第23話 一番最初に諦めた恋心

 告白しようと思う。


 俺――迫中仁は、小学生の時に雛宮奈桐と初めて出会い、一目惚れした。


 たった五年とか、六年ほどしか生きてなかったけど、後にも先にもこれほど可愛い女の子と出会うことはないだろうと、本能的に思ったわけだ。


 それはもちろん、外見的な可愛さだけじゃない。


 皆に接する時の優しさに満ちた明るさと、柔らかい笑顔。人柄の良さ。


 それから、時折見せるイタズラ好きな面も彼女の良さを引き出していて、惚れるなという方が無理だった。


 きっと俺だけじゃない。


 小学一年生の時、俺の周りにいた数多くの男子が雛宮奈桐に魅了されていた。


 恋心とか、そんな気持ちを皆素直に感じることすら難しい年齢なのに、だ。


 笑える。


 その証拠に、男子たちはよく雛宮をからかって気を引こうとしてたっけ。


 捕まえたカエルをわざと驚かせるように見せつけたり、回そうとしていたプリントを雛宮が取ろうとしたところで躱してみせたり、変なあだ名を付けて呼んでみたり。


 他にも色々してた。


 それでも、雛宮は良い奴だったから。


 本気で怒るなんてことは絶対しなくて、わざと怒ったように見せかけて男子たちを追いかけたり、一緒になってふざけたりしてた。


 そんなだから、もっと惚れていく。


 どう考えたって届かないのに、皆が皆、雛宮奈桐の心を自分のものにしたいと願い始める。


 あの時、いったいどれだけの奴が気付いていたんだろう。


 雛宮の気持ちは、もうとっくの昔に一人の男子のものになっていて、絶対に手に入れられない、と。


 わからない。


 わからないけど、一つだけ言えることはあった。


 一番最初に雛宮奈桐への恋を諦めたのは間違いなく俺だ。


 橋木田成。


 こいつと一番仲良くなったのが俺だったから。


「――おーい、迫中ー? 迫中ってばー」


「――!」


 ハッとする。


 すぐ横にいた男の先輩。三年の川西さんに声を掛けられ、俺は我に返った。


 テーブルに置いていたジョッキに手をかけ、ひたすらボーっとしていたみたいだ。


「どしたよ? 皆盛り上がってるのに心ここにあらず、だな。お前にしちゃ珍しい」


「い、いやぁ、はは……」


「しっかし橋木田の連れて来た義妹ちゃんほんと可愛いよな。見てみろよあのちっこさ。目もくりっとしてるし、まるでお人形さんみたいだ」


「そ、そっすね……」


「俺もさー、まだ二十一だけど早く結婚して子ども欲しくなってきたわー。あんな小さくて可愛い子どもが近くにいるとなれば何でも頑張れそうだしな。たぶん俺のことだから、嫁もきっと可愛いだろうし」


