻度のやり取りは、ボロを出す危険性を高める。


 俺はそれが怖くて慎重に言葉を選び、今は赤坂へ最小限の返ししかしていないっていうのに。まったくこの子は……。


 ひやひやしながら凪のことを見つめていた。


 赤坂は、そんな凪へ笑顔で頷く。


「さっきも言ったけど、そうなんだ。私は奈桐ちゃんと仲良しだったんだよ。その証拠に、橋木田成のことは『橋木田成』と呼ぶが、奈桐ちゃんのことは『奈桐ちゃん』と呼んでいた」


「じゃあ、凪のことは?」


「凪ちゃんのことも『凪ちゃん』と呼ぶぞ。もう、とっくの昔に仲良しだ」


「えへへっ。凪、お姉ちゃんと仲良し」


「うん。そうだ。仲良し」


 笑い合う二人。


 正直なところ、俺の心の内としては、「よく言うよ」といったところ。


 今だから赤坂は凪のこと……いや、奈桐とのことを「仲良し」と言っているが、小学生の時は全然そんなことなかった。


 仲が悪かった、と表現する方が正しい。


『奈桐ちゃん、君はいつも橋木田成にべったりだな』

『うん。そうだけど。悪い?』

『悪いとは一言も言ってない。ただ、その男だけじゃなく、もう少し女子とも遊べばいいのに、と思って言ってる』

『遊んでるよ、女の子とも。成とはもっとたくさん遊んでるだけで』

『っ……! だったら、女子とも橋木田成と同じくらい遊べ! そいつにベタベタするな!』

『何で瑠璃ちゃんにそんなこと言われないといけないの! ヤダ! 私、成と遊ぶ!』


 ……てな感じでね……。


 すごく懐かしい。


 二人でこういうやり取りしてたなぁ。


 俺はそれをいつも傍観してたんだけど、結局こっちへ飛び火してきて、「成はどう思う?」だの、「橋木田成も何とか言え」とか言われたりして散々だった。


 今となっちゃその言い合いの理由もなんとなくわかって、俺としても赤面ものなわけだ。


 まさか赤坂が俺を……だなんて。


 それは今も、なんだろうか。


 わからない。


 ……し、確かめる勇気もない。


 下手をすればただの勘違い自惚れ野郎だから。


 フラットに聞くのも、それはそれで赤坂を傷付けそうだ。


 気軽に聞けることじゃない。少なくとも今は。

「でも、お姉ちゃん?」


「ん? どうかしたか?」


「お姉ちゃんも、本当はお兄ちゃんと仲良しだよね?」


「え?」


 ……え? 凪?


「橋木田成って呼んでるけど、お姉ちゃん、お兄ちゃんのこと好きそう」


「っ……!」


「凪、わかる。なんか、目が嬉しそうだもん」


「な、ちょっ、凪……!?」


 赤坂が何か言う前に、俺が口を挟んでいた。


 何を言ってるんだ、と。


「気持ちわかる。お兄ちゃん、優しいもんね」


「な、凪っ……!」


 横から口を塞ぐ。


 そして、「ダメだ」とばかりに俺は首を横へ振った。


「……橋木田……成……?」


 向かい合ってるところから、ぎこちなく俺の名前を呼ぶ赤坂。


「な……何でしょう……?」


 俺は頬を引きつらせながら返答。


 するとまあ、予想通りというか、彼女もまた俺と同様に頬を引きつらせ、若干赤面した様子でこんな言葉を続けた。


「この子は……本当に四歳か……?」


「――っ!」


 や、ヤバい……。既に怪しまれ始めてる……。


「げ、言動が四歳のそれとは思えない……。ま、まるで私の心を見透かして……ご、ゴホゴホッ! い、いや、違う! 違うのだが、まるで私の心をそうであるかのように言う様は四歳のように思えないぞ……」


「いいい、いや!? よ、四歳だけど!? れっきとした四歳! な、なぁ、凪!? 凪は四歳だよな!? 幼稚園の年中さんだよな!?」


「……えへっ(笑)」


 いや、「えへっ」じゃないよ!? 何でこんなタイミングで怪しまれるような返しをする!? バレたくないんじゃなかったの!?


「四歳かもしれないし~、四歳じゃないかもしれない~」


 俺をからかうように、指をふわふわ動かしながら言う凪。


 もうこっちも強硬手段に出た。凪へ顔を近付け、圧迫確認。


「四歳だよね? 四歳でしょ?」


「あははっ! お兄ちゃん怖いよぉ~」


「うぐっ……!」


 楽しそうにケラケラ笑う凪。


 怖い顔してるのに、まるで効果無しだ。


 バレるわけないと完全に思い込んでる。


 俺は思わずため息をついてしまった。


「お姉ちゃんは、私のこと何歳だと思う? すっごく大人でしょ?」


 わざとらしく胸を張って見せる凪。


 赤坂は軽く動揺し、けれど小さい子を相手にするように、笑みながら首を傾げた。


「確かに大人だ……。言葉遣いもとても豊富。賢い子なんだな、凪ちゃんは」


「そんなに賢くはないよ。ただ、貯金があるだけ」


「貯金?」


 ドキッとする俺。


 いやいやいや、凪さん……?


 貯金ってそれまさか前世のってこと……?


 ていうか、四歳の女の子が貯金って言葉このやり取りの中で使うか? 絶対使わないだろ!


「あ、赤坂、アレだ……! 凪は芳樹さんの影響で色々ドラマとか映画とか見てて、それで難しい言葉知ってるんだよ。ただそれだけなんだ」


「そ、そうなのか……?」


「そ、そうそう!」


 強く頷く俺。


 だが、赤坂もその説明だけで納得がいかないのか、呟く。


「しかし、貯金とは……?」と。


 そこ勘繰らないでくれ。頼むから。


「貯金とは、つまり――」


 何を言おうとしてたのかはわからない。


 でも、これ以上はヤバいと思った。


 凪を抱きかかえ、ダッシュ。


「そ、そうだ! 凪、そろそろおむつ交換の時間だよな!? も、漏らしてるんじゃないかぁ!?」


「も、漏らしてないよ! 何言ってるの、成! ……じゃなくて、お兄ちゃん!」


「ちょ、も、もういいからこっち来なさいほんと!」


「あぁぁ! 漏らしてないし! おむつも付けてないから、私!」


 申し訳ないが、赤坂に一言。「少し時間をくれ」と言い、俺はトイレの方へ凪を連れて駆けて行った。


 これはお説教が必要だ。何を考えてるのかわからないから。凪が。

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