第19話 なんでそうなる!?

「おい、橋木田! お前ロリコンなの!? 幼稚園児くらいのスモック着た女の子が恋愛対象ってマジ!?」


 大学の授業を受け終えた夕方四時半頃。


 俺は迫中と一緒にアウトドアサークルの部室へ向かい、その扉を開けたのだが、中へ入ろうとするや否やこれだ。


 サークル長の田島たじまさん(三年生・心理学部所属)が、血相を変えてこちらへ迫ってきた。


「え……?」


 俺としても、こんな感じで疑問符を浮かべるしかない。


 横で迫中の奴はくっくっ、と笑っていたのだが……。


「だって今聞いたぞ!? 橋木田が昨日水族館で幼女と二人きり、手を繋いで互いに見つめ合ったり、ベタベタしたり、ただならぬ雰囲気を感じたって!」


「は!?」


 驚愕の声を上げる俺。


 するとまあ、迫中は吹き出して大爆笑だ。


 なにこれ。何でこんなことになってるの? まさか、赤坂が悪いように言いふらしたとかか?


「しかも、お前は今、赤坂さんと件の幼女に絶賛取り合いをされてる最中で、昨日は男1、女2によるバチバチ修羅場デートをしてたって話じゃないか!」


「はぁ!?!?」


 さらに驚きの声を上げる俺だが、部屋の奥の方からも大きな声が聞こえてくる。


「何言ってるんですか! 違いますよ先輩! その幼女というのも橋木田成の義妹というだけで、決して彼はロリコンじゃ――」


 何か俺を庇うように弁解してくれる赤坂。


 が、その抗議をさえぎるみたいに、女子三人ほどが赤坂の口を抑えていた。


「はいはいそうだねー」「ちょっと黙ろうねー、瑠璃ちゃーん」「それじゃ面白くなくなるのでー」


 なんて言って……。


 いや、面白くなくなるって何ですか……? 意味不明なんですが……。


「どういうことだよ橋木田! あんな美人と幼女を天秤にかけないといけないほどお前はロリコンなのか!? 普通赤坂さん一択だよな!? 健全な男子ならば!」


「ちょ、ちょっと待ってください田島さん。さっきから何言ってるんですか? 修羅場デートって?」


「しらばっくれるな! 昨日、お前らが三人でデートしてるのを水族館内で見た子がいるんだよ!」


「えぇ……?」


「写真もばっちりあるぞ? ちょっと待てよ……ほら!」


 言って、持っていたスマホをスワイプさせ、俺に画面を見せつけてくる田島さん。


 そこには、確かに凪と赤坂、それから俺が館内の屋外カフェにいた時のシーンが写されていた。


「い、いったい誰なんですか! この写真撮った奴! 子って、もしかして女子ですか!?」


「そうだよ、女子だ! 名前の方は言えん! その子から『匿名でオナシャス!』って言われたからな!」


 ちくしょう……。


 まったく。どこで誰が見てるのかわかりやしない。


 別にやましいことなんて何一つしていないのに、こう面倒な風になるとそれはそれで厄介だ。ついてないなぁ、なんか。


「まあ、もうそれならそれで仕方ないですけど……。田島さん、これだけは信じてください! 俺はロリコンなんかじゃないです!」


「そうですよ! 橋木田成はロリコンなんかじゃないし、ましてや私は決して奴のことなど……こ、これっぽっちもすすす、好きじゃないんですからぁ!」


 俺に続いて加勢してくれる赤坂だが、彼女を拘束している女子三人は声を揃えて、


「「「またまた~w」」」


 なんて言ってくる。


 山本さんと木村さんと三浦さん。


 本当にやめていただきたい……そうやって団結力発揮させるの。


「でも、タレコミしてくれたその子は言ってたぞ? 橋木田がこの写真に写ってる幼女と二人きりになってベタベタしていた、と。あの距離感はただならぬ雰囲気を感じた。橋木田がしゃがみ込み、キスでもするんじゃないかという空気ができていた、と」


「なっ!?」


 もしかして、ベンチに座ってる時のやつを見られてたってことだろうか。面倒くさすぎる。


「きっ、キス!?」


 こればかりは赤坂も動揺の声を上げ、


「ぶふーっ! っはははははは! ひぃーっ! あははははははっ!」


 迫中は助け舟を出してくれるわけでもなく、さらにさらに大爆笑。


 こいつ、本当後で覚えてやがれ……。


「そこに関してはどう言い訳するつもりだ? 写真もある。ほら」


「っぐ!」


 見せてくれる写真には、俺と凪がベンチに座って真剣に会話してる時のものが写し出されていた。


 やっぱりこれだ。


「えー、けどさけどさ、義妹っていうのはどういうこと? 橋木田くんの親、最近再婚か何かしたの?」


 赤坂を取り押さえてる女子三人衆の一人、山本さんが問うてきた。


 俺は頷き、答える。


「再婚する。うち、元々母親しかいなかったから」


 言うと、その隣にいた木村さんが口元を抑えてニヤニヤし、


「それはオメデタなんだけどー、新しくできた可愛い可愛い義妹ちゃんに手を出しちゃうってのはチガくない?w お父さんお母さん泣いちゃうよ?ww」


「それなそれな~www そっちでもデキちゃってるんか~いってwww」


「あははははっ! ヤバすぎだってそれはぁ! ははははははっ!」


 三人に便乗して笑う迫中の肩を、俺は静かにしばいた。


 くそ……乗ってるんじゃないよ……!


