成と奈桐は似た者同士

 それから俺たち三人は、怯え、ビビりながらもどうにかこうにか目的地である廃小学校、そのグラウンドへと辿り着くことができた。


 ほんと、道中は何度も死を覚悟したよ。


 懐中電灯を持ってたとはいえ、照らせるのはほんの数歩先で、それ以外は真っ暗闇も真っ暗闇。


 奈桐と葉桐ちゃんの顔もまるで見えないから、握ってる手だけで存在を認識するしかない。


 ただ、そうは言っても、三人が横三列で並びながら歩いてるんだ。


 真ん中にいる葉桐ちゃんの手しか握っていない俺は、奈桐の存在が認識できなかったということになる。


 だから、歩きながら何回も奈桐に声を掛けた。


「奈桐、大丈夫!? いる!?」と。


 最初は奈桐も震える声で「いるよ!」と返してくれてたけど、俺があまりにも何度も聞くもんだから、途中辺りは笑われながら「いるよw」と返されてた。仕方ない。心配なんだもの。


 とまあ、そんなことがありつつも、どうにかこうにかこうしてグラウンドへ辿り着けた俺たち。


 校舎の方も暗黒の中でそびえ立ってるが、アレに入ろうもんなら、確実に心臓の二つや三つは何者かに持ってかれると思う。不気味さが尋常じゃなかった。


「――で、奈桐? グラウンドに着いたわけだけど、ここからどうするんだ?」


 確か、何か眺めるとか言ってたが。


 奈桐は、怯えが限界に到達しつつあった葉桐ちゃんの頭を撫でながら返してくれる。


「あそこにある、大きい土管が下に付いてる遊具のてっぺんに登ろうよ。ほら、あれあれ。山みたいになってるやつ」


 奈桐は指差しているけど、言うまでもなく見えない。


 ただ、ピンとは来てた。


 例の山みたいなアレか。わかる。小学生とか、小さい子はあの中に隠れたり、通ったりするのが新鮮で好きなんだよ。秘密基地みたいでさ。


「りょーかい。だけど、登る時気を付けなくちゃな。足踏み外しでもしたら大怪我だ。葉桐ちゃんも歩けそう?」


 問いかけるけど、小さいシルエットは、お姉ちゃんに抱き着いたまま「イヤイヤ」と首を横に振った。


 まあ、道中もほんと怖かったもんな。よく頑張ったよ、この子は。


「大丈夫。葉桐は私がちゃーんと手繋いてるから」


 自信ありげに言う奈桐。じゃあ、と俺も続いた。


「なら、俺も葉桐ちゃんの手繋いどく。ほら、葉桐ちゃん? もう少しだから元気出して? 一緒に歩こう?」


 言うと、葉桐ちゃんは小さい声で「うん……」と返してくれた。オッケーだ。俺たちは三人でまた歩き出す。


「でもさ、成?」


「ん? どうかした、奈桐?」


「こうして葉桐の手、二人で繋いでたら、なんか私たちパパとママに見えないかな?」


「ブフッ!」


 思わず吹いてしまった。


 こんな時に何を言ってんだ。俺の彼女兼幼馴染は。


「……ま、まあ、そう見えないこともないかなー……とは思うけども……」


 ボソボソ呟くと、右手がギュッギュッと強く握られた。


痛くはないけど、何かこう、けん制的な意味合いを感じる。


「葉桐ちゃん……? どうした……? 突然俺の手にぎにぎし始めて」


 問うと、不貞腐れたような声音で葉桐ちゃんは、


「それって、私が二人の子どもに見えるくらい小さいってことじゃん!」とご立腹。


 怯え切ってよわよわモードになってたってのに、プンプンモードへ移行してしまった。


 まあ、申し訳ないけど間違ってはいない。葉桐ちゃんは十二歳って歳の割には結構体が小さいのだ。奈桐もあんまり大きくないしね(154センチ)。


「お姉ちゃんも私を勝手に子どもにしないで! 来年から中学生だし、もう立派なお姉さんなんだから!」


 葉桐ちゃんの訴えを受け、奈桐は「はいはい」と笑いながら返してた。


 それがまた反省の色を感じられないもので、葉桐ちゃんの怒りは解消されない。


 俺の手がギュウギュウ握られた。確実に俺は八つ当たり役である。


「けど葉桐。もしもお姉ちゃんと成が結婚して、赤ちゃんが生まれたら、その時は葉桐もお姉ちゃんだね」


「へ?」


 怒ってた葉桐ちゃんが、頓狂な声と共に疑問符を浮かべる。


 俺はまたしても吹き出してしまった。


「な、奈桐さん!? さっきから何を!? あああ、赤ちゃんだなんてそんな……!」


「あははっ。成、動揺し過ぎ。口調が継母みたいになってる」


「そりゃなるでしょうよ! 赤ちゃんって……赤ちゃんって……!」


 途端に脳内であられもない恰好をした奈桐が浮かぶ。


 俺は頭を振ってそんな妄想を振り払った。こんな時に考えることじゃない。バカだ俺は。


「でも、私は本気だよ、成」


「ぅえ……?」


「私、成との赤ちゃんが欲しい」


「――ッッッ!?」


「結婚も当然するよね。そうだなぁ、十八歳くらいに」


「――ッッッッッ!?」


 いや、それは俺もしたいですけどね!?


