第15話 奈桐の嫉妬
「それで、何であんなこと言ったの? ちゃんと正直に話しなさい」
吹きっさらしの男子トイレ。その近くにて。
俺は、凪にお説教していた。
凪はむーっと頬を膨らませ、視線を斜め左下にやってる。
傍から見たら、若いお父さんが自分の娘に怒ってるように見えるはず。構わない。ちょっとさっきのアレは見過ごせなかったから、注意タイムだ。
「別に。何も無いですよー」
「奈桐~? お父さん……じゃなかった。俺、ちゃんと話せば怒らないから、正直に話すんだ。もう少しで赤坂に凪が奈桐だってことバレそうだったんだぞ?」
「……いいじゃんバレても。瑠璃ちゃんくらいなら大丈夫だよ。お父さんとお母さん、それに葉桐へ伝わるってこともあまりないだろうし」
「甘いよ。人の噂ってのは怖いんだ。赤坂が知れば、迫中に伝わる。迫中に伝われば、大学の奴何人かに伝わって、そいつらが興味本位で俺の家へ押しかけてくるかもしれない。そうすれば、その様子を守るさんや陽子さんが見て、葉桐ちゃんにも伝わるんだ。『最近俺に奈桐そっくりの幼い義妹ができた。あの子の正体は奈桐なんだ』ってな」
「か、考え過ぎ。そんなこと――」
「起こらないこともない。それに、少しでもバレそうな可能性があるなら、奈桐だって嫌じゃない? あんなに俺にバレるわけにはいかないって言ってたのに」
「っ……!」
「本音を言えば、俺だって本当は奈桐が生まれ変わったんだよってこと、守さんと陽子さんと、何よりも葉桐ちゃんへ言ってあげたい。でも、君は芳樹さんのことも思ってる。新しい、とはいえ、お父さんなのはお父さんだから。誰も傷付くようなことはしたくないって」
「……うん」
「だから、俺は一人で考えてる。守さんたちに正体を言って、それで芳樹さんが傷付くことのない方法を」
「……成……」
「そのためには、もっと新しいお父さんを、芳樹さんのことを知らなきゃなって思うんだ。会って間もないけどさ。色々、二人で話とかしてみたい。抱えてるもの、余すことなく全部さらけ出して」
「………………」
ワンピースの裾をギュッと握り、黙り込んでしまう凪。
彼女の表情には、複雑なものが浮かび上がっていた。
本音と建前。それから、したいことと、できないこと。
色々なことがぶつかり合ってて、仕方なく出すしかない答え。
それが、今の落ち込んだような顔に繋がってた。
俺は、そんな凪と同じ目線になるため、しゃがみ込む。
昔と同じくらいの、その目線に。
「そういうわけだから、何で赤坂へ自分の正体がバレそうになるようなこと言ったか、教えてくれないか? 本当にバレてもいいだろって思ったから?」
「…………違う」
「うん。やっぱり。じゃあ、本音は?」
「…………成が……」
「俺が?」
「成が、私のいない五年間、本当に瑠璃ちゃんとやましいことしてないかって不安になったの」
「……え……?」
一転して、思い切って俺のことを見つめながら切り出す凪。
俺は驚きの答えに面食らってしまった。
「だって、仲良しな関係、未だに続いてるみたいだし。大学も同じって……」
「な、奈桐……? それは別に――」
「ふ、不安になったの! 私に黙って、成が浮気してたんじゃないか!」
「え、えぇぇぇ!?」
何でそんなことを。
あり得ないのに、そんなの。
「た、確かに私は死んじゃったし、本当ならもう成にとって過去の人だよ? いつまでもいなくなった私のことで成を縛るのも良くないってわかってる。成には幸せになって欲しいし」
「な、奈桐……」
「でも……っ……! でもっ……! 良くないってこと頭ではわかってても……簡単にいかないんだもん……。成に……ずっと私のこと想ってて欲しいって気持ち……捨てきれないよ……」
「っ……」
こぼれる涙。
俺は、五年ぶりにこの子に会って、何度涙させただろう。
胸が締め付けられるような思いに駆られる。
「だから……さっき……瑠璃ちゃんにバレてもいいと思った……。私だってバラして……誰よりも成のことを好きな人がここにいるんだよって……教えたかったの……」
「………………」
「私……嫉妬してた。瑠璃ちゃんに。ずっと、ずっと、時間を空けることなく成の傍に居られた、瑠璃ちゃんに」
その正直な言葉は充分すぎるものだ。
気付けば、俺は凪の小さい体を抱き締めていた。
強い力を加えれば壊れてしまいそうな、その体を。
「ばか奈桐……! そんなの……あり得ないのに……!」
抱き締めた途端、奈桐は「ごめんなさい」と声を上げて泣いた。
それは、見た目通り幼子のような泣き方で、辺りに声が聞こえてしまうほどだ。
俺は何度も何度も、彼女の頭を抱き締めながら撫でてあげる。
「でも、俺の方こそごめん……。奈桐をそんな不安にさせて……」
「何で成が謝るの……! こんなの……私が勝手に不安がって……嫉妬してただけなのに……!」
「謝るよ。どういう状況であれ、彼女を不安にさせた責任は俺にあるから」
「うぅぅ……! そんな……そんなことぉ……!」
ぐすぐす、と凪はまたぶり返すように泣き声を上げる。
俺の胸の部分は彼女の涙でぐしょぐしょだったけど、どこか暖かくも感じた。
奈桐の本音がどこまで伝わってくるようで。彼女の体温のようで。
「奈桐、信じて? 俺は……橋木田成は、どうなったとしても、これから先、奈桐だけを好きでい続ける」
「えぐっ……! ひっく……! なる……」
「だって、生まれ変わってまで、また俺のところへ戻って来てくれたんだもん。そんな大切な彼女の想いを、少しのことで無いものになんかできない。したくないよ」
俺自身も、気付けば涙が頬を伝っていた。
それでも、と、笑顔で彼女へ伝える。
「俺も、ずっと、ずっと、この五年間、夢でいいからもう一度奈桐に会いたいって、そう思い続けてたし」
彼女は「私もだよ」とそう返してくれた。
顔をくしゃくしゃにし、涙どころか、鼻水も出てる、そんな様子で。
●〇●〇●〇●
「けど、やっぱり早いうちにさっき言ってたこと、やってみようと思う」
水族館の通路を、凪と手を繋いで歩きながら言う。
彼女は首を傾げながら問うてくる。
「さっき言ってたことって?」と。
「芳樹さんと仲良くなること。父親として。俺、まだあの人のこと、『お父さん』って呼べてないし」
「……うん。そうしてあげて。お父さんも、早く成と仲良くなりたいと思うから」
「だよな。まあ、使命感に駆られてってのも違う気はするんだけど」
「うん。違う。芳樹お父さん、本当にいい人だから。ちゃんと仲良くなりたいって思いで接してあげて」
「了解。わかってる」
とりあえずは、そういうことだ。
新しくできた父親。
藤堂芳樹さん。
彼を自分の中で父親として受け入れ、親しくなる。
それは、きっと容易なことじゃないと心の底で思っていた。
けれど――
「芳樹お父さんも、本当に色々背負ってるから」
奈桐のその一言で、俺は新しい父親のことをもっと知りたいと、そういう風に思えるようになるのだった。
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