「あ、あのねぇ! 何度も言いますけど、本当に違いますからね!? 俺はロリコンじゃ――」


 ロリコンじゃない。


 そう言おうとした矢先のことだ。


 俺のセリフをさえぎるように、ズボンのポケットに入れていたスマホがバイブする。


 メッセージが来たわけじゃなかった。これは電話の方だ。


「電話か。出ていいぞ」


 田島さんが言うので、俺はスマホを取り出して画面を確認。


 見れば、それは芳樹さんからだった。


「誰誰~?」

「もしかして、愛しの義妹ちゃんから?w」

「お兄ちゃん早く帰ってきてぇ、みたいな?w キャハッw」


 こいつら……。


 煽ってくる女子三人に苛立ちを覚えつつも、珍し過ぎる電話主に応える俺。


 どうしたんだろうか。


 スマホを耳元に当て、応答する。


「はい、もしもし」


『あっ、成君? ごめんな。今取り込み中だったかな?』


「いえ。全然大丈夫です。どうかしました?」


 聞けば、芳樹さんは具体的に何で電話をかけてきたのか、細かく話してくれた。


明日の夜、仕事が忙しくて家に帰るのが遅くなるとのこと。


 母さんと再婚するにあたり、一緒に食堂をやっていこうということで、今いる会社を辞める予定なのだが、その引き継ぎ業務がかなり大変らしい。凪を幼稚園まで迎えに行ってあげられないし、夕飯も食べさせてあげられない、とのこと。


「なるほど。それで母さんに言って、うちで凪の面倒を見るってことになったんですかね?」


 いや、でも待て……。


『実はね、明日の夜は晴美さんも食堂の方に付きっきりになるらしいんだ。忙しい日らしくて。だから、凪の迎えとかできないらしくて……』


「そうでした……。明日は特に客が多い曜日だから……」


『ごめん、成君。悪いんだけど、明日だけでいいから、凪のお迎えと夕飯食べさせるの、やってあげてくれないかな?』


「は、はい! それはもちろん! 特に予定も――」


 無くは無かった。


 飲み会だ。サークルの飲み会。


「……っ……」


『……? 成君?』


「あっ! い、いえ! 何でもないです! 大丈夫です! 迎えも行きますし、夕飯も任せてください! 大丈夫ですんで!」


『そう? ごめんな。本当に悪い。どうか頼むよ』


「了解です! 芳樹さ……じゃなくて、父さんも仕事の方、頑張って!」


『ふふっ。うん。頑張るね、ありがとう』


 電話は切られた。


 ……が、マジか、という言葉が脳内に浮かぶ。


 シンとなっていた室内を軽く見回すと、皆が俺の方を見ていた。


 田島さんが声を掛けてくる。


「父さんって、電話かけてきたの、新しいお父さんか?」


 俺は頬を掻いて頷き、


「まあ、そんなところです」


「それで、何て言われたんじゃい?」


 迫中が問うてくる。


 俺は手を擦り合わせ、軽く頭を下げた。


「悪い。明日の飲み会、俺行くの止めとく」


「え! 何で? 何かあったんか?」


「いや、凪が……妹のお迎えとか、夕飯とか、俺がやってあげないといけなくなって……」


「おいおいマジかよ! なら……仕方ないか?」


 そう。仕方ない。


 仕方ないのだが、田島さんの意見は違った。


 静かに迫り、俺の肩に手を置いてくる。


「いや、仕方なくない」


「……え?」


「妹ちゃん、飲み会に連れて来い」


「は!?」


 本気で何言ってるんだこの人は!


「別に構わん! 俺が許す! 夕飯もその居酒屋で食べればいいだろう!」


「っ……! そ、そんなの――」


「え! それ賛成!」

「めっちゃいいじゃん! 生で見たい、橋木田君の義妹ちゃん!」

「ウチもウチも! 何この面白展開!www」


 騒ぎ始める女子三人。


 これは……さらに面倒なことになったぞ……。


「む、無理ですって! 酒の席だし、妹うるさいところとか苦手だし!」


「ダメだ。連れて来い、橋木田」


「うっ……!」


 すごい圧だ。


 顔を近付け、真剣に言ってくる田島さん。


「連れて来て、そこでお前は証明してみろ。ロリコンではないことを」


「はぁ!?」


「連れて来なければ、俺は一生お前をペド野郎として認識する。いいな?」


「よくないですよ! 何でそうなる!」


「同じことを二度も言わない。連れて来るんだ。いいな?」


 言われ、俺は苦しいながらも了承するしかなかった。


 楽し気にする女子三人と迫中。


 部屋の奥では、赤坂が心配そうにこちらを見つめてくれてたけど、展開としてはめちゃめちゃ面倒。


 これ、どう乗り切ればいいんだよほんと……。


 俺は一人で深々とため息をつくのだった。

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