 それに、奈桐との赤ちゃんなんて可愛いに決まってるし!


 けど……! けどっ……!!!


「ぐっ……! ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 俺はその場で頭を抱え、爆発四散しそうになった。


 いくら何でもストレートすぎるよ! 愛情表現が! あまりにも!


「何々? どしたの、成? すごく苦しそうだけど」


「そういうあなたはなぜか楽しそうですね、奈桐さん……!」


 俺が息絶え絶えに言うと、奈桐は必死に笑いをこらえながら、「そんなことないけど?」なんて返してきた。


 何だ何だ。


こっちはあまりの恥ずかしさと尊さと、それから愛おしさで死にそうになってるってのに。


「……奈桐……好きだ……」


「ふへへっ。知ってる」


 恥ずかしさを誤魔化すように、奈桐はふざけたように笑った。俺は続ける。


「もうどうしようもないくらい……好き……」


「んふふふ~。知ってる知ってる~」


 きっと、彼女は言いながらニヤケてるんだろう。口調でわかる。


 奈桐だって、俺と同じで『好き』って言われたら恥ずかしいんだ。まったく同じ。


 けど、それでも俺は、同じ恥ずかしさを共有できてるはずなのに、彼女の顔を見て想いを伝えることができないでいた。


 その場でしゃがみ込み、顔を手で覆いながらの告白。


 しかも、『好き』より想いの伝わる言葉で愛情表現だってできてない。


 俺はまだまだだ。


 一刻も早く、『一番想いの伝わる言葉』というやつを見つけないと。


「それじゃ、相変わらず私の顔を見られずに好きって言ってくれる成へプレゼントがあります」


「……え?」


 しゃがみ込んでる俺の手を、葉桐ちゃんよりも少し大きくなった手がそっと握ってくれる。


 そしてそれは、イタズラに笑って、俺を前へ強く引いてくる。


「ほら、成? 一緒に上まで登ろ? いいもの見せたげるから」


「いいもの……?」


 あ、そうか。何か眺めるんだった。


 思い出し、俺は奈桐と一緒に土管付きの遊具を登る。


 葉桐ちゃんもしっかりついてきてて、俺たちは三人でてっぺんまで登り切ることができた。


 そこで、ゆっくりと腰を下ろす。


「はい。では、夜空へ注目です」


「夜空へ……」


 言われた通り、空を見上げる。


 何があるのか。


 きっとそこにはただの黒が広がってるだけで、別に何も――


「あっ……」


 ぽつり、と短く声を漏らす。


 見えたのは、煌々と黒の夜空を照らし上げる満月。


 まるで気付かなかった。


 あんなに綺麗な形をした月が空に浮かんでいたなんて。


「お姉ちゃん。お姉ちゃんがなーくんに見せたかったものって、あの満月のこと?」


 何気なく葉桐ちゃんが奈桐へと聞いてくれる。


「うん。そうだよ。お姉ちゃん、あの月を成に見せたかった」


 言いながら、奈桐は俺の方を見つめてくる。


 あの満月のおかげか、月光でさっきよりも鮮明にお互いの顔を認識できていた。


あれだけ真っ暗だったのに。


下の方ばかり向いていた俺だ。単純に目が夜闇に少しだけ慣れたのかと思ってた。


「じゃあ、なーくんへのプレゼントっていうのは?」


 続けて葉桐ちゃんが問う。


 それは俺も気になってた。何だ、プレゼントって。


「んっとね、そこは成に考えてもらう。さて、何でしょう? 正解しないとプレゼントは無しになっちゃいます」


「えぇ?」


 無しになっちゃうのか。


 何だろう。プレゼント……? 


「んー……えぇ~……? 何? 何なんだ……? 全然わからないんだけど……」


「ふふふっ」


 奈桐は口元に手をやってクスクス笑う。


 葉桐ちゃんは「ねー、何?」と奈桐の体を揺らしてるけど、俺が正解を答えないといけないらしくその一点張りだ。


「いやぁ……ごめん奈桐。全然わからん。せめてヒントくれないか?」


 観念したように言うと、奈桐は腕組みし、わざとらしく呆れた様子で「しょーがないなぁ」の一言。


 でも、その姿も、どこか嬉しそうに見えた。


 ヒントが言える嬉しさ、みたいな感じだろうか。教えてあげましょう、的な。


「ヒントはね……」


「うん。って……え? あ、あの……奈桐?」


「なぁに?」


「いや、なぜにそんな俺へ近付いて……? ちょ、あ、えっ……!?」


「えへへ~。何ででしょ~? ふひひひっ」


 何ででしょうって、そんなのこっちが聞きたいんだが!?


