第63話 赤坂瑠璃と雛宮奈桐

「……それで、この状況はいったいどういうことなの、成?」


「……いや、ちょっと色々諸事情ありまして……」


「……これは……本当にひどいな……絶対ストッパー役が必要だろう……」


 本格的に夕方の近付く十六時前。


 俺と奈桐と赤坂は、家の近くの駅から二駅ほど離れた町の小さな公園で、ゆったりまったり時間を潰していた。


 今から約三十分後に、さくらちゃんの姉であるもみじちゃんがここへ来る。


 それまで、俺が今朝録音した幼稚園でのやり取りの音声を赤坂に聴いてもらっているところだ。


 彼女は戦慄し、奈桐は俺のことをジト目で見てきている。どうして赤坂がいるのか、と言いたいみたい。


「ねえ、奈桐ちゃん? これは進言だが、もう少し恋人の尊厳を守ってあげたらどうだ?」


 イヤホンを外し、赤坂が奈桐に言う。


 奈桐はまるで泥棒猫と対峙してるかのごとく、俺の左腕に抱き着きながら警戒心丸出しで疑問符を浮かべていた。どういうこと、と。


「いくら相手が園児だからとはいえ、ここまで罵倒され、キモがられれば、さすがの橋木田成でも滅入ってしまう。メンタルダメージも相当なはずだと思うんだ」


「まあ、今日はもう園児たちからだけじゃなく、幼稚園の先生からもドン引きの視線を頂戴したんですけどね」


 とりあえず口を挟んで情報補足。


 赤坂はそれを流れるように取り入れ、「ほら」と奈桐を責め立てた。


「幼稚園の先生にも『腐れロリペドシスコンキモ男幼妹と人前でイチャイチャするな』と思われながらゴミを見る目で見られているらしい。いくら何でも悲惨すぎるだろうこれは」


「いや、さすがにそこまで滅多打ちな罵倒のされ方は心の中でもされてないと思うけどね? 赤坂、それちょっと盛り過ぎじゃない?」


「うるさいシスコ――じゃなくて、橋木田成は今黙っていてくれ。私は奈桐ちゃんに問うている」


 はい。


 もう既にこの人自身が俺を罵倒しかけてたけど、とりあえずは黙れと言われたので黙るしかない。


 俺の腕を抱き続けている奈桐の手の力がどんどん強まっていた。こちらのお嬢さんも言いたいことがおありのようだ。


 ムッとした表情で赤坂を睨み付けている。


「……私たちのこと、瑠璃ちゃんには関係ないよね? 久しぶりだからって一々口挟まれるのは嫌なんだけど……?」


「関係ないことはないな。奈桐ちゃん、昔私に言ったはずだ。『いざとなったら成のこと助けてあげて』って」


「っ……」


 わかりやすく奈桐が怯む。


 どうやら本当のことらしい。赤坂にそう言ったのは。


「今がまさにその時だろう。外から罵倒され、内からは問答無用のラブラブアタックを受けている。橋木田成は満身創痍だ。じきに壊れてしまう」


「いえ、あの、俺別に満身創痍でもなければ壊れそうでも――」


「ら、ラブラブアタックの何が悪いの!? 全然問題ないと思うけど!?」


 ムキになって奈桐が強く対抗。


 それに対して赤坂もムキになり、


「問題ありまくりだ! 今の橋木田成は奈桐ちゃんのお願いしたことなら何でもホイホイ聞いてしまうんだから、行き過ぎた行動をしてても自分でわからない! 本来ならそれをセーブすべきは奈桐ちゃんなのに、あなたはむしろこいつの暴走行動を助長させてるじゃないか! 『成……♡』とか言ってさ!」


「だっ……だからそれは当然じゃん!? せっかく…………せっかくこうしてまた会えたんだから! 傍にいられるんだもん!」


「でもそれは抑えるところは抑えないとってことだろう!? 今は大丈夫で済んでも、あなたが小学生になったら、中学生になったらどうする!? 橋木田成も同じように歳を取っていくし、外でもラブラブし続ける気か!? こいつが本当に犯罪者扱いされたらどうする!?」


