お父さんと話してたんだ
とっておきの話を聞いた後も、俺と奈桐パパは色々な会話を繰り広げた。
奈桐との昔話や、パパさんと陽子さんの話。それから未来の話などなど、挙げ始めたらキリがない。
しまいには時間の方も夕方の六時を回り、十五分を指し示していた。いくら何でも長居し過ぎだ。
「すいません、こんな時間まで色々話聞いてもらって。本当に助かりました」
「いやいや、何の何の。ここだけの話、僕、成君とお話しすんの好きだからさ。全然大丈夫だよ。むしろ、僕がこんな時間まで引き留めちゃってたよね。晴美さん、心配してるかもだな」
「まあ……うるさくならないうちに帰った方がいいのは確かかも」
「だよねぇ~。ごめんごめん。晴美さんに言っといて。僕が引き留めてただけですよって」
「いえいえ。俺も自分の意思でずっとお邪魔させてもらってましたから」
何気ないやり取りを交わしながら、俺と奈桐パパは二階から一階へ下り、出入り口から外へ出た。
夏の陽は落ちるのが遅い。
辺りもようやく暗くなり始めた感じだが、事務所横にある奈桐の家からはいい香りが漂ってきていた。陽子さん、奈桐のママが夕飯を作ってる最中らしい。
「じゃ、成君。今日はお話聞かせてくれてありがとね。晴美さんにもよろしく」
「こちらこそです。ありがとうございました」
会釈し、踵を返そうとしたその時だった。
目をやった先の曲がり角。
そこから、見慣れたツインテールの女の子が姿を現す。
「な、奈桐……!」
「な、成……!?」
奈桐の方も俺を見るや否やギョッとし、体をビクッとさせながら立ち止まる。
その様子を見て、俺の後ろにいた奈桐パパは「おぉ!」と声を上げた。
「お帰り、奈桐。何とも絶妙なタイミングだねぇ。今さっきまでお父さん、成君と二人きりでお話してたんだよ」
「え……ふ、二人きり……? 成と……お父さんが……?」
頷き、誇らしげに胸を叩く奈桐パパ。これはもうこの人の癖だ。
「色々話したよな、成君。奈桐のこと」
「え……!? あ、いや、えー……ま、まあ……」
暴露しちゃうんですか、本人目の前にして……。
が、嘘を付くわけにもいかないので、頷くしかない。
ただ、そうなると今度は当然――
「何話してたの、成……? お父さんと二人きりで私のことって……」
こうなる。
奈桐が俺へ接近し、ジト目で圧を掛けてくる。
俺はしどろもどろになりながら「あー」とか、「えー」みたいに口ごもるしかなかった。ただでさえ今ちょっと俺たち気まずいのに、言えるわけない。互いに顔を見つめ合って『好き』と言えないことを相談してた、なんて。
「っ~……! ねえ、お父さん!」
「はいはい? どした~?」
「ちょっと今から成の家行ってきていい? 晩ごはんまでには帰るから!」
「え!?」「あははっ。いいともいいとも」
いいともじゃないんですが!?
そこは父親として『遅いからダメ!』って言ってくれないと!
実の娘が夜に男の部屋へ行こうとしてるんだぞ!?
「ちょっ、あ、あの、奈桐さん!? どうして突然俺の部屋へ!?」
動揺と困惑、それから胸のドキドキを抑えつつ、挙動不審になりながら問う俺。
対して奈桐はぷくっと頬を膨らませ、ボソボソっとぼやいてみせた。
「……だって、成とお父さんが二人で私の話してたって言うし……! 何話してくれたかここで言ってくれないし……!」
「で、でも、だからってその流れで俺の部屋に行くとはならなくない!?」
「……なるよ」
「なるの!?」
身を前方からこちらへ近寄せ、恥じらいながら訴え姿勢の奈桐さん。
パパさんはそれを見て、「おっほほぉ~」とよくわからない感嘆ボイスを上げていた。見てないで止めてくださいよ、ほんと。
「成が私に秘密を話してくれるの、自分の部屋でだけだから。そこでパパとの会話内容……聞く」
「え……えぇぇ……でで、でも、俺たちもう……」
「行くよ、成……!」
言って、奈桐は俺の手を引き、歩き出した。
パパさんは俺たちの背後から「頑張れよ、成くん!」と謎の応援。
頑張れってあなた……今その応援は意味深にしか聞こえないですよ……。
冷や汗を浮かべ、俺は奈桐に手を引かれながら自宅へと向かった。
でも、俺は気付いてたんだ。
繋がれている奈桐の手が、いつもよりも汗ばんでいたことに。
耳が少し赤くなってることに。
夜闇の漂う中でも。
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