第16話 お父さん
その後、少しして。
俺と凪は、赤坂がいるカフェスペースに戻った。
『遅かったね』
そう言う彼女は、やっぱりどこか俺たちのことを怪しんでるように見えて、けれども触れてはいけない何かを感じ取ってるようで、それ以上深くを訊いてくることはない。
きっと赤坂にも、いつか凪のことを話さなければいけない時が来るんだろう。
俺は彼女へ曖昧な返答をしながら、心の中でそう思っていた。
凪も、いや、奈桐も薄々それは感じてることだろう。
その決心をいつするのか。
それは、現状だとどこまでも不確かで。
もしかしたら、最後まで訪れないことなのかもしれない。
何もわからない。
先のことなんて何も。
「――じゃあ、私はそろそろ帰る。二人はまだここに居るつもりか?」
カフェスペースを出て、吹きさらしの屋外通路。
そこで、赤坂は俺たちへ問いかけてきた。
「うん。母さんと……それから、父さんも一緒にいるから。二人と合流して、まだ館内を巡るかもだし、どうするのかはわからない」
「……そうか」
聞き足りないことがある。
そんな思いを表情に伺わせ、どこかうつむき加減に視線を下の方へやる赤坂だけど、それはあくまでも俺の推測。想像に過ぎない。
もっと別のことを考えているのかもしれないし、何度も言うが、こっちから訊くような真似もしない。
今、そこを深追いしてもどうしようもないから。
「そうだ。聞き逃してたけど、赤坂は今日一人? 誰か友達と一緒なのか?」
問うと、彼女はいつもの赤坂瑠璃に戻ってくれる。
ムスッとし、冗談っぽく俺を睨んでくる。
「ぼっちだよ。女一人で水族館巡り。悪いか?」
「い、いや、別に悪いというわけでは……」
まごついていると、隣で俺と手を繋いでる凪がクスッと笑った。
それを見て、赤坂は「あ!」と声を上げる。
「今、凪ちゃん笑ったな!? 別にいいんだぞ、女一人でも! 本人が楽しいって思えてれば! 現に私は今日一日楽しいと思えたわけだし!」
「にへへ~。それは……うーんと、じこあんじ? じゃなくて?」
「ぐっ……! じ、自己暗示……だと!? っ~!」
幼稚園児(実際は中身十九歳)を相手にして、プルプルと拳を握り締めてお怒りマークを浮かべる赤坂。
大人げない……。
「お、おい! 橋木田成! やっぱり凪ちゃんは四歳なんかじゃないだろ!? 絶対この子人生二周目だ! 生まれ変わりで、前世の記憶が残ってるやつだぞ!?」
「っ……!」
真剣にドキッとする。
赤坂はあくまでも冗談だろうけど、それは正解でしかない。
凪ちゃん、しっかり前世の記憶継承してますから。
それも、あなたのよく知る雛宮奈桐っていう子の。
「じゃないと幼稚園児が『自己暗示』なんて難しい言葉使えるもんか! ぬぐぐぅ!」
「え、えへへ~。凪わかんな~い」
冷や汗を浮かべながら誤魔化す凪さん。
まったくだよ。もう煽るようなことやめなさいってほんと。
「い、いいか、凪ちゃん? 女が一人で休日に水族館を巡るのは何も恥ずかしいことじゃないんだ! きっと凪ちゃんもお姉さんくらいの年齢になったら、一人で水族館とか動物園とか、博物館とか行きたくなる時が来るからな!? うん!」
「そうかな? たぶん凪、そういうところはこいびとと一緒に行くかも?」
「んがぐっ……!」
幼稚園児(何度も言うが中身は十九歳の女の子)の煽りに、またしても拳を握り締めながら怒りマークを浮かべる赤坂。
もう見てられなかった。
俺も割って入ることにする。
「ま、まあまあ、赤坂? 凪はその……す、すっごいおませさんだから。子どもの言うことだし、あんまり青筋立てるのも良くないと思うというか――って……あ、あれ?」
俺の発言は、何か彼女らの怒りの琴線に触れるものだったらしい。
二人から同時に睨まれてしまう。
「お兄ちゃぁん……?」「橋木田成……?」
「え……えぇぇ……!? ふ、二人とも何でそんな――」
言い切る前に、凪と赤坂がこっちへ迫って来た。
そして俺は壁際へと追いやられる。
「なあ、橋木田成! 今日のお前はちょっと凪ちゃんの味方ばかりし過ぎじゃないか!? そ、その、少しくらい私にだって……!」
「お兄ちゃん!? 凪のこと子ども扱いしないでよ! 私だって本当はちゃんと計算したらじゅうきゅ――」
