第71話 雛宮奈桐との再会
赤坂と迫中を連れて電車に乗る。
家の近くの最寄駅で降りると、すぐそこには大きなショッピングセンターがある。
ここのテナントの英会話教室で奈桐は勉強してる。
雛宮奈桐としてだけど、生前あいつの成績は、通っていた学校でトップクラスだった。
正直、行くほどか? と疑問に思ってしまうが、そこは母さんが俺に力説してくれた。
これからの時代、英語は話せるようにもなっておかないといけない、と。
そこまで言うなら、俺が止めるのも違う。
奈桐も嫌そうではなかったし、割と英語学習に興味があるんだろう。
俺とは大違いだ。
「さてと、件の英会話教室ってのはここか? 成お兄ちゃん?」
「ここだな。中、見えないか? 奈桐いるだろ?」
「橋木田成、そこは凪ちゃんで通したら? 私たちに正体バレたからって開き直りすぎでしょ?」
「まあまあ、瑠璃。別にいいんじゃねぇか? 俺たちの前で凪ちゃん呼びされるのも変な感じだし、奈桐ちゃんなら奈桐ちゃんでいいと思うぜ?」
「バレたらマズい人に見つかったらどうするんだ? 私はその辺りまで考えて言ってあげてるんだぞ?」
赤坂に言われ、俺は「大丈夫だよ」と返す。
「もしなんかあったら、新しくできた妹で、奈桐にそっくりだから、って言い訳する。それでどうにでもなるだろ」
「そんな単純なことか?」
「気にし過ぎだよ、瑠璃は」
「お前は他人事みたいに言い過ぎだんだよ、迫中!」
そうやって三人でやり取りしていたところ、だ。
英会話教室の扉が開き、先生と一緒に見慣れた小さい女の子が出てきた。
女の子は、俺たちを見つけるや否や、目を丸くさせる。
もしかして母さん、奈桐に俺が来ること言ってなかったのか?
「えっと、あなたが凪ちゃんのお兄さんで合ってますか? お母様の代わりに迎えに来られる、と聞いていたのですが」
「あ、はい! そうです! 俺です! 奈桐……じゃなくて、凪の兄です!」
後ろで赤坂が「ほら見ろ」と囁く。
迫中は笑いを堪えていた。
「だったら、凪ちゃん。今日はここまでですね。 see you again!」
「はいっ! またね! せんせー!」
手を振る凪と一緒に、俺たちは歩き出す。
行く先は未定だが、とりあえずどこか別のところへ移動しよう。
「おかえり、奈桐。どうだ? 英会話教室楽しかった?」
「成!」
「え、は、はい!?」
「瑠璃ちゃんと仁君いるならいるって言ってよ! びっくりしたじゃん!」
「び、びっくり……? あ、ごめんごめん」
「別に怒ってるわけじゃいんだけどさ! っ〜!」
なんかすごい勢いで俺に言って、奈桐は赤坂と迫中の方を見やる。
二人の反応はそれぞれだ。
「奈桐ちゃん久しぶり!」なんて言ってかがむ迫中と、若干照れながら視線を別の方にやり、髪の毛を指でクルクルさせてる赤坂。
こうして揃うのなんていつぶりだろう。
奈桐が、ちゃんと雛宮奈桐だと認識してもらいながら二人と会うのは。
「ぅぅぅぅ! マジで会いたかったよ、奈桐ちゃん! 前も居酒屋で会ったけど、そん時は凪ちゃんとしてだもんな! 俺マジ感動だし、色々驚き過ぎて感情が追いつかねーよ!」
「う、うん……。仁君は相変わらずだよね……」
「そりゃそうだ! 人はそう簡単に変わらん! がっはっは!」
「は、ははは……」
迫中のテンションの高さに若干引き気味の奈桐。
このやり取りの仕方も中学の時から何も変わってない。
「変わらんってことで言えば、そこにいる瑠璃も全然だぞ? 見ろ、昔と同じで恥ずかしがりだろ? さっきまで俺たち相手に散々説教してたくせに!」
「う、うるさい! 迫中はいつも一言余計!」
ツッコむ赤坂を見て、奈桐はクスッと笑った。
赤坂も、奈桐が笑ったのにすぐ気付き、顔を赤くさせる。
口元をモニョらせながら、目を合わせずに語りかけていた。
