第62話 意外な繋がり
「悪い……! 遅くなった……!」
一時限目の授業が行われている大教室に二十分遅れほどで入室。
この講義を展開してる教授は温厚ではあるものの、さすがに遅れておきながら堂々と入るわけにもいかないので、コソコソッと移動。
お願いしていた通り、迫中と赤坂に最後席を確保してもらっていたので、そこへ腰掛けた。
呼吸を整えつつ、リュックの中からペンケースを取り出したり、前回配られたプリントなどを出したりする。
そうこうしていると、隣に座っていた赤坂が軽く俺の肩を突いてきた。
開いたノートを指し示してる。
見れば、そこには文字で『おつかれさま』と書かれていた。
なるほどだ。
どうも文字でやり取りしようってことらしい。
俺は机の上に出していた授業プリントの空白スペースに『席取りありがと』と書き込む。
それを見て、赤坂は『おつかれさま』の下に文字を書き込み始めた。
ちょうど赤坂の左隣に座ってる迫中と目が合う。
奴は、口パクで『おっつー』と俺に語り掛けてくる。
軽く手を上げ、それに応えると、迫中はニヤッと笑んだ。いつものあいつのテンションだ。
俺は再度赤坂との文字会話に興じる。
『今日の朝も奈桐ちゃん送ってきたのか? どうだった? またさくらちゃんに色々言われたか?』
『さくらちゃんどころの騒ぎじゃなくなり始めてるな。今日は昨日味方だった幼稚園の先生にもキモがられた。俺が奈桐のことを凪としてどれだけ愛してるのか深く語ったんだよ。したらドン引き。何でだ……?』
『それは普通に気持ち悪いな。気持ち悪がられた理由に気付けていないところもポイントが高い』
『あくまで妹としてだぞ? 皆、凪の中身が俺の恋人で幼馴染の十九歳って知らないからさ』
『落ち着け。何か感覚がマヒしてる。基本的にシスコンも世間一般的に見るとキモイ認定される範囲だ。もちろん、ロリコンよりかは幾分マシだが』
『いや、でもシスコンってある種家族愛だろ? 妹ラブのお兄ちゃんで何が悪い。世間が冷たい目で見ようと、俺はロリコ……いや、シスコンを貫くぞ? 奈桐のためにも』
『……それ、奈桐ちゃんはどんな反応してたんだ? 橋木田成が熱弁振るってる時』
『俺のズボンを弱い力で握りながら恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにしながら足元見つめて黙り込んでた』
『橋木田成が橋木田成なら、奈桐ちゃんも奈桐ちゃんだな。色々終わってるだろ、二人とも』
書き込み終え、ため息をつく赤坂。
対して俺は謎の達成感だ。
呆れられるのも奈桐と一緒なら怖くない。
『まあいい。とりあえず、話はさくらちゃんについてだ。奈桐ちゃんもそこを面倒がってるみたいだし』
『だな。びっくりだ。赤坂とさくらちゃんに繋がりがあるって』
『正確に言えば、さくらちゃんのお姉ちゃんと繋がってる、だけどな』
そうなのである。
今日の朝、LIMEを開いてびっくりした。
さくらちゃんのお姉ちゃん――今野もみじは、家庭教師アルバイトをしてる赤坂の生徒であり、顔見知りらしい。
仲も良く、もみじちゃんは赤坂が通っていた高校を志望してるとか。
『そういうことだったら話も早いよ。俺、今度そのもみじちゃんに会いたい。会って話がしたい』
『どんなことを話すんだ?』
『そりゃまあ、俺のシスコン具合とか……色々?』
『……? それだとまたキモイだの好き勝手言われるぞ?』
『いいよ。それで。さっきはふざけて何でキモいとか言われるんだー、みたいに愚痴ってたけど、本当のところはそれでいい。そうじゃないと奈桐を守れない。迫りくる男児たちから』
『……その結果がロリコンじゃなく、シスコンだと?』
『そういうこと。シスコンはまだ通報案件じゃないからな。今日の朝はまだ布石だ。明日の朝はもっと凪ちゃんしゅきしゅきオーラ出して登園する。覚悟しとけよ、マジで』
『貴様、それ鋼メンタル過ぎないか? いずれ奈桐ちゃんもキモがるんじゃ……?』
『大丈夫。たぶんそれはない。なんたって、シスコン作戦は提案してきたの奈桐だし』
『……え』
『あんまりオーバーなことしたらそりゃもちろん奈桐も怒るだろうけど、ギリギリを責めていくよ。いつだってギリギリで生きていたいからさ』
『ちょっと黙ってくれ。何言ってるのかわからない』
『爆笑。ただ、とりあえずそういうことだよ。近いうちにもみじちゃんと話す場、取り付けて欲しい』
『ほんとに必要か? 二人で話す場。なんだったら私が橋木田成の言いたいこと全部彼女へ伝えてあげるぞ?』
『ありがと。でも大丈夫だ。これは俺の役目だし』
そう書き込んだところで、赤坂は呆れ笑う。
そして、俺の顔を見つめた後、文字ではなくこそっと耳打ちしてきた。
「……だったら、頑張り屋な橋木田成のために、私も同行するよ……」
「……え?」
俺が頓狂な声を出すと、彼女は口元に人差し指を当て、いたずらっぽく「しー」と囁いた。
不覚にもその仕草が可愛く思えて、ドキッとする。
焦って顔を逸らすのだが、赤坂は頭上に疑問符を浮かべ、首を傾げるのだった。
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