ともだち

 奈桐と葉桐ちゃんの二人と共に廃小学校へ行った翌日。一限と二限の間の休憩時間。


 俺は自分の席に座り、肩肘を突きながら頭を抱えていた。


「んんんー……」


 言うまでもなく、考え事をしてる。昨日の出来事について。


 まさか俺だけじゃなく、奈桐の方も顔を見て好意を伝えられないなんて。


 想定外だった。俺が頑張るだけでいいと思ってたんだけど、どうもそういうわけじゃないみたい。


 ていうか、だったら奈桐の奴、早めの内にそう言ってくれてればよかったのに。


 そしたら一緒になって恥ずかしがることなく「好き」って言える方法を考えられてたのにな。


 まったく。言わなかった理由も全然話してくれないし……。まあ、十中八九俺にバレるのが恥ずかしかったから、とかいう強がり的なモノなんだろうけどな。


 そういうところもまた可愛い。


 帰ったらそのことでちょっとからかってやろ。どういう反応するかな。


「おいおい。懊悩してたと思ったら途端にニヤケ出して。キモいぞ、親友」


「同意。休み時間の教室の中、周りの目もあることを考えなさいよ、橋木田成。あなた、かなり今不審者っぽいわよ」


 頭の中で放課後のことを考えてニヤニヤしてると、二人の男女が俺の元へ寄って来た。


 迫中仁さこなかひとしと、赤坂瑠璃あかさかるりだ。


「何だよ。お前らか。仲いいな。二人そろって俺のところへお出ましとは」


 毒づくように俺が言うと、迫中は空いていた前の席へ腰掛けながら鼻で笑った。


「どこがだよ。普段は別に会話なんてしてねーし、たまたまお前んとこ行こうとしたらこいつも寄って来ただけだ。勘違い禁止な」


「あ、アタシだってそうよ! クラス委員長として、気持ち悪くニタニタしてる橋木田成が周りから不審者扱いされないよう注意しに行こうと思ったら、たまたまこの人と一緒になっただけ! 仲が良いなんてあり得ないんだから!」


 鼻息を荒くさせながら説明してくれる赤坂に対し、仁は彼女へ意地悪い笑みを浮かべながら、


「まーそうだよな。小学校の時から嫌われ者で友達ゼロのクラス委員長様には成しかいないもんなー」


「なっ!」


 痛いところを突かれ、赤坂は頬を引きつらせ、顔も真っ赤にさせる。


「あ、あなた、変な言い方しないでくれる!? 橋木田成しかいないとか、そ、そ、そんなわけないでしょ!?」


「へー。じゃあ、他に仲いい奴誰がいんの?」


「っ……! あ……え……えとっ……」


 質問され、赤坂はぎこちなく言葉を詰まらせながら宙を見やった。いかにも何かを考えてるご様子。


 ほんと、仁は性格が悪い。こうやっていつも赤坂をいじめるから……。


「う……うぅ……こ、校舎裏で……最近密かにお世話してる子猫……とか」


「……というわけなんだ、成。可哀想な赤坂をこれからも頼む。お前には既に幼馴染であり恋人の雛宮さんがいるわけだけど」


 わざとらしく泣き真似をしながら俺の肩に手を置く仁。


 その後ろでは、朱に染まった顔のまま、赤坂が仁の肩をバシバシ叩いてた。


 いつも通りの光景過ぎて呆れ笑うしかない。「はいはい」と俺は適当に頷いてた。


「で、時に親友。さっきは何を一人で頭抱えてたんかい? 気になるじゃねえかよ」


「え? あー……いや、別に」


 正直相談はしたかった。けど、これは一歩間違えなくても惚気にしかならないと思う。俺からすれば結構重大な悩みではあるのだが。


「二年進級時の文理選択についてとか? アタシもまだ決めてないんだけど」


 赤坂も問うてくるけど、俺は首を横に振った。


「それも違う。理系科目より若干文系科目の方が得意だから文系にした」


「へっ。よかったな、赤坂。これでお前の選択肢も決まったじゃん」


「は、はぁっ!? べべべ、別に決まってないのだけど!? な、何言ってるのよ、あなた!?」


 動揺し、またも仁を叩く赤坂。


が、すぐに彼女は「こほん」と咳払いし、真面目な表情を取り戻しながら続けた。


 ふざけてる場合じゃない、と自分で悟ったような感じだ。


「にしても、本当にどうしたのかしら橋木田成? 何か悩み事があるのなら私に相談してくれてもいいのよ?」


「赤坂だけじゃなく、俺にもな。何だ? もしかして、雛宮さんのことか?」


 さすがは迫中。鋭い……。


「おっ。その反応。ご名答ってやつかな?」


「……ま、まあ……」


 ここまで来て隠し通すのも違うか。


 一応、この二人のことは信用してるし、初めて奈桐に告白しようとした時も背中を押してくれた二人だ。俺にとっては親友の域まで来てる。なんせ、小学校の時からの付き合いだからな。


