第54話 歳上のイケメン彼氏(笑)

「いやぁ~、悪い! 成! ほんとごめん! この通りだ!」


 パン、と手を合わせて迫中が俺に頭を下げてくる。


 人文学部棟を出て、すぐ近くにある外の飲食スペース。


 そこの木造りのテーブルを挟み、俺は迫中と向かい合うようにして椅子に腰掛けていた。


 俺の隣には奈桐がいて、迫中の隣には、もう一人の園児用スモックを着た幼女がいる。


 ご機嫌斜めなのか、頬を膨らませて俺のことを睨んでいた。


 こっちとしては苦笑いである。


 なんで俺は早々に小さい女の子から敵視されているんだろう。


 疑問でしかなかった。


「俺も講義行こうとしてたんだけどさ、校門辺りで凪ちゃんとばったり出会っちゃって……。放っておくわけにもいかないじゃん? よくよく話を聞けば訳アリっぽいしさ」


 俺はため息をつきながら返す。


「別に迫中は悪くないよ。むしろ感謝したいくらい。ありがと、謎にこんなところまで来てる凪を保護してくれて」


 言うと、凪はバツが悪そうに視線を俺から逸らす。


 迫中の隣にいた小っちゃいガチ幼女は、未だ俺を涙目で睨み続けていた。


「凪と……それから……」


「さくらちゃんだよ。今野こんのさくらちゃん」


 気まずそうにしたまま、奈桐は俺に教えてくれる。


「さくらちゃん、か。うん。凪とさくらちゃん? なんで二人は俺たちの大学に来たの? うたかた幼稚園からここまで確かに遠くはないけどさ」


「普通だったら今の時間帯って幼稚園にいるはずだよな……?」


 迫中がさりげなく付け足しするように疑問符を浮かべた。


 その通りだ。


 この時間帯、奈桐は確実に幼稚園内にいる。


 それがどうして俺の大学に来ちゃってるのか。疑問でしかない。


「どうなの? 凪? 幼稚園、勝手に抜け出して来ちゃったのか?」


「うぅ……だって……」


「だってじゃないよ? ちゃんと答えなさい。嘘はついたらダメだよ? 嘘ついたら閻魔様に舌引っこ抜かれちゃうぞ?」


「そんなのこわくないもんっ!」


 唐突な舌足らず声。


 言ってきたのは奈桐じゃない。


 俺の右斜め前に座ってるさくらちゃんだった。


「さくら、そんなのこわくないっ! こわくないんだからっ! ばか!」


「っ……。で、でも、さくらちゃん? 知ってる? 閻魔様って、こーんな顔してるんだよ? 鬼みたいな顔して……舌引っこ抜くぞぉ! って」


「っひぃ……!」


 わざとだけど、怖い顔を作って襲い掛かるような仕草をしてみせる俺。


 それが意外にも怖かったのか、威勢の良かったさくらちゃんは涙目のまま怯えていた。ちょっとオーバーだったか……。


「あの……成? さくらちゃんを本気で怖がらせるのだけは勘弁な? もうちょっと抑えて」


「成のばか……」


 迫中と奈桐が完全に俺を悪者扱いしてくる。


 いやいや、と俺は手を横に振った。


「ちょっと待ってくれない二人とも!? なんで俺が悪役みたいになってんだよ!? 嘘は付いちゃダメだよっていう真っ当なことを言ってるだけで、俺は――」


「ふぇ……」


「って、さ、さくらちゃん!?」


「ぁぁぁぁぁぁぁ! ばかぁぁぁぁぁぁ!」


「どぅえぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 ガチ幼女を泣かせてしまい、俺は迫中と奈桐から白い目で見られるのだった。






●〇●〇●〇●






「ご、ごめんね、さくらちゃん? お兄さんが悪かった。大丈夫だよ。閻魔様なんていないからね~?」


「えっぐ……! ひっぐ……! ……ばかぁ……!」


「い、いやぁ~……ははは~……」


 誤魔化すように苦笑いするしかない俺を前にし、奈桐はシラケたような視線を俺に送り続けている。


 迫中は俺と一緒になってさくらちゃんを慰めてくれていた。


 面目ない。


「……それで、凪? ほんと、なんで大学まで来たの? そろそろ教えてくれ」


 問うと、奈桐は体をビクッとさせ、思い出したかのように口笛を吹こうとしながら斜め左上に視線をやっていた。


 ちなみに、口笛はまったく吹けていない。ふーふー吐息が出て行ってるだけだ。


「どんな理由でも怒らないから。幼稚園の先生、心配してるかもだろ?」


 俺がそう言うと、納得したのか、ぐぬぬ、と苦し気に下を向く奈桐。


 さくらちゃんを迫中に任せ、奈桐の隣に戻る。


「ん。言ってみ? 何があった?」


 頭の上に優しく手を置く。


 すると、奈桐は重々しく口を開いてくれた。


「…………ほんとの……彼氏がいるって言った……」


「……?」


「さ、さくらちゃんに……ほんとの彼氏がいるって言った……。おままごとで……喧嘩して……」


「……え?」


 頓狂な声を漏らしてしまう俺。


 情報の整理がつかない。


 黙って三秒ほど考えていると、奈桐の顔と耳が徐々に赤くなっていき、プルプル震え始める。


 それに追い打ちを掛けるように、さくらちゃんがおっきな声で言う。


「なーちゃんがね! ここにきたらね! ほんとのかれしいるっていったの! かっこよくて、としうえのいけめんかれし! ぜったいぜったいうそなのに!」


「こ、ここって……この大学のことか……?」


 迫中が怪訝な顔をして俺に問うてくる。


 俺に聞くな、という感じだ。


 しかも、イケメンな彼氏って……。


「……あのー……凪さん?」


 しれーっと、俺は奈桐を見やりながら問いかける。


 奈桐は真っ赤になり、目をかっ開いて俺を見つめていた。




『お願いだから察して話を合わせて』




 そんな圧をこれでもかというほどに感じる。


 深々とため息をつく。


 確かおままごとの最中に喧嘩して、って言ってたな。


 この人、中身俺と同年齢なのに、なんで幼稚園児と張り合っているのか……。


 呆れてものも言えない。


 頬を引きつらせてしまうも、俺はとりあえず頷いておいた。わかった、と。


「……こほん。え、えっとね? さくらちゃん?」


「……?」


 さくらちゃんは首を傾げる。


 もう恥も何かも捨てるつもりだ。


 俺はキリッとキメ顔でポーズを作り、


「そう! 俺が凪の言ってる歳上のイケメン彼氏なんだ! 凪とは恋人同士! いっつもラブラブなんだよ?」


 自分がイケメン俳優であると思いながら言ってやった。


 けれどまあ、当然反応としては……。




「「「……」」」




 ……こうなるわけで。


 三人が三人とも無表情になり、何も言わずにこっちを見つめ続けるのだった。

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