「……奈桐ちゃん……久しぶり……って言っても……前に水族館で会ったが……」
「うんっ。瑠璃ちゃん、久しぶり。水族館は……そうだね。会ったね」
思い出す。
まだそこまで時間は経ってないけど、水族館は凪として赤坂と会った場所だ。
「げ、元気だった!? その……生まれ変わりとか……私よくわからないんだけど、記憶が薄れるとか、そういうことは……」
「大丈夫だよ。昔のことから何もかも、全部覚えたまま。こんな見た目だけど、中身は雛宮奈桐19歳ですっ」
不安げな赤坂に心配をかけないよう、にこやかに返す奈桐。
ただ、俺の隣にいた迫中は疑問符を浮かべた。
「奈桐ちゃんって19歳じゃなくて、20歳じゃないの? 俺たちが20なんだし」
「ううん、19歳だよ。私は一年だけこの世にいなかったし、亡くなったのは5年前。残りの4年をプラスして、19歳なんだ」
「あー、なるほど! ……なるほどなんだけど、冷静に考えたらほんとすごい話だよな。そのままの記憶持ったまま生まれ変わるって」
「今さらなの、迫中? すごいことだから、私は感動して上手く奈桐ちゃんに話しかけられないんだよ……ほんと楽観的なんだから……」
「あははっ! でも、それが仁君のいいところだよ?」
「だよね! さっすが奈桐ちゃん! 相変わらずわかってる〜!」
なんというか、ほんといい意味で軽々しいな、こいつは。
苦笑交じりにため息をついてしまう。
きっと赤坂も俺と同じことを考えてるんだろう。
似たようにため息をついていた。
「まあいいや。とりあえずさ、奈桐、お腹空いてないか? 母さんから晩飯は食べて帰ってきてもいいって言われてる」
「食べて帰ってきてもいいって、それ食べて帰ってきて、ってことだよね?」
「そういうことだな」
「食堂が忙しくなっちゃった〜って言ってたよ、お母さん」
クスクス笑いながら言う奈桐。
苦笑いのまま俺は頷く。
「どうする? どこかで食べるならここの中の店になるけど」
「んー……」
宙を見上げて考え込む奈桐。
迫中が「ラーメンなんかいいんじゃね?」と提案するが、赤坂が一蹴。
それを見て奈桐は笑い、「そうだねぇ」と頷いた。
「ラーメンいいかも。成、ラーメン行こうよ」
「マジか。もっと色々頼めるファミレスとかでもいいんだぞ?」
「成はファミレス行きたい?」
「いや、そりゃ行きたいところは奈桐の意思尊重するよ」
俺が言うと、奈桐はちょっと意地悪な表情になり、口元に手を当てて、赤坂たちへコソコソ何かを言い始めた。
「なんかすっごく優しいでしょ、成。昔はこんな感じじゃなくて、私にちょいちょい意地悪してきてたのに」
迫中が吹き出す。
「間違いねぇー!」と爆笑していた。
くそ……。黙りやがれこのテンションバカ……。
「たぶん、嬉しいんじゃないか? 奈桐ちゃんがこうしてまた戻って来てくれて」
赤坂が静かに笑んで言う。
恥ずかしいけど、俺は大いに頷いた。
その通りだ、と。
「私も同じ気持ちだ。なんか、嬉しい気持ち以外今は浮かんでこない。これが現実なのかも怪しくなってくるレベル。友達でこれなんだから……橋木田成……は……あれ?」
言葉に詰まる赤坂。
震える声を聴いて、俺は彼女の方を改めて見やる。
「おかしいな……今さらなんで……」
彼女は涙を流していた。
自分の意思とは別に流れてしまうそれ。
抑えようと思っても抑えられない。
わかる。
それは止められない。
俺にも経験があるからわかる。
「赤坂、これ使って?」
俺がハンカチを渡すと、赤坂は「ありがとう」と返してくれながら、それで目元を覆った。
俺も返す。
「ありがとうなのは俺もだ。奈桐のこと俺以外にそうやって思ってくれてる人がいて嬉しいい。ありがとう、赤坂」
涙ながらに頷く赤坂に、奈桐はそっと寄り添うのだった。
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