「雛宮さんと何かあったの? まさか、喧嘩したとか? 付き合い出して三か月のくせして」


 身を乗り出すようにして赤坂が問うてくるが、その横から迫中が「おいおい」と彼女へ待ったをかける。


「別に交際三か月でも喧嘩はするだろ。つっても、成と雛宮さんなんて赤ん坊の頃からずっと一緒だったらしいし、二人で過ごしてきた時間で言ったら……そうだな、だいたい十四、五年だ。ベテラン夫婦級のはずで、互いの良いところも悪いところも知ってる。喧嘩なんて今さら簡単にしねーよ。な? 成」


 同意を求めてくる迫中。


 俺は頷いた。「喧嘩はしてない」と。


「じゃあ、どうしたっていうの? さっきまでの橋木田成、明らかに恋人と何かあって悩んでるような感じだったけれど?」


 赤坂の疑問を受け、俺は「そうだなぁ」と宙を見上げる。


 で、体の前でうようよと手を動かしながら、ジェスチャーを交えてぎこちなく切り出した。


「何というか、ざっくり抽象的なことを話すとだな、これから関係をさらに深めていく上で、『こいつは問題だよなぁ』と思うようなことが起こったってのが正しい」


「こいつは問題だよなぁ……?」


 赤坂の頭上に浮かぶ疑問符がさらに増える。


 迫中は「ははーん」と何か勘付いたような顔を作った。


「成、さてはアレだな? ヤったな?」


「ヤっ!?」「ぶっ!」


 俺は動揺し、赤坂は吹き出す。彼女はそれから咳き込んでいた。ゲホゲホと。


「や、や、ヤっ……って! ちょ、あ、あ、あ、あなたねぇ!? 本当に何を言ってるの!? ここ、教室! わかってるの!? 軽率に変なこと言うなぁ!」


「おい、どうなんだ成? ヤっちゃったのか? 上った? 大人の階段。その中で何か問題点が見つかったんだろ? ん?」


 またしても赤坂に背中をバッシンバッシン叩かれる迫中だったが、奴はそれを意に介さず、ニヤッと気持ち悪い笑みを浮かべながら俺へ問いかけてくる。


 俺はもう、手を横に振って強く否定した。


「そんなことすぐにできるはずないし、俺だって仕掛けるわけないだろ!? 俺たちまだ高一だし、そ、そもそも、奈桐の気持ちとかも優先してやらなきゃいけないし!」


「ほう。親友、やっぱお前紳士だな。さすが俺の見込んだ男だ。だが、それは言い換えればヘタレとも言える。男ならさっさとがっつりヤることヤらんかい」


「アホか! 寝言は寝て言え! 俺はその……奈桐をそういう対象として見てないの! 大切に大切にして、幸せにしてやりたいんだよ! 嫌がることとか絶対にしたくないから!」


「そ、そうよ! このド変態! 橋木田成とあなたを一緒にしないで! 彼は……そ、その……優しいし……アタシにとってもヒーローみたいな……そんな存在で……だから……」


「んん? 何て? 赤坂、今なんて言ったぁ?」


「う、うるさいわね! もうあなた黙りなさいよ、本当!」


 俺と赤坂は肩で呼吸しながら迫中の意見を否定しきった。


 奴は、「ったくよー」と腕組みしながら不服そう。不服なのはこっちだよ。いきなりなんてこと言うんだ、この男は。


「とにかく違うよ。ヤったとか、そういうアレじゃない。言えないんだ、俺たち。お互いに顔を見て『好き』って」


「はぁ?」「へ?」


 迫中は信じられないみたいな顔をし、赤坂は未だ呼吸の落ち着いていない様子で首を傾げる。


「わ、わかってるよ。情けないことだってのは。でも、事実そうなんだ。前までは俺だけだと思ってたんだけど、昨日奈桐もそうだって判明して、それじゃあカップルとしてどうなんだろってすごく思って、どうしたら言えるのか、その方法に頭を悩ませてたんだ」


「お前ら、めちゃくちゃピュアだな……。なんかちょっと……拍子抜けだわ」


「い、いや拍子抜けって! 割と問題じゃないか!? 互いに顔を見て好きって言えないの!」


 わざとらしくため息をつく迫中。奴はやれやれ、とばかりに続ける。


「問題は問題だけどよ、そんなのすぐに言えるわ。簡単簡単」


「簡単じゃないからここまで悩んでるんですけどね……」


「……私は橋木田成の気持ち、わかるわよ。好きでたまらない人の顔をしっかり見て想いを伝えるなんて、そんなの難しいに決まってるもの」


「はいはい。そりゃ赤坂もそうだろうな。それで結局先越されてるわけだし。まあ、相手が悪すぎたってのもあるけど」


「あ、あなたねぇ……!」


 ぐぬぬ、と拳を握って怒りを見せる赤坂。


 けど、迫中が簡単だと言い張る理由も気になる。俺は奴へ追及した。


「で、迫中は何を以て簡単って言ってるんだ? いい方法でもあるのかよ?」


「そりゃもちのロンよ。いいか、耳貸せ親友」


 言われ、俺は素直に奴へ片耳を寄せる。


 迫中はコソコソとその方法とやらを俺へ伝えてくれた。





「……キスの反対は? って聞きゃいいんだよ。キスの反対は? って」




 この時、思った。


 もう二度とこいつに真面目な相談をするのはやめよう、と。

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