第18話 ロリコン疑惑

 悪くない気分の時は、不思議と登校時間がいつもより短く感じる。


 家を出て、最寄りの駅まで歩き、電車に乗る。


 電車から降りれば、大学までの道のりを少し歩く。


 おおよそ時間的に見れば四、五十分ほどだろうか。


 嫌なことがあった時や、その日の授業がたくさんある時、転校の悪い日などはその時間が永遠にも感じられるが、今日に限って言えばまったくそんなことはなかった。


 むしろ、これからの生活を想像していると、すぐに大学まで到着してしまったという感じ。


 ぼんやりしながら歩き、時折ニヤケる。


 気付けば、俺は二限目の授業が行われる大教室の目の前にいた。


 出入り口では、たくさんの学生が行き来したり、会話したりしていて賑やかだ。


 中にも既に人がたくさんいるようだけど、たぶん迫中が俺の席を確保してくれてるはず。


 教授に目を付けられない位置。


 後ろ過ぎず、前過ぎない、中間やや後ろくらいの席。


 それが、俺たちにとってのベストポジションだった。


「……えーっと」


 大教室に入り、迫中が居そうな場所を探してみる。


 広い場所だけど、大きく手を振ってる奴を見つけるのは簡単だ。


 すぐに迫中を見つけ、俺はそっちに向かった。


 近くまで行くと、さっそく旧友は元気よく声を掛けてくる。


「おっはよう、親友。今日もご命令通り取っといたぜ、べスポジ席」


 人混みの中、不自然に空いている隣の席を指差しながらニヤッと笑う迫中。


 俺は軽く手を挙げ、感謝の意を伝える。


「苦しゅうない。今日もご苦労、迫中君」


「おうよ、任せとけ。俺がいなきゃ今頃成は見事にぼっちだったろからな。旧友の可哀想な姿を見るのはこっちだって辛くなる。だから気にすんな」


 言いながら、俺の肩にポンと手を置いてくる迫中。


 俺は、つい頬を引きつらせてしまう。


「えらくトゲのある言い方してくれるな。心配してくれなくたってぼっちにはならねーよ。サークルに知り合いもいるし、何なら赤坂だっているんだから」


「いやいや~、成は俺がいなかったら確実にぼっちだね。そもそもサークルに誘ったのは俺だし」


「だとしても別のサークルに入って友達見つけてるよ。てか、赤坂は?」


「瑠璃は今日飛んだ。さっきLIME入って来たんだ。『今日の二限は訳あって行けない』ってな」


「え。何だそれ? 心配だな」


「別に体調不良じゃねーぞ? 一言、『橋木田成がロリコンになったから休む』とのことだ」


「は!?」


 何だそれ!? 意味がわからん!


「成、お前ロリコンになったのか? 新しく小学生の恋人ができたとか?」


「なわけあるか!」


 凪のこと言ってるのならもっと若いわ!


