第66話 友人と、解決への一歩。

 もみじちゃんとやり取りをした次の日は、朝から雨模様だった。


 俺は奈桐にカッパを着させ、傘を差して幼稚園まで送る。


 こういうのも懐かしかった。


 小さい時、カッパを着て一緒に幼稚園まで行ったことがあった。


 小さい奈桐といると、事細かに思い出をよみがえらせることができる。


 もっとも、それが今だと心置きなく、というわけにもいかないのだが。


 俺も奈桐も、昨日のことが頭にあり、懐かしさに浸った会話ができない。


 昔ではなく、今のことで考え込んでいた。


 もみじちゃんへの協力要請は、微妙な形で流されてしまったのだ。


「結局、赤坂次第って感じだな」


「申し訳ないよ……瑠璃ちゃんに全任せなんて……」


 俺からの直接的なお願いは、言うまでもなく断られた。


 当然だ。


 昨日のあの感じで、素直に「はい、わかりました」とはならない。


 今日、赤坂は家庭教師のバイトが入ってるらしい。


 相手は当然もみじちゃん。


 その時、もう一度交渉してみてくれるらしい。


 感謝以外の何物でもない。


 後で何か奢ってくれ、と言われたが、喜んで引き受けるつもりだ。


 彼女がいなかったら、俺は何もできなかった。


「私も、自分でさくらちゃんとお話ししてみるね。テツ君も巻き込んで」


「……うん。頑張ってみてくれ」


「成は……引き続きシスコン役?」


「その芸やってもいいのかね? もうもみじちゃんには暴露したけど」


「いいよいいよ。指摘されたらされたで、成は諦めてないていでいこ? 私は嫌がってるけど、お兄ちゃんは諦めてないぞ、みたいな」


「凄まじく諦めが悪いキャラ設定だな……」


「いいよ。それくらいのとこ見せてたら、もみじちゃんたちも色々思うかもしれないし」


「幼稚園児なんて気持ち悪いと思ったらそこまでじゃないか?」


「ううん。そんなことない」


「そんなことないんだ」


「大人になったらさ、小さい時のことなんて忘れがちだよね」


「……?」


「幼稚園に通ってる小さい子も、案外色々感じて、考えてるんだよ」


「……へぇ。そんなもんか?」


「そんなもん。私、今実感してる」


 雨の中、ぽつりぽつりと言う奈桐の言葉が、妙に胸に届く。


 小さい時の感覚なんて、幼稚園児の時の感覚なんて、今の俺は既に忘れ去ってる。


 なんというか、奈桐と一緒に人生を振り返ってる感覚だった。


「そういえばさ、この今の面倒事、葉桐ちゃんには相談してる?」


「ううん。してない。葉桐受験あるし、あんまり巻き込むべきじゃないよ」


「まあな。それもそうか」


「でも、思い出す。昔は葉桐の人間関係の悩みとか、よく相談に乗ってあげてたなって」


「な。俺も加わって一緒に悩んでた。当時は小学生でも色々あるよな、って思ってたけど、今は幼稚園児でもあるな、って感じだよ」


「まあ、私の溢れ出る魅力のせいだよね。申し訳ないよ」


「へっ。さすがだな、俺の彼女は」


「よかった。成に寝取られ性癖が無くて。今はそれが唯一の救い」


「おいおい、何言ってる4歳児? 今見かけによらないセリフが聞こえてきたぞ?」


「19歳とか20歳でも口にしちゃダメだよね。自重します」


「安心しろ。俺にそんなマニアックな癖はない」


「そう? なら安心だ」


「てか、そんな寝取られ性癖とかいう言葉、どこから仕入れてきたんだよ。そこが気になるわ」


「それはアレですよ。トイッター」


「つくづく4歳児じゃないな……」


「そりゃもう。全力で4歳児になりきらないといけない身なので」


「はっは……大変ですなぁ……」


 やり取りしてるうちに、うたかた幼稚園に着いた。


 俺は奈桐の言った通りシスコンキャラを通して園児たちからキモがられ、先生にも青ざめた顔で見られながらやり過ごす。


 一周回ってなんかキモキャラとして好かれ始めてるんじゃないかと思うけど、自惚れちゃいけない。


