第24話 からかう凪ちゃん
「凪と話したいって、そりゃお前えらい唐突だな。なんか企んでる?」
俺と凪、それから赤坂や他の先輩方がいるテーブルに乱入してきた親友へ問いかける。
迫中。
見た感じ、こいつは既に酔っ払っていた。
顔は赤いし、目もどことなく虚ろだ。
とてもじゃないが、まともな状態とは言えない。
友人と言えど、そんな奴を凪に近付けて大丈夫だろうか、とは思う。
……が、よくよく考えてみれば、それはもう今さらだ。
俺たちの周りにいる先輩。
田島さんやら、他の人たちだって酔っ払ってる。
迫中に限った話じゃなかった。
となると、こいつだけを遠ざけるのもそれはそれでフェアじゃないか。
ため息をつきたくなるもこらえ、俺はウーロン茶を代わりに一口飲んだ。
迫中が酔いに任せて口を開く。
「べっつに何も企んでませんけど? 酷くないか? そんな俺を厄介者みたいに扱うのはさ~」
「実際、厄介者と化してるのは事実だしな。……酔ってるし」
言って、チラリと周りの連中へ視線をやる。
先輩方は一斉に俺へ抗議してきた。
「何だその目は!」と。
声が大きい。
凪がびっくりしないように耳を塞いであげたが、当の本人はクスクス笑ってた。ったく……。
「ねぇ、凪ちゃん? 別にお兄さんがここに来てもいいよね? 成お兄ちゃん、ひどいよね?」
「気持ち悪い口調で凪の同情誘うの止めてもらってもいいか? 凪だってこんな奴――」
「うんっ。ぜんぜんいいよー。いっしょにおはなししよー?」
ちょっと、凪さん……?
俺の前では絶対に見せないようなロリボイスとロリ仕草だった。
いや、そりゃ見た目が幼女だから全然違和感は無いんだけどさ。
「うおー! 何だこの子、天使過ぎる! 可愛い! 成にはつくづくもったいない!」
「黙ってもらえるか? もったいないったって、凪は俺の妹で間違いないんだから」
騒ぐ迫中へ釘を差したところで、向かい側に座ってる田島さんが口を挟んでくる。
「でも、ほんと迫中の言う通りだよ。どう考えても橋木田にはもったいない。凪ちゃんが可哀想だ。こんなロリコンをこれから兄として扱っていかなくちゃいけないわけだし」
「あのですねぇ。あんたもあんたで大概にしてくださいよ? 嫉妬か何かわかりませんが、俺をロリコンに仕立て上げて凪のことを哀れむのはもうやめてくださいってば」
「お兄ちゃん、ろりこんってなに?」
「凪もね、さっきから何度もお兄ちゃんその言葉の意味説明してるでしょ? もうそろそろやめような?」
「んひひー。成お兄ちゃんが凪のこと、だいすきって意味だよね?」
「そうそう。そういうこと。大好きって意味だよ」
「「「「「うわぁ……」」」」」
「おいおいおいおい。ちょっと待てちょっと待て。読解力よ。今の流れはどう考えても違うだろ? ロリコンって言葉の意味を凪に説明しただけで俺は別に――」
「ふぇ……? お兄ちゃん、凪のことすきじゃない……?」
「好きだ! 大好きだ! もうお兄ちゃん、凪のためだったら何でもしてあげる! ケーキだって毎日買って帰るぞぉ!」
「わぁーい! にへへぇ~、凪もお兄ちゃんのことしゅきぃ~」
どうしろと言うのか。
凪は完全に俺のことを弄んでるし、この幼女の中身が十九歳の女の子だなんてことを知らない周りの連中は、俺を汚物でも見るような目で見てた。
ひどい。ひどすぎる。
今すぐにでも身の潔白を証明したいのだが、そういうわけにもいかない。
凪が本当は雛宮奈桐という十九歳の女の子で、亡くなった俺の彼女であり、幼馴染であるということは、間違ってもこの場で言えることじゃなかった。
それゆえに歯がゆい。
ロリコンという罵倒を一身に受けるしかないこの状況が。すごく。
「けどよ、まあ、冗談は置いとくとしてだな」
「迫中、お前冗談として置いてくれるのか。優しいな。さすが、持つべきは親友だ」
「そりゃな。感謝しろよ。俺という存在に」
「ああ。感謝する。そしてそのほかには最大限の軽蔑を送るよ」
言って、またもそのほか先輩たちを見やると、彼ら彼女らは「何をぉ!?」と抗議してくる。
赤坂は呆れ笑いを浮かべながら、グラスに残っていたビールを飲んでいる。
凪もニコニコしながら俺の懐でジュースを飲んでいた。カルピスだ。
「しかし、だ。親友。凪ちゃんを見ても冷静でいられてる辺り、お前例の件は克服したってのか?」
「……ん?」
自分の体がピクリと止まる。
それは凪も同じだ。
取り皿に取っていたフライドポテトを口にしようとして、その動きを止める。
赤坂は声を出した。
「迫中」と。
どこか彼を注意するような口ぶりで。
周りの先輩方はもちろん頭上に疑問符を浮かべるだけだ。
わからなくて当然である。
「いいだろ、瑠璃。この場だし、親友のロリコン疑惑を解くためでもある。彼女の名前を出すことはさ」
「そんなの、迫中が決めることじゃないだろ。お前じゃなくて、橋木田成が話すか話さないかを本来決めるべきなんだ。お前が軽々しく口にしていいようなことじゃない」
「じゃあ、成は大学でずっとロリコン扱いされるぜ? なぁ、成? お前もそれ嫌だろ?」
ぎこちなく頭を縦に振る。
嫌ではあるが……といった感じ。
明確に答えることはできない。
俺自身、困惑が勝っていたから。
今、この状況で迫中が奈桐のことについて話し始めるとは思ってもいなかったわけだし。
「ん? ちょっと待て三人とも。何の話してる? 例の件って何だ、迫中?」
疑問に耐えかねた田島さんが迫中へ問いかける。
周りの先輩方も田島さんに続いていた。
ほんと。どういうことなのか、と。
迫中は俺の方をちらりと見やり、遠慮なしにその質問へ答えていく。
「いや、単純な話なんです。成には高校時代に彼女がいたんですけど」
「な!? そ、そうなのか!? ロリコンだし、てっきり未だに童貞かとばかり!」
つくづく失礼な先輩だ。
動揺する田島さんだが、それを周りにいた女の先輩――中須さんたちが咎めてくれる。
「それはないっしょ」
「ね。橋木田君、見た目はそこそこイケてるし」
「大学に彼女はいないっぽかったけど」
ありがたい。
ありがたいのだが、そんな彼女らも続いて俺へ問いかけてきた。
「ごめんね。迫中君の話の途中なのに」
「あ、いえ」
俺は首を横に振る。
中須さんは続けてきた。
「これさ、アタシの勘違いだったら申し訳ないんだけど」
「はい」
「橋木田君、わざと彼女作ってない感あるくない?」
「え」
「そこんとこどう? イエス? それともノー?」
中須さんの質問に周りも便乗する。
「それ確かに感じてたわ。前に他サークルの子が橋木田君の連絡先聞こうとしてたけど、それもなんかいつの間にかうやむやになってたっぽかったし」
「え。どなん? 橋木田君? 中須の推測合ってる感じ?」
続けざまに訊かれる。
懐にいた凪が、キュッと俺の腹部分の服を手で掴んだ。
俺は、少し間を空けて答えた。
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