第56話 尊死するロリコン

「実は私……幼稚園で謎にモテちゃってて……」


「……は……?」


「り、理由はわかんないんだけどね……!? なんか……将来的にイケメンになるんだろうなぁ……みたいにモテてる男児三人から言い寄られてて……結構女の子たちから反感食らってると言いますか……」


「……」


「こ、こんな経験今まで無かったし……雛宮奈桐四歳の時もこんなこと起こらなかったから、どうしたらいいんだろって悩んでます……はい」


「……」


「あ、あと、こんな悩み成にしかできないし……うん」


「……な、成さん……?」


 奈桐が申し訳なさそうに、そして心配するように軽く前傾姿勢になる。


 俺は……。


「ふがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 何じゃってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 爆裂リアクション。


 近所迷惑なのは確定で叫んでいた。


 奈桐もビクッとしてる。


「何やて!? 何やて!? 何どすってぇぇぇぇ!? 将来的にイケメンになりそうなモテガキに言い寄られてるぅ!? 俺の奈桐が!? 俺の奈桐がぁぁぁぁ!?!?」


「え、えーと……は、はい。なぜか」


「んだとゴラァ!? 乗り込む! 今度うたかた幼稚園に乗り込むぞ、俺はァ! どいつに言い寄られてるか教えてくれ! 誰の彼女に手を出してんのかわからせてやっからよぉ!」


「ば、ばか成……! それだけはダメだよっ! 二十歳のお兄さんが殴りかかってくるとか、その子たちからしたらトラウマものでしょ!? 絶対にダメっ!」


「殴りはしねーよ! ただひたすら詰めるだけだよ! 顔面ゼロ距離で、『橋木田凪はお兄さんの恋人なんだからね? わかった?』って教えんの! 徹底的に!」


「容赦なしじゃん! それほとんど暴行に近い脅しじゃん! トラウマになるの確定じゃん! そういうのもダメっ!」


「許さん! 絶対に許さんぞショタガキ共ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 俺は立ち上がり、怒りに燃え上がる。


 髪の毛も逆立って金色になってはいないだろうか。


 想定外過ぎる奈桐の告白だった。


「も、もうっ……! とにかく、助けて欲しいのは助けて欲しいんだけど、それは男の子たちに何かするとかそういうのじゃなくて、アドバイスが欲しいの。上手いこと好き好きアピールを躱すアドバイス」


「蹴散らす。薙ぎ倒す。武力で圧倒する」


「だからおばかっ! そーゆーんじゃないってさっきから言ってるじゃん? っ〜……! アホ成、バカ成!」


「それか、あれだ。直接制裁を加えるのがダメなら、撮った動画を見せつけてやる」


「へ……? 動画……?」


「うん。動画。寝取られビデオレターみたいな感じで、『●●君たち、見てる〜?』って言いながら、俺と奈桐は抱き合ったり触り合ったりして、ありえないくらいのイチャイチャ見せつけるんだよ。名案だ」


「め、名案なわけあるかー! ばっ、ばっ、バカじゃないの!? やっぱバカなんじゃないの!? そそそ、そんなもの見せつけたら、成ほんと警察に捕まっちゃうよ!? 女児性加害容疑とかで!」


