第55話 モテる奈桐さん(4)
「ごめんなさい! ありがとうございます! 私が不注意なばかりに!」
目の前でガバーッと頭を下げて謝る女性。
彼女の左右には凪とさくらちゃんがいて、小さな手を繋いであげている。
うたかた幼稚園からやって来た、幼稚園の先生だった。
俺と迫中は「いえいえ」と手を横に振る。
何も彼女が謝ることはない。悪いのは、勝手に幼稚園を飛び出して来た凪とさくらちゃんなのだから。
「でも、保護されていたのが凪ちゃんのお兄さんで本当に助かりました。誘拐でもされていたら、それこそ私は……」
「あはは。大丈夫ですよ、先生。なんてたって、凪の中身はじゅうきゅ……じゃ、じゃなくて! し、しっかりした子なので! 俺に会うのが目的って言ってましたしね! あははは!」
「ですね……。確かに凪ちゃんはしっかりしていて、いつも皆の見本になるような子なんです。だから、今日こうして勝手に幼稚園を飛び出して行っちゃったのが意外で……。最初は園の中に侵入した何者かが誘拐したんじゃないかってパニックだったんです」
「なるほどですね……。凪? これからはそんなことしちゃダメだぞ? 幼稚園の先生を困らせちゃダメ」
めっ、と俺が叱ると、奈桐は柄にもなく園児の演技をせず、ムスッとする。
何気なく横へ視線をスライドさせると、さくらちゃんもぷくっと頬を膨らませていた。
相手はガチ四歳児なんだけど、奈桐さん、環境のせいで幼児退行してしまったのだろうか。何とも大人げない。
それとも、本当に何か傷付く出来事があったとか……?
わからねぇ……。
「と、とりあえず、だ。凪? 今日はもう先生と一緒に幼稚園へ帰ること。さくらちゃんもね? これからは何も言わずに外へ出ちゃダメだよ?」
俺が言うと、さくらちゃんはジロッとこっちを見て、
「うるさいっ! ろりこん!」
思い切り罵倒されてしまった。
作っていた笑顔の頬が引きつる。
隣にいた迫中も苦々しい声を漏らし、俺たちは冷や汗だ。
幼稚園の先生は焦りに焦っていた。
「こ、こら、さくらちゃん! 何言ってるの! ていうか、そんな言葉どこで教えてもらったの!」
「おねえちゃんがいってたもん! おっきいおとこのひとが、ちっちゃいおんなのことこいびとどうしになるの、ろりこん、きもちわるいんだよ、って!」
「恋人同士じゃなくて、この方は凪ちゃんのお兄ちゃんなの!」
「いってたもん、じぶんで! こいびとどうしだよって!」
「そんなわけないでしょ? もう……」
ため息をつきながら、幼稚園の先生は仕方なさそうに俺に確認してきてくれる。
「ごめんなさいね……本当に……」
「あ、あはは……いえいえ~……」
冗談とはいえ、大っぴらに恋人同士であることを宣言したなんて言えない。
ますます状況がややこしくなる。
ただ、はぐらかそうとする俺とは裏腹に、さくらちゃんの猛追は止まらなかった。
「うそつき! うそつきうそつきうそつき! さっきいってたもん! なぎちゃんのこいびとなんだぞっていってたもん!」
「っ……」
「うそつき! やっぱりぜんぶうそなんじゃん! なぎちゃんもうそつき! ばかっ! こいびとなんていないんじゃん!」
言われ、奈桐の眉がわかりやすくピクっと動いた。
明らかな不機嫌顔。
本物の幼稚園児相手に何を……と思うものの、珍しい彼女の反応に、俺はただただ疑問符を浮かべるしかなかった。
「……凪……?」
奈桐と目が合う。
その目の感じからして、すぐに俺は察する。
『面倒なことに巻き込まれたから、今日の夜相談に乗って』
とでも言いたげだ。
俺は無言のままにうんうん頷き、奈桐とエアコミュニケーション。
幼稚園の先生は泣きじゃくり出すさくらちゃんをなだめるのに必死で、その俺たちの密かなやり取りに気付いていないようだった。
迫中はそれに気付きつつも、苦笑いだ。
本当にすまない。色々と巻き込んでしまって。
「あのー……すいません。じゃあ、とりあえず二人とも無事だったってことで……俺たち授業の方に行ってもいいですか?」
申し訳なさそうに迫中は手を挙げて発言。
先生はハッとし、「そうね!」と向こうにあった時計を見やった。
「何度も言うけれど、本当にごめんなさい。次はこういうことが無いように気を付けます。今日はありがとうございました」
「いえいえ。な? 成? 別に俺たち言うほど迷惑だとは思っちゃいねぇよな?」
「うん。可愛い妹がここまで来てくれたのも、びっくりしたけど嬉しかったし」
「ろりこんっ!」
鼻水を出して泣いているさくらちゃんからまた罵られる。
ほんと、この子のお姉さんはこんな小さい子になんてワードを教えてくれたんだよ。すっかり使いこなしちゃってるよ……。
苦笑するしかない俺だが、本当にどうしようもなかった。
ただただ罵倒を受け入れつつ、三人を見送る。
既に授業は開始して三十分ほど経過してた。
きっと赤坂、怒ってるだろうな。
そんなことを思いつつ、俺は最後まで奈桐とチラチラ目を合わせるのだった。
●〇●〇●〇●
そうして時間は過ぎまして、夜。
大学から帰るや否や、俺は玄関でスタンバっていた奈桐に手を引かれ、自室へ入る。
電気を点け、その場で二人向かい合うようにして正座。
疲れてるし、普通に足を崩したかったけど、謎に奈桐がちょーんと正座してたので、俺もそれに感化された形だ。小っちゃいのにお行儀よく正座してるの、本当に可愛い。
「ん、何? どしたの? そんないきなりニヤニヤしちゃって。私、今ひじょーに不機嫌なんだよ?」
「でへへ。いえいえ。そりゃわかってるんですけどもね。へへ」
「……?」
「奈桐が小っちゃい体でお行儀よく正座してる姿が可愛くて。ついニヤけちまう。ふへへ……」
「っ……」
不意を突かれたように、ぽんっと赤くなる奈桐さん。
でも、流されるわけにはいかないと、とばかりに頭をふるふるさせて咳払い。
「こほんっ! まったく、成は……。ほんとにロリコンになっちゃった?」
「奈桐のためなら喜んでロリコンにもなるつもりだよ!」
「っ~……! だ、だめっ! 私のためだとしても……ロリコンになるのだけは……」
「今日もさ、午前ロリコンなの認めるべきだった? 先生の前でも」
「そ、そんなのしなくていいっ! ば、バカじゃん? そんなの……捕まるし」
「けど、何か言いたいことあったんだよな? 終始不機嫌だったし、何なら今も不機嫌みたいだし」
「……それは……」
「どしたんだ? 一から話してみ? うちの幼馴染兼恋人の中身十九歳義妹をガチで不機嫌にさせたのはどんなことなのか」
「……」
「聞くよ。何なら、一緒に風呂入りながらでもさ」
「……ほんと、へんたい……ばか……」
ぐし、と頬に手をやり、視線を下の方にやりながら呟く奈桐。
何があったのか、ゆっくりと一つ一つ話してくれ出した。
「実は……私……幼稚園で謎にモテちゃってて……」
「……へ……?」
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