「だぁぁぁぁ! ストップ! ストップだ、二人とも! 言っていいことと悪いことがあるからね!? そこんとこ、よく考えて発言して!? 俺が悪かったのは謝るので!」
「そんなの橋木田成にも言えることだからな!?」「そんなのお兄ちゃんにも言えることだからね!?」
もう、追い詰められながら「はい……」と言うしかなかった。
二人……特に凪がボロを出さないのであれば、何だって受け入れる。
凪というか、奈桐は赤坂を前にすると、どうも張り合う気持ちが出てしまうらしい。
その理由は……うん。俺もわかってるし、恥ずかしいから何なのか明言はしないのだが……。
「わかりましたよ。俺が悪ぅござんした。謝るから、二人ともお願いします。落ち着いて」
「「落ち着いてるよ!」」
そ、そうですか……。
とても落ち着いてるようには見えなかったのだが、まあいいや。
ため息をついて俺は続ける。
「了解。なら、少し離れてくれ。このままだと俺、二人から壁ドンされてるみたいに思われるから」
「ははは。二人から壁ドンねぇ。それ、『私一人から』の間違いじゃないか? 凪ちゃんのは橋木田成と身長差があり過ぎて、歳の離れたお兄ちゃんにせがんでる幼女にしか見えないだろう。壁ドンとは言うまい。はははっ」
四歳児(本当に何度も言うけど中身はry)相手に本気で煽ってるんですがこの人……。
凪も凪で、ハリセンボンみたいに頬をぷくーっと膨らませてる。涙目にもなってた。限界まで背伸びもしてる。頭を撫でてあげたくなった……。
「そ、そんなの今だけだもん! もう少ししたらすぐに大きくなるし、そもそも私は成と――」
「はい、ストップね! ストップ! 二人とも、俺は落ち着いてくれってお願いしたよ? 喧嘩はやめて? お願いだから。ね?」
「「じゃあ、私の頭撫でて! 今すぐに!」」
……この二人、実はかなり仲良しなのでは……?
そう思わずにはいられない。
いや、実際のところ、二人は昔も仲良しだった。
何だかんだ喧嘩もしてたけど、良きライバル的な感じで。
それを思い出して、俺は思わず笑ってしまうのだった。
一斉に「何笑ってるの!」と怒られてしまったのだが。
●〇●〇●〇●
とまあ、色々と簡単にいかないやり取りを終え、俺と凪は赤坂と別れた。
最後まで二人は睨み合いを続けていたものの、これはこれでいつもの景色だったから問題はない。
きっと次会っても喧嘩してるんだろう。
呆れるし、笑えるよ。ほんと。
「あ、二人とも! こっちだよ、こっち!」
館内に戻り、母さんがLIMEで指定してくれた場所で座って待ってると、向こうの方から声を掛けてくれた。
隣には、当然ながら芳樹さん……いや、父さんもいる。
相変わらず優しそうな表情でいて、俺たちへ手を振っていた。
俺の膝の上に座っていた凪は、そんな父さんへ手を振り返す。
俺も恥ずかしながら手を振り返してみた。
意外だったようで、父さんは少し嬉しそうな色を見せる。
それを確認し、俺はさらに恥ずかしい気持ちになり、下を向いてしまった。
「お待たせ、二人とも。仲良くしてた?」
「うんっ! お兄ちゃんと二人きり! 一緒にいられてすっごく楽しかった!」
凪が元気よく母さんの問いかけに答える。
母さんは嬉しそうに「そうなの~」と表情をほころばせていた。
「成君、ありがとう。凪と仲良くしてくれて」
父さんも続けて言ってくる。
俺は、頬を掻きながら「いや」と返した。
それから続ける。
「仲良くするのは当たり前です……じゃなくて、だよ。凪はもう俺の妹だし、芳樹さんもお父さんだから」
「……!」
「だから……その……と、父さん。俺、父さんともっと話……してみたい。父さんの話とか、色々聞きたい。俺の話も……するので」
「成君……」
父さんは目を見開き、俺を見つめる。
その瞳は徐々に潤みを帯び始め、それを悟らせないためか、父さんは誤魔化すように笑い、顔を手で覆った。
そして、
「うん! いいよ! しよう、話! たくさん! 僕も成君……いや、成の話聞きたい! 存分に話そうぜ!」
そう言って、父さんは俺の肩を元気よく叩いてきた。
気恥ずかしい。
けれど、それと同じくらい嬉しい。
俺は頬を掻きながら頷くのだった。
――うん……!
父さんと同じくらい元気よく。
それでいて、明るく。
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