第75話 迫中と赤坂

「――なるほど。めちゃくちゃ仲のいい成と奈桐ちゃんでも、そういう気持ちのズレもみたいなもんはあるんだな~」


 昨日の雨の余韻がまだ少し残っている曇り模様の朝。


 俺は奈桐と、それから迫中を連れて一緒に歩いていた。


「気持ちのズレって言い方はして欲しくないよ、仁君。私と成は仲良しだけど、一心同体ってわけじゃないんだから」


「そうそう。考えてることが一緒って訳もないし、一緒じゃなかったら当然そこですれ違いみたいなものも生まれる。仕方ないんだ」


 我ながらナイスフォローだと思ったのだが、


「……成もその言い方ちょっと引っかかる。すれ違いって程でもないよ……? それじゃ喧嘩してたみたいじゃん……」


 ジト目で注意を受けてしまった。


 どうも奈桐さん的にはこれでも少し不服らしい。


「はっはっは。まあまあ、何でもいいんじゃね? その様子だと喧嘩の『け』の字も無さそですし、お二人さん」


「何でも良くないっ。こういうのはちょっとしたことが大事なの。仁君、そんな調子だと瑠璃ちゃんに失礼なことばかり言ってるんじゃないかな? 私、心配だよ?」


 奈桐に言われ、迫中は痛いところを突かれたように頬を引きつらせた。


 俺はわざとらしく「ぷっw」と笑う真似。


 奈桐、相変わらずナイスな口撃。


「べ、別に? 奈桐ちゃんに心配されなくても、俺は瑠璃と上手い具合にやってるし?」


 別の方へ視線をやり、バツが悪そうにもごもごと呟く迫中。


 当然ながら奈桐もそこから追及しない、なんてことはない。


「本当に? だったらどうして二人はまだくっついてないの?」


「っぐ……!」


 完璧なクリティカルヒット。


 だが、奈桐の連撃は続く。


「仁君、昔から瑠璃ちゃんのこと好きだよね?」


「っっっっぐぐぐ……!!!」


 いい口撃である。


 俺は一人でうんうん頷いていた。


 昔からこいつは俺のことを茶化すだけ茶化して、いざ自分はとなると全然だから。


 いい加減、赤坂との関係を進めてもいい頃合いだと思う。


「……ああ。そうだよ。奈桐ちゃんの言う通りだ。俺は瑠璃のことが未だに好き」


「だよね?」


「なのに、アタックらしいアタックだってろくにできてない」


「……それってさ――」


「違うよ。別に、瑠璃が成のことを好いてるからとか、そういうのが理由じゃない。これは単に俺が情けないだけなんだ」


 歩きながら、ちょうど足元に転がっていた小石を軽く蹴る迫中。


 ここまで来れば、俺も冷やかしのような真似はしない。


 あくまでも真面目に話を聞き、ただ黙っていた。


 奈桐はクスッと笑う。


「仁君、瑠璃ちゃんのことだいぶ好きだよね?」


「ま、まあね。そりゃあもう付き合いは長いし、その分溜まった想いってのもあるんで」


 積み重ねた思い出は正直、か。


 それは俺と奈桐に限った話じゃなく、迫中と赤坂にも言えることだ。


 想いが色々と交錯するものの、それでも俺は、二人にくっついて欲しいと思う。


 一方的な願いなのかもしれないが。


「私、今なら瑠璃ちゃんいけると思う。チャンスだと思うよ、仁君」


「え……? そ、そうかな?」


 不安げな迫中に、奈桐はにこやかに頷く。


 ただ、「だけど」と小さい俺の彼女は続けた。


「もちろん、仁君のアプローチの仕方も重要になってくるからね。余計なことを不用意にポイポイ言っちゃったら瑠璃ちゃんのハートもゲットできなくなっちゃう」


 ……なんか所々言い回しが古臭いな、奈桐は。ハートをゲットって。


「任せておいて。私の問題が一通り解決したら、今度はこっちが仁君に協力するね。成もいるし」


「そうそう。俺もいるからな。安心して赤坂の心を掴め」


「二人とも……」


 感動したらしい迫中は、目を潤ませ、拳をギュッと握ってみせた。


 そして、高らかに宣言する。


「おーしっ! そういうことなら奈桐ちゃん! 今から俺頑張るんで、またよろしくな! 頼むぜ!」


「うんっ。任せなさ~い」


 奈桐もノリノリで親指を上に突き上げてグッドサイン。


 熱血青春っぽい雰囲気だが、悪くはなかった。


 俺も背中を押されたような気がして、歩みも軽快になった。






●〇●〇●〇●






「うわぁぁぁ! へんたいがきたぁぁぁ!」

「へんたいのおともだちもいるよぉ!?」

「2ごうだ! へんたい2ごうだぁぁぁ!」


 園に着くなり、俺はいつものように罵られ、面白がられる。


 いつも出入り口で迎えてくれる女の先生――星川先生も、最初こそ皆を注意していたものの、今となっては恒例行事と捉えることにしたのか、特に何も言わずに苦笑いをするだけだ。


 まあ、俺はもうそれでいいんだけどな。たぶん、やめろって言ってもこの風潮は収まらんだろうし。


「はははっ。成、変態2号だとよ、俺」


「悪いけどこのノリに付き合ってくれ、親友」


「おうよ。がおー、変態2号だぞー!」


「きゃーーー!」

「うわぁぁぁぁ!」

「きもちわるーーーい!」


 好き勝手悪口を言ってくれるけど、集まってくれてる子5人ほどは皆楽しそうにしてた。


 わちゃわちゃして迫中から逃げてる。


「ふふっ。元気がいいですね、お兄さんのお友達さんですか?」


 星川先生に尋ねられ、俺は頷いて返す。


「幼馴染ってやつですね。ちょっと今日は野暮用があってついて来てもらったんです」


「そうなんですねぇ。うふふっ。幼稚園の先生、向いてらっしゃるかも?」


「いやー、わからないですけど、俺よりかは向いてる気がします。子ども好きらしいんで」


「子どもが好き……」


 一瞬、星川先生の頬が引きつったような気がした。


 いやいや、別に好きって言ってもアレな感じの意味の好きではないですから……。


 面倒だから口にはしないものの、俺のせいで迫中までロリコン疑惑的な何かをかけられてる気がした。


 すまん迫中。全部俺のせいだ。俺が奈桐と恋人だとか冗談でも言ってしまったばかりに……。


「ま、まあいいや! それはそうと星川先生、テツ君ってもう登園してますか?」


「えっ、あっ……! テツ君ですか? テツ君はもう来てますよ。どうかされました?」


「あの、少しお話がしたくて」


「もしかして少年趣味……!?」


「違いますよ! そんなわけあってたまりますか!」


 つい勢いよくツッコんでしまった。


 ため息をついていると、向こうの方から生意気な足取りでこっちへ来るクソガ……じゃなく、園児が一人。


「おれになんのようだよ、へんたい」


 テツ君のご登場だった。

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