「お姉ちゃん! 何!? キス!? キスするの!? やっちゃうの!?」


 葉桐ちゃんのテンションもおかしくなってる。


 それでも奈桐は止まらず、こちらへ接近し、顔を近寄せ、俺の頬に手を添えた。


 キスは確実にできる距離。


 月光の下だ。奈桐の顔の半分はほとんど見えていて、その表情もハッキリとわかっていた。


 何かを期待してるように揺れる瞳。


 それは、俺に答えを言って欲しいと願ってるようなもので、けれども俺は答えを探そうとしてもドキドキのあまり頭が上手く回らなくて、ただ彼女の目を見つめるだけだった。


 同じように、揺れてるであろう瞳で。


「な、奈桐……お、俺……」


「最終ヒント……です。私はこの状態で……成から何て言ってもらいたいでしょう……?」


 何て言ってもらいたいか。


 それを聞いて、答えが出てくるのに時間はかからなかった。


 俺の頭の中に浮かんだ二文字。


 ――好き。


「っ……!」


「気付いた……? 私が言って欲しい言葉……」


 ゆっくりと頷く俺。


 でも、だ。


「奈桐の言ったこと……ちょっとよくわからないところがある……」


「……? 何がわからないの?」


「……プレゼントをあげるってこと……。それだと、俺があげる側にならない、か……? 奈桐はいったい俺に何を……?」


 目を逸らしながら、けれども彼女との顔と顔の距離は一切縮めず、小さい声で俺は問うた。


 すると、奈桐はクスッと笑って、


「プレゼントはね、この場所に来たってこと」


「……へ?」


「満月の下。暗過ぎず、だけど明る過ぎない、少しだけ顔の見えるところ」


「……あ……」


「気付いた? 私が言おうとしてること」


 そりゃもうバッチリ。


 つまり、奈桐は提供してくれたんだ。


 面と向かってその二文字が言えるような場所を。


「……なら、肝試しっていうのは……」


「ごめんね。建前。本当は成とここに来たかっただけなんだ」


 申し訳なさげににこりと微笑む奈桐。


 けど、いい。別に謝ってくれなきゃいけないことでもないから。


 俺は生唾をゴクリと飲み込んだ。


 これは……今度こそ勇気を振り絞らないといけない流れだ。


「お、お姉ちゃん……? なーくん……? つ、遂に……なの? 私の目の前で……」


 後ろで、葉桐ちゃんが顔を両手で覆いながら、けれども指の間を空け、こちらを見つめて言う。


 申し訳なかった。何か言葉を返してる余裕はない。


 俺は……目の前の奈桐で頭の中がいっぱいだったから。


「……お、俺っ……!」


「……うん……」


 絡まる俺と奈桐の手。


 至近距離に迫る顔と顔。


 決して胸に触れてるわけじゃないのに、その心音が確かに伝わってくる。


 俺は、握る手へわずがに力を込めた。


「奈桐のこと…………す、す、す……」


「……っ………………はいっ……」





「好きだっ! 愛してるっ! 誰よりも、ずっと!」





 恥ずかしさから、閉じようとする瞳を気合で開け続け、しっかりと目の前の奈桐へ言い切る。


 彼女は強かった。


 俺がこんなにもいっぱいいっぱいになってるのに、目を閉じようともせず、ただ真っ直ぐこちらを見続けている。


 本当、俺はこの子に逆立ちしたって敵いそうにない。


 思わず苦笑しそうなのをまた我慢し、何か返事があるのを待った。


 ジッと彼女のことを見つめ続けて。


 ……でも、だ。


「……? あれ……? 奈桐……?」


「……………………………………」


「ん……? え……? な、奈桐さん……?」


 おかしい。


 目を開けたまま、表情を変えずにいる奈桐がまるで反応してくれない。


 不審に思い、すぐさま繋いでいない方の手を彼女の顔の前にやり、それを振ってみる。


 反応は……無い。


「え!? ちょっ、な、奈桐!?」


「んぇ!? 何々!? どしたの、なーくん!? お姉ちゃんどうかした!?」


 緊迫のシーンで口を塞いでた葉桐ちゃんがそそくさと俺たちの方へ駆け寄って来てくれる。


「やばい、はーちゃん! 奈桐気絶してるかも! 反応が無いんだよ!」


「えぇぇぇぇ!? お、お姉ちゃん!? おーい、お姉ちゃーん! お姉ちゃーん!!!」


 結局、俺たちが名前を呼んでも、奈桐はしばらく返事をしてくれなかった。


 当然ながら、どうしてあの場面で気絶したかを後になって問うたんだけど、彼女は恥ずかしそうにしながら俺の肩をぺんぺん叩くだけで、何も答えらしい答えを返してくれなかったのだった。


 訂正だ。奈桐はまったく強くない。俺たちはどうも同じ穴のムジナらしい。

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