 なんてツッコミは火に油を注ぐ行為でしかない。さすが言わないでおこう。


「でもよ、このLIMEの文面から察するに、瑠璃の奴結構ショック受けてるっぽいぜ? 昔からの友達が犯罪者予備軍になった、とか言ってさw」


「ふざけんな! その昔からの友達を勝手に妄想で予備軍なんかに仕立て上げないでくれ! 俺はいたって健全だから! 捻じ曲がってないから!」


「いやいや。いいんだぜ? 別に隠さなくても。若い女の子が好きなのは全男共通だろ? いいじゃんか、それが少し行き過ぎるくらい」


「お前な……! ちょっと俺の話聞いてくれない……?」


「ん? 何だ? 幼女サイコー! ってか?」


「アホか。冗談でもやめろ、そういうの……」


 おかげで右隣にいる女子からは少し距離を取られてしまった。


 青ざめた顔をして俺のことを流し目で見て怯えてる。


 何もそこまで恐怖せんでも……。


「しかしだ、何でいきなり瑠璃はこういうこと言い出したんだろうな? 昨日とかどっかで会ったとか?」


 問われ、ため息をついてから説明することにした。


 詳しく話せばこのくだらない勘違いも晴らせることだろう。


「水族館で会ったんだよ、ちょうど昨日」


「え、そうなん? 瑠璃、もしかして彼氏と水族館デートしてたん?」


「違うよ。今、赤坂に彼氏なんていないだろ? 一人だよ、一人。あいつがぼっち水族館かましてる時に俺会ったんだよ」


「おぁ~……。ぼっちで水族館かぁ……。まあ、瑠璃ならやりかねんというか……勇気あるよなぁ。周りたぶん家族連れかカップルでいっぱいだろうに」


「だな。俺も一人で水族館はなかなかできん。カラオケとかなら行けるけど」


 うんうん、と頷く迫中。


 あれは個室だからな。お一人様も多いし、まだいける方だ。


「けど、成は誰と行ってたんだよ? それこそ、小学生彼女とデート?」


「……いや、幼稚園児彼女とデート」


「「「「「えぇっ!?」」」」」


 迫中どころじゃない。


 唐突になぜか周りに座っていた女子たちが驚きの声を上げ、俺のことを汚物でも見るような目つきで見やってくる。


 困惑してしまった。何でこんなたくさんの方々から反応されてしまうのか、と。


「て、てのは冗談でな!? 彼女なんかじゃないけど、俺最近お袋が再婚するとか何とかで幼稚園児の義妹ができてさ!」


 慌てて補足説明すると、迫中含める周りの女子さんたちも安堵したように息を吐いた。


 本当にあなたたちは何なんだ、と言いたい。全然関わりないはずなんだけど……。


「えぇ!? 嘘だろ!? 晴美さん再婚すんの!?」


「あ、あぁ。まあ」


 声がでかい。


 少しはボリュームダウンさせてくれよ……。


「な、何で!? 相手は誰だよ!? 俺、ひそかに恋心抱いてたのにぃ!」


「お前さ、少しは自重しろよ……。仮にも友達の母親だぞ……?」


「うぅぅぅ……晴美さん……そんなぁ……」


 いくら何でも情緒不安定過ぎるだろこいつ。


 さっきまでテンション高く騒いでたのに今は号泣してる。


 こっちが心配になってくるわ……。


「ま、まあさ、そんで俺、新しく義妹ができたんだよ。再婚相手の連れ子の女の子で、名前を凪っていうんだけど」


「なに……? はるみ……?」


「一ミリも合ってないからね? な、ぎ。晴美は俺の母親だろうが」


 耳腐ってんのかこいつ。


「その凪と二人でいた時に赤坂とばったり会ったんだ。あいつにはちゃんと義妹って説明してたのに。何で俺がロリコンってことになるんだよ……。おかし過ぎだろ……」


「……なるほどな」


 シクシク涙を流しながら頷く迫中。


 そのタイミングでちょうど教授が教室へ入って来る。


 前の方に授業プリントを置いておくから各自取りに来い、とのこと。


 俺は何度目かわからないため息をつき、立ち上がる。


「つまりはそういうことだよ。わかっただろ? 俺はロリコンなんかじゃない」


「……でも、そうは言ったって義妹なわけだし、今からロリコンになることも……」


「ちょっともう黙れ、年増好き」


 いくら説明してもキリがない。


 俺はもう迫中を無視し、前の方へプリントを取りに行くため歩き出す。


 ――が、その刹那だ。


「あ、ちょい待ち、成」


 呼び止められ、進めようとしていた足を止める。


 で、振り返った。迫中が言おうとしてることはわかる。


「わかってるよ、お前の分のプリントも取ってくるから」


「いやいや、そうじゃなくてだな」


「……?」


「明日、サークルでまた飲み会があんだけどさ、成も行くだろ? 行くって幹事の先輩に言っとくぞ?」


 何だ、そんなことか。


 頷いて、俺はまた歩き出した。


 参加する、と迫中に伝えて。

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