「っ……! そ、それは……!」


「嫌だろう? 奈桐ちゃんだってそんなの望んでいないはずだ。本当に橋木田成のことが好きならな」


「……っ」


 冗談っぽい喧嘩のようなやり取りから、気付けば雰囲気は本気モードになっていた。


 苦笑いを浮かべるばかりの俺だったが、隣にいる奈桐がうつむくのを見て、笑ってもいられなくなる。


「……橋木田成。後で貴様にも言っておく。LIMEでメッセージ送っとくからな」


「え、LIME……?」


 俺が頓狂な声を出して疑問符を浮かべると、奈桐は顔を上げ、またしても赤坂を睨む。


 二人で何をコソコソ話すのか。そんな感じだ。


 けれど、彼女はバカバカしいとばかりにそれを否定した。


「心配しなくても、別に今さら奪うとか無いから。ただ、奈桐ちゃんのいるところで直接言えないようなことを言うだけだ」


「だからそれが――」


「あーもう、違うんだ。違う。勘違いしないでくれ」


「……?」


 首を傾げる奈桐。


 赤坂は手を横に振りながら続けた。


「あのねぇ、奈桐ちゃん? 私、とっくの昔にあなたに白旗振ってる。くだらない嫉妬とかは本当にどうでもいい。無いんだ、そういうのはもう」


 さっきとは違う、力の抜けた笑み交じりの表情を作る赤坂。


 彼女の言うことがどんな意味を指すのか、それはもう俺でもわかる。


 茶化していい雰囲気でもない気がしたし、俺は誤魔化すようにして頭を掻いた。


 赤坂も恥ずかしそうにしながら、深々とため息をつく。


「そもそも、生まれ変わってまで恋人の元へ舞い戻って来る女の子の彼氏を奪うとか、普通の人間にはできない。そんなの、神様に愛されたラブストーリーを邪魔するようなものだ。無理に決まってる」


「……」


「奈桐ちゃん、覚えているか? あなたが亡くなる前、確か小学校六年生の頃くらいにも似たような喧嘩をした。橋木田成のこと、奈桐ちゃんと、私以外にも好きな女の子がいた件」


「えっ……!?」


 つい声を上げてしまった。


 二人から見られ、俺は口を抑える。


 赤坂は「やれやれ」と首を横に振っていた。


「今さら誰か、とまでは言わないけれど、その子、奈桐ちゃんが橋木田成と幼馴染で、特段仲がいいことを知っていたから、友達を使って陥れようとしてたんだ」


「ま……マジでか……?」


「ああ。マジだ。橋木田成、貴様が奈桐ちゃんを嫌うよう、な」


「えぇぇぇ……」


 俺の知らない陰でそんなことが……。


 というか、一番驚いてるのは俺が謎にモテてることについてだ。


 なんで小六の時の俺そんなモテてんの……?


 何かしたような記憶ないし、本当にわからん。事故か……?


「何をしようとしてたか、詳しいことはもう一つ一つなんて話さない。ただ、私と奈桐ちゃんでその子の悪事を止めたんだよ」


「ふむふむ……!」


「で、私は先生に言いつけるなりして、徹底的に裁かれるのを望んだ。今後一切そういうことができないように、という意味も込めて」


「ほうほう……!」


「だけど、奈桐ちゃんはそうじゃなかった」


「……え……!?」


「その子たちに『今後はこういうことしないで』って言っただけで、事をすべてなかったことにしようとしたんだ」


「う、嘘……!?」


 言って奈桐の方を見やると、目が合った瞬間にぷいっと逸らされる。


 どうも本当らしい。


「そこで喧嘩になった。また同じことを繰り返される、と主張する私に対して、奈桐ちゃんは『成ならそこまでしないから』と先生に言いつけることを良しとしなかったんだ。あり得ないだろう? ここに来ても橋木田成だよ、この子」


 笑み交じりに言う赤坂だが、俺も奈桐も気恥ずかしくて上手い返し文句を思いつかない。


 苦笑する俺に対し、奈桐だけが「だって……」と苦し紛れに返していた。


「好きなのは……幼稚園の時からだから……。傍で見てたし……成のことは何でも知ってる……」


「――とのことだ、橋木田成。たぶん貴様は世界一の幸せ者だな。今さら言うまでもないことかもしれないが」


「それは心得ております……」


 まったく、と赤坂は呆れ笑う。


 本当にまったくだ。


 もう少しでもみじちゃんも来る。


 適当な軽い会話を繰り広げるだけだったのに、結構色々話していた。だいぶカロリーも使った気がする。


「まあいいか。けど、奈桐ちゃん。改めて言っておく」


「……?」


「生まれ変わって来てくれてありがとう。橋木田成のためとはいえ、またこうして会えて嬉しい」


「……なんかすごいいきなりだね……」


「別にいきなりってわけでもない。ずっと思ってた。言うタイミングが今になっただけで」


「成挟まないと絶対言えなかったやつだ……」


「ふふっ。それはあるかも。じゃあ、橋木田成にも言っとこう。ありがと」


 唐突に言われ、俺はただぎこちなく頷き、頭を掻くばかりだ。


 なんか今日はこんな感じなことが多い。本調子じゃない。


 果たしてこの状態でもみじちゃんを迎えて大丈夫か、そう思っていた矢先だ。


「……あの……」


 向こうの方から声がして、俺たちは一斉にそっちへ振り返る。


 そこには、制服姿の女の子が一人立っていた。

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