「構わん。奈桐を守るためなら、俺は何でもする」


「キメ顔で変なことゆーなっ! 何でもするなっ! も、もぉ……もぉ……!」


 耳まで赤くさせて、小さい奈桐は顔を押さえてる。


 そして、


「私の彼氏……なんでこんなおバカなの……?」


 みたいなことを真っ赤な顔で、か細い声で呟いてた。


 可愛い。


 俺も顔を押さえ、親指を突き上げてグッドポーズ。


「そりゃ決まってる。奈桐のことが大好きで、世界で一番可愛いと思ってるから!」


「……っ〜! あ、あほぉ……」


 不思議なもんだ。


 初めて告白しようとした時は、あんなに好きって言うことに対して臆病だったのに、今では息をするようにして言える。


 何でだろう。


 もう自分に怖いものは何もない。


 そんな思いなんだ。


「けどまあ、色々冗談。なんとなく想像はしてたよ」


「え……?」


「今は幼稚園に通ってるけど、小学校、中学校、高校、それから、大学に行くんなら大学。これから先、奈桐に言い寄ってくる奴はいるんだよ。絶対にさ」


「……そんな強調するほど?」


「強調するほど。だって奈桐、可愛いから」


「っ……。だ、だから……さ……」


「気付いたことなかった? 今まで、裏で自分が男子たちから可愛いとか、付き合いたいとか、そういうこと言われてたの」


「それはまあ……多少は……」


「軽いのは見逃してたけど、あんまりオーバーなのは俺が牽制入れてたんだ。告白しよとしてる奴とか」


「えぇ!? そ、そうだったの!?」


 頷く。


 今だからこそ言えることだ。


 当時だったら絶対に言えてない。


「ぐ、具体的になんて言って牽制してたの? や、やっぱりその……幼馴染だから……とかみたいに言ってたり?」


「んー、幼馴染って言葉は確かに使ってたな」


「う、うん」


「家もめちゃくちゃ近いし、幼馴染って立場を利用して、お前から寝取るって言ってた。お前の知らないところで、お前の知らない奈桐を俺が一つずつ理解していって、脳を壊してやる、って」


「す、すごい陰湿だったんだけど!? て、ていうか寝取るって! ひ、一つずつ理解していくってぇ!」


 頭の上から湯気を出し、口をパクパクさせる奈桐。


「何を……? どんなことを……?」とボソボソ呟いてるけど、決まってる。


 その男が知らないところ。


 たとえば、太ももの付け根のところに小さいホクロがあるとか。


「まあね、そういう色々なことがあったから、これからもまた俺の戦いは続くんだろうな、って思ってるよ。大変だなー」


「な……成さん……なんかちょっと怖いです……」


「そりゃもう、奈桐さんを守るためですから。鬼にもならなきゃな。ふふふ」


「ひぇぇ……」


 珍しく奈桐は俺に押されてるようだった。


 怖がられてるのはわかるけど、気分が良くなった。たまにはこういう展開も悪くない。


「けどさ、奈桐? 昼間不機嫌だった理由、男の子たちに言い寄られてるからだけ?」


「……成はどう思う?」


「違うと思う。それだけじゃなくない? 他に何かあったんだろ。さくらちゃんもいたし」


 俺が言うと、奈桐はもじもじしながらうつむき、頷いた。


「……私なりにさ……男の子たちに諦めてもらうために言ったの。今は……お、お兄ちゃんのことが一番好きだから……て」


「……ま、マジですか……」


 そういや、さくらちゃんも言ってたな。


 こんなのが恋人なのかとかどうとか。


 ロリコンだとか。


「本当はね、さくらちゃんだけじゃなく、気になってる人皆で大学に行く、みたいな話になってたんだけど……さすがにそれはマズいから、どうにか言い聞かせたんだ。行けても一人だけ、って」


「その結果、さくらちゃん一人を連れて大学まで来た、と」


「うん……」


「なるほど……」


「けど、そしたら成のこと見て、全然大したことないって……! ダサいって……!」


「へ……?」


 奈桐の目つきが変わった。


「そんなことないし! 成は……! 成……は……」


 え。


 おい。


 ちょっと待て。


 奈桐さん、もしかして。


「だ……ダサくなんてないし……全然……」


「ガハッッッッ!」


「え!? な、成!?」


 死んでしまえる。


 そんな理由で不機嫌になってくれてたなんて。


「成!? えっ、ちょっ、ちょっと! 成!!!」


「今までありがとう奈桐。俺は幸せだったよ」


「は、はぃ!? な、何言っちゃってるの!? 成! 成ーーー!」


 小っちゃい手に、弱い力で揺さぶられ、俺はそっと目を閉じるのだった。


 なんて幸せなんだ、俺は。

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