「そういうの、恋人ができてから考えても遅くはないんじゃないすか?」


「おっ。何だ迫中~? ようやくエンジンかかってきたみたいだな~。いつものように俺をイジるじゃんかよ~」


 川西さんは俺のことを肘で突きながら言ってくる。


 それに対して俺は苦笑し、適当な言葉を並べて返した。


 心ここにあらず。


 それは我に返っていても継続中で。


 俺の意識はすべて成の連れて来た小さな女の子。


 橋木田凪に向けられていた。


「じゃ、これ注いだら俺、向こうの席に移動してきます」


「おいおいおい~! 何それ~! 俺を一人にする気~?」


「いや、川西さんの周りには可愛い女の子たくさんいるじゃないですか。ここにも、ここにも」


 向かい側の席に座っていた女の子たちを指し示すと、今度は彼女らが俺にジト目を向けてくる。


「ちょっと迫中くん? こんな酔っ払いのダメ男をアタシたちに押し付けるのはやめてね? 勘弁勘弁」

「ねー。何ならこいつどっかにやって、君がここに居座ってよ。お姉さんたちともっとお話ししよー?」


「っておぃぃ! なんつー言い草よ! 君たち俺に辛辣過ぎない!?」


 キャーキャー騒いで楽しそうにする川西さんたち。


 俺は苦笑交じりに会釈し、何とかその場を後にする。


 真っ先に向かったのは、成のいる場所。


 そして、橋木田凪のいる場所だ。


「だからやめてくださいってば! 凪にアルコール勧めるのやめて! って、凪もそれ飲もうとしないで!? お酒だから!」


 成は大変そうだった。


 ロリコンだの何だの言われ、今度はお父さんみたいだ、とか言われて先輩たちからからかわれてる。


 人だかりも結構できてるし、目立ってるのは間違いなかった。


 ただ、それ以上に俺は――


「……!」


 突っ立って成のいる方を眺めていると、成の近くに座っていた瑠璃が俺を手招きしてくれていることに気付く。


『仕方ないから来い』


 表情から察するに、そんなところだろうか。


 アイツもアイツで抱えてるものを持ってる。


 似た者同士、俺の心情を察してくれたのかもしれない。


 頬を掻き、照れ臭くなるも、俺は成の近く。


 かろうじて空いているスペースに向かい、そこで腰を下ろした。


「よっ、親友。お前んとこ盛り上がってんな。ロリコンパワーか?」


「お、お前なぁ……」


 疲れ果てた顔で俺を見てくる成。


 ただ、それだけじゃなかった。


「あっ! 仁お兄ちゃん!」


 成の懐部分で座り、ご飯を食べていた凪ちゃん。


 かつての雛宮奈桐にそっくりな小さい幼女がにこやかに声を掛けてくる。


 口の端にはご飯粒が付いていた。


「ははっ。凪ちゃん、口のとこにご飯粒付いてるよ。お兄さんが取ったげよう」


「んっ。あっ、ほんとだ!」


 にこにこ笑いながら凪ちゃんは楽し気。


 それを見てか、周りの連中は頬を緩ませた。


「凪ちゃ~ん。ほんとに可愛いね~。さっきも言ったけど、お姉ちゃんちの子になる気ない~?」

「お人形さんみたいね~。はい、ジュース~。カルピスだよ~」

「しかし、これはマズいな……。橋木田のことロリコンロリコン言ってたけど、この可愛さは反則だよ……」

「おい田島ァ! お前何言ってんだよ! さっきまで橋木田のこと散々からかってたくせによぉ!」

「そうだそうだ! 田島さんもロリコン勢に加入かぁ!? っははははは!」


「うるさいですよ、酔っ払い共! あぁ、もう! 静香さんもこれ以上凪にジュース与えないで! 甘いもの摂り過ぎると虫歯になっちゃうんですから!」


「じゃあ、アイスは~?」


「それも甘いものでしょうが! 酔い過ぎだっつの! まだ七時半なのに!」


 今日の成は完全に保護者だ。


 飲み会を楽しむ、という感じではない。


 それでもまあ、あいつはあいつで楽しいんだろうな、とは思った。


 凪ちゃんは、言うまでもなくあの雛宮奈桐にそっくりだ。


 亡くなった恋人が小さくなってまた自分の元に戻って来た。


 それは、たとえ意識が雛宮奈桐ではないにしても、守り抜きたい、大切にしたい、という気持ちに繋がるのは無理のない話。


 そんな凪ちゃんをお世話できて、あいつはきっと今幸せなはずだ。


 その証拠に、凪ちゃんから焼きおにぎりを「あーん」してもらってそれを頬張っているが、見たことないくらい嬉しそうに咀嚼している。


 そうなるのも無理はない。


 雛宮が亡くなって、成はしばらく廃人と化していたから。


「で、お前は何しに来たよ? まさか、ロリコンって煽るためだけに来たとか言うんじゃねーだろうな?」


 怪訝そうな視線を向け、親友が俺に言ってくる。


「……さぁ? 何で来たと思うよ?」


「はぁ?」


 首を傾げる成。


 凪ちゃんは焼きおにぎりにかぶりついた状態で俺をジッと見つめ、瑠璃は向かい側の席でため息をついていた。


 他の先輩やらは他の話題で盛り上がってる。


「訳わからん。何? 向こうの席で話せる奴いなくなったとか?」


「成と一緒にすんない。俺はどこでも誰とでも楽しく会話できる」


「じゃあ何なんだよ?」


「凪ちゃんと話したくなった。違うのか?」


 向こうから瑠璃が的を得たように言ってきた。


 核心を突かれ、俺はドキッとするも、凪ちゃんの前で首を横に振ることはできない。


 誤魔化しつつ、凪ちゃんの頭を撫でて言ってやった。


「正解」と。

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