 先生にはドン引きされてるので、大人しくするべきだ。


 これ以上やれば通報されかねない。


 現状維持でいつつ、俺は奈桐を送り届けて園を後にするのだった。






●○●○●○●






「ほいよ、成。お茶。席ここでいいのか?」


「おう、さんきゅ。いいよ、ベストだろ?」


「ベストとは言わんだろうけど、まあいいか。どこでも今は混んでるよな」


 大学の学食にて。


 昼時になり、俺は迫中と二人きりでランチだ。


 互いにA定食を頼んで、ぎゅうぎゅうの席の一部を確保する。


 喧騒に満ち満ちている環境だが、この時間帯の学食はこんなものだ。


 俺たちは気にすることなく、飯を食いながら会話していた。


「話は瑠璃嬢からだいたい聞いたよ。奈桐ちゃんの面倒ごとを請け負ってるんだって?」


「まあ、俺だけじゃないな。赤坂もめちゃくちゃ協力してくれてる。ありがたいくらいに」


「そうっぽいな。でもあいつ、割と楽しそうだぞ? 私がやってやらないと、みたいな感じです意気込んでた」


「そう見えるだけだろ。赤坂はいつだって一生懸命だし」


「まあ、そう躱すなよ。瑠璃に言われたんだろ? 好きだったって」


「……まあ」


「だったらそういうことだよ。好きだった奴に協力してあげたいっていうあいつなりの想いだ。素直に受け取ってやれ」


「……だからって、受け取ってやる、みたいな偉そうなことは言えんだろ。ありがとうってのはもう既に伝えてる」


「まあ、オーバーなのはダメだよな。奈桐ちゃんもいるわけだし」


「……恵まれてんな、俺」


「そうか? 跳ね返りがきてるだけだと俺は思うけど?」


「跳ね返り?」


 俺が首を傾げると、迫中は口の中に含んでた揚げ物を飲み込んで続けた。


「苦しい思いならしてただろ? 奈桐ちゃんが亡くなった時、ドン底だったじゃんお前」


「……それは否定できんな」


「凪ちゃんとして生まれ変わってくれるなんて、漫画や映画並みの奇跡話だけどさ、雛宮奈桐としての彼女が亡くなったのは事実なんだ。悲しい出来事だったことに変わりはない」


「……うん」


「だから、その不幸の返しが今来てるんだよ。俺からしても、お前はこれ以上傷付くべきじゃない。本当にな」


「……そうかな?」


「ああそうだ。だから、それが食ってる飯にも表れてるだろ? 俺のは不人気のB定食だが、お前のは残り一つだったA定食だ」


「それはたまたまだろ……」


「いやいや、そういうところなんだって」


 苦笑してしまう。


 まあ、確かに言われてみればそうなのかも。


「いい流れの時は、きっと上手いこと悩みも解決できるって」


「だといいけどな」


「安心しろ。俺もいる」


「ははっ。そうだな。間違いない」


「いやいや、ただの口八百じゃねえぞ? 俺も参加するって言ってんだ」


「え……?」


 迫中は俺に箸を向け、きっぱりと言う。


「瑠璃に頼まれたんだ。お前のやってる奈桐ちゃん送り」


「……?」


「朝送って行ってやってんだろ? あれ、俺も参加するよ」


「え、えぇ!?」


 つい大きめの声を出してしまった。


 喧騒の中とはいえ、隣の人から見られてしまう。申し訳ない。


 俺は口元を抑え、身を屈めるような体勢を取りながら迫中に問うた。


 本気で言ってるのか、と。


 奴は頷く。


「本気も本気よ。俺がテツ君ってのとさくらちゃんってのに色々教えてやる。奈桐ちゃんには手を出しちゃダメだぞってな」


「いや、わかってんのか? 奈桐じゃなくて、凪だぞ?」


「おうよ。任せとけ! 瑠璃も協力してんなら、俺も手を貸さないとだろ?」


 言って、迫中はニッと笑った。


 不安だけど、協力してくれる人が増えるのは心強い気がする。


 迫中は小さい子に好かれがちだからな。


 もしかしたら状況も好転するのかもしれない。


 俺はありがたく感謝した。

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