亡くなった幼馴染兼恋人の彼女が義妹になった

せせら木

プロローグ ~奈桐~ 君のいた日々

運命の赤い糸

 運命の赤い糸というやつを信じているだろうか。


 誰がいつ繋げたかわからず、切ろうとしても切れない、愛し合う人たちを繋げる目に見えない糸。


 人によっては『信じない』と主張するだろうし、逆に『信じる』と言い張る人もいるはずだ。


 俺――橋木田成はしきだなるは、この運命の赤い糸というモノを信じている。


 生まれたばかり、まだ赤ちゃんだった時から彼女――雛宮奈桐ひなみやなきりは俺の傍にいてくれた。


 隣ってわけではなかったけど、家も互いに見えるくらいの距離で、親同士も仲が良く、父親のいなかった俺を、奈桐の両親は娘共々よく世話してくれてたらしい。


 そういうわけだから、自然と俺と奈桐の距離も近くなる。


 遊ぶ時はもちろん、ご飯を食べる時も、お風呂に入る時も、眠る時だって、いつも隣には奈桐がいた。


『成と私は運命の赤い糸で結ばれてるんだよっ! ずっと、ずっと、ずーっと一緒にいようねっ!』


 俺が運命の赤い糸を信じたのも、きっと奈桐のこの言葉が影響してる。


 作りたての草花の冠を俺の頭に乗せ、奈桐は満面の笑みと共に俺へそう言ってくれた。


 普通、こういうのは俺が彼女の頭へ乗せてあげるものなんじゃないか、とは後になって思ったけど、細かいところは置いておこう。


 とにかく、この瞬間、幼いながらに俺は奈桐への恋心を自覚した。


 ――俺もずっと一緒にいたいよ、奈桐。


 そうやって言葉を返し、俺たちは恥ずかしさを隠すようにして、二人で笑い合ったんだ。


で、それから少し経った頃くらいだろうか。


そうは言っても、俺はまだ小さくて、幼い時期。


 街の図書館か、親戚のおじさんの家の書斎か、記憶にはないけれど。


とある絵本で読んだ一文があった。





 だいすきなひとがどこかへいってほしくないのなら、『I LOVE YOU』よりもおもいのつたわることばをプレゼントしてあげて。





 意味なんて理解できない。


 ひらがなを読むのも精一杯な年齢。


 英語なんて記号か何かにしか見えない。


 でも。


 だけど。


 その一文は、奈桐とずっと一緒にいたいと願う俺にとって、自然と頭の中に刻み込まれていくようなものだった。


 だから、ずっと考え続けた。


 小学生の時も、中学生になってからもずっと。


けど、結局『I LOVE YOU』よりも想いの伝わる言葉は俺の中に浮かんでこなくて、見つからなくて。


 困り果てた俺は、いつもの悪い癖でこの問題を後回しにした。


 きっと、いつか、未来の自分が答えを見つけてくれるはず。


 根拠なんて一つも無い思いに縋り、簡単な『I LOVE YOU』を、それでも勇気を振り絞って告げることにした。





「奈桐、好きだ! 大好きだ! だから、俺と正式に付き合って欲しい! 恋人になって欲しい!」





桜の花が咲き始める、高校入学を目前とした中学三年の三月。


 俺は、正式に奈桐へ募らせていた思いの丈をぶつけた。


 ……真っ暗で互いの顔が見えないジメジメとした物置小屋の中で。


「……なーるーくーん?」


「あ……は、はいっ! 何でございましょう?」


 目の前にいるであろう奈桐が、俺の手を取り、ギュッと握り締めてきた。


 ちなみに、奈桐はいつも俺のことを「成くん」なんて呼ばない。呼び捨てだ。君付けで呼ぶ時は大抵ご機嫌が斜めの時。つまり、現在抱いてらっしゃる感情は……。


「私たち、今どこにいるのかな?」


「え……? あ、あー……俺んちの物置小屋の中、かな……?」


「そうだよね。それで、そんな物置小屋の中で、成は何て言ってくれた?」


「世界で一番可愛くて、俺にとっては天使でしかないし、大好きだからどうか付き合ってくれないか、と言った」


「っ……! そ、そこまでは言ってなかったよね……!?」


 奈桐の手を握る力が少し強くなった。で、動揺に任せてそれを振りながら言ってくるが、俺は気にせず返す。


「言ってなかったけど、少し正確に言うとそうなる。もっと正確に言うならば、ちょっとツンデレ気質で世話好きで、けれども実際は甘えん坊の寂しがり屋な性格が塩バニラみたいな魅力を放ってて激カワ。容姿の方も神様が本気で作ったとしか思えないほど整ってて、特に猫っぽい切れ長の瞳はブラウンの宝石を彷彿とさせ、ダイヤモンドよりも綺麗だと思う。艶やかな黒髪からなるツインテールは天使の羽を思わせてくれるし、何が言いたいかっていうと――」


「あぁぁぁぁっ! も、もういいっ! もういいからやめてぇっ!」


 握ってくれてる俺の手をさっきよりも強い力でブンブン振る奈桐。


 暗闇のせいで表情は見えないけど、きっと顔を赤らめて恥ずかしがってるはずだ。可愛い。俺の幼馴染、可愛すぎる。


「ふふふっ……恥ずかしがってる奈桐たん、ホント天使……」


「だ、だからやめてって言ってるでしょ! か、可愛いとか……天使とか……か、過剰使用禁止っ!」


「でも、事実だよ? 奈桐はあり得ないくらい可愛いし、天使だ」


「ぁぁぁぁぁ……も、もぉぉぉ……」


 弱々しく悶えて、へなへなとその場にしゃがみ込む奈桐。


 手を握られ続けてる俺も、そんな奈桐に合わせてしゃがんだ。


「それに、生まれてすぐくらいからずっと一緒だし。いいところも、悪いところも全部知ってる。そういうのをひっくるめて可愛いって言ってる。好きなんだ、奈桐のこと」


「うぅぅぅ~……」


「だから、これからは恋人として傍にいて欲しい。どう……かな?」


 握ってくれてる奈桐の手を、もう片方の手で包むように握り返す。


 恥ずかしさと困惑と、それからあと何か。


 ぐちゃぐちゃになってる思いが奈桐の動揺っぷりから見て取れるんだけど、俺のその問いかけに対し、彼女は小さい声で何か言ってくれた。


「……わた……も……き…………だけど?」


「……?」


 今、何て言ったんだろう。


 言葉にならない声で疑問符を浮かべると、奈桐は意を決したかのように俺の耳元まで顔を近寄せ、


「わたしも……すき……なるのこと……だいすき……」


 こそっと秘密を囁くように言ってくれた。


 刹那、全身に幸福感が稲妻みたいに走り、俺は硬直してしまう。


 暗闇でそんな俺の姿はよく見えないはずだけど、奈桐は小さくクスッと笑って、


「というか……成以外の男の子と付き合うだなんて考えられないよ、私」


「へ……?」


 大人しい声音。暗闇に沿うような、優しくて確かに伝わる奈桐の言葉。


「一緒にずっといて、思い出もたくさん積み上げてきて、嬉しいことも、悲しいことも、ほとんど共有してきたんだもん。それを全部捨てることなんてできない。しちゃダメだと思う」


「……そ、それは……義務感とかではなく……?」


 真剣に聞いたつもりだけど、冗談交じりだと思われたかもしれない。


 奈桐はまた小さく笑って、


「当然。義務感でこんなこと言わないし、思わない。成、さっき言ってくれたよね? 私の良いところも、悪いところも……その……好きだよって」


 恥ずかし気に少しぎこちなく言う奈桐へ対し、俺は頷く。


 彼女は続けた。


「それ、私も同じだからね。成の良いところも、悪いところも、全部まとめて好き。今までの思い出は私にとって宝物だし、これからだってきっとそう」


「っ……」


「大切なの。あなたのこと。すごく。すっごく」


 暗闇に浮かぶ奈桐のシルエット。


 瞬きを忘れ、俺はそれを見つめる。


 気付けば声にも出していた。


 奈桐、と。彼女の名前を。


「だから……だから、ね? 成、私へ伝えてくれてありがとう。好きだよ、って。恋人になろう、って」


「な……奈桐……」


「よろしく、成。これからも、ずっと一緒にいようね」


 どこか懐かしくもある言葉を聞いて、俺はもう耐えきれなかった。


 幸福感に脳が溢れ、大好きな女の子を抱き締める。


 奈桐も俺の背に手を回して、抱き締め返してくれる。


 一生一緒にいたい。


 改めてそんな思いでいっぱいになり、感動で涙も出かけたのが――


「でもね、成。一つだけ、私から言いたいことがあるの」


 頭を手でペシペシされる。


 これは……なんかお叱りモード。


「な、何でしょうか……?」


 問うと、奈桐は頭ペシペシから、俺のわき腹を指でつつくのへ移行。で、続けてくる。


「せっかくの告白なのに、どうしてここなの?」


「え……」


「顔もちゃんと見えないし、昔から言えない秘密を打ち明ける時に使ってた場所だよね? 怒られそうなこと言う時とか」


「ま、まあ、そうだね……」


 同調すると、「むぅ」と不満げな声を漏らす奈桐さん。


 わき腹ツンツンが加速してきた。く、くすぐったい……