第81話 最後の旅行。思い出の旅行。
迫中と赤坂は、26歳になる年に結婚した。
付き合い始めたのは24歳の時だ。
遅い。ハッキリ言って遅い。
けど、その付き合うまでの間に、二人は二人で、色々と気持ちに折り合いをつけたみたいだった。
思い出す。
赤坂が迫中の好意を受け入れる直前。
俺は、彼女と二人きりで旅行に行った。
当然、俺一人の判断じゃない。
奈桐が許可をくれた。
『今の瑠璃ちゃんには成が必要だから』と。
それで、俺は赤坂と京都に行ったわけだ。
なぜ京都なのか、と問われると、それは小学生の時の修学旅行先だったから、と答える。
彼女が俺への恋情を確かなものにしたのが、この修学旅行のタイミングだったらしい。
それまでにも好意は抱いていたものの、どこか自分で認めたくなかったし、奈桐の存在が大きくて、想いの形をハッキリさせられなかった、とも言っていた。
旅行に行く日の朝、俺はもう自分がどう振る舞っておけばいいのかまったくわからず、ただただ冷や汗を流していた。
そんな俺に対し、奈桐は「行ってらっしゃい」と背中を押してくれるような言葉を掛けてくれていたけど、表情は何とも微妙。
ブラックスマイルで、けれどもあからさまな嫉妬は出せないでいて、赤坂のことを尊重してあげてる。
その思いを受けて、俺は奈桐へ手を振った。
二泊三日。
会社の土日祝日の休みを思い切り利用した旅行。
様々な寺社仏閣を巡り、美味しいものを食べ、懐かしい場所に足を運ぶ。
もちろんだが、泊まるホテルの部屋は別だ。
そこは赤坂が奈桐と約束していたし、彼女自身が俺へ対して強く言ってきた。
間違いが起こらない限り変なことにはならないから、と。
ただ、こういう時、大抵現実は上手くいかない。
結果として言えば、間違いは起こってしまった。
行為的なアレをしたとか、そんな話ではないけれど。
二日目の夜。
赤坂が、酔った勢いで俺の部屋へなだれ込んできた。
当然、俺も彼女を部屋から追い出そうとするけど、それは実際にできなかった。
理由は簡単だ。
俺に身を預けてきた彼女が、どうしようもないくらいに泣いて、改めて想いを伝えてきてくれたから。
つらかった。
もしも、俺という存在を半分にして、別のまっさらな記憶を構築できるのならば。
俺は、赤坂瑠璃という女の子の想いを、本当に100%叶えてあげたい。
そんなことを強く思っていた。
今振り返ってみると、どれだけ傲慢な奴だったのか、と呆れてしまうが。
その時の俺は、つらくて、つらくて、仕方がなかった。
泣かないでくれ、なんかとてもじゃないけど言えない。
せめて震える彼女の体を抱き締めて、赤坂の言う最後のお願いを聞いた。
『私のことを抱き締めて、一緒に寝て欲しい』
想いは、夢の奔流にすべて流し去る。
あなたへの気持ちは、胸の奥底にしまって、また新しい恋への励みにさせる。
それで、すべておしまい。
どうか聞き入れて欲しい。
――なんて、そんな丁寧で詩的なセリフを赤坂が言ったわけじゃないものの、俺はそれに似た彼女の言葉を聞き、一緒のベッドで寝た。
その旅行が終わった後、しばらくして。
赤坂は、迫中と付き合い始めた。
24歳。
それから2年後、26歳の時に二人は結婚し、その1年後に娘の
トントン拍子のように見えて、何気ないエピソードの行間にはいつだって思い出が詰まってる。
迫中は嬉しそうだった。
何だかんだ、ずっと想っていた赤坂と結ばれて。
赤坂も嬉しそうだった。
ずっと、自分だけを見つめてくれる存在に気付くことができて。
二人とは未だに友達で、交流がある。
きっと、これは俺たちが年老いても変わらないんだろう。
いや、変わらないでいて欲しい。
ずっと、俺が奈桐と一緒にいたいと思い続けるように。
迫中と赤坂の……じゃなく。
仁と、瑠璃。
二人とも一緒にいられたら。
これ以上の幸せはないんだろうな、と。
そう思う。
▼
「――で、なーんでお前さんたちはこんな朝っぱらから元気に人んちへ来れるかねぇ?」
嫌味全開。
口調だけじゃなく、顔も。
俺のそんな様子を見て、仁も瑠璃も苦笑いしていた。
どうやら早く来すぎた自覚があるらしい。
「いやー、わりーわりー。今度飲みに行こうぜ、成? 俺、ちょっとは出すからさ」
仁が手を軽く上げながら調子よく言う横で、瑠璃はため息をついていた。
愛良ちゃんの教育に悪いからそういうことを言うのはやめろ、とのこと。
本当にごもっとも。
そんな酒飲みオヤジの腕に抱かれた愛良ちゃんは、ニコニコしながら俺の方を指差していた。
「にぃにぃ! なぁにぃにぃ!」
なんて可愛いんだろう。
この世に天使がいるなら、それは間違いなく愛良ちゃんのことだ。
容姿は、仁と瑠璃の良い所を全部取りしたような感じ。
瑠璃に結ってもらったであろう三つ編みもよく似合ってる。色素の薄い栗色の髪の毛がこれまた可愛くてたまらない。
俺は愛良ちゃんの方へ歩み寄り、頬を緩ませながら頭を撫でてあげる。
「あぁ~、アイちゃん今日も可愛いねぇ~。お父さんじゃなくて、お兄ちゃんが代わりに抱っこしてあげようか~」
言った刹那、件の父親――仁がジト目で見てきやがる。
「おい、ロリコン。言っとくが、うちの娘に手を出したら容赦しねぇぞ?」
げんなりした。
思わずため息をついて、
「……あの、いい加減俺のロリコン設定解除してくれません? 手なんて出すわけないだろ?」
「いーや、出すね。現にお前は、ちょっと前まで小学生だった奈桐ちゃんとあんなことやこんなことをしようとしてた奴だ。信用できん」
「それは言えてるな」
仁の隣で瑠璃が頷く。
愛良ちゃんは「ろりこんってなぁに?」なんて言ってキョトンとしてるからマズい。
こんな幼い子にまで罵倒され出したらいい加減メンタルがもたない。
それだけは避けないと。
「あ、あのな、二人とも。俺は――」
言ってると、背後から「お待たせ」と声がする。
そこには、オシャレをした奈桐と、美森が立っていた。
ようやく準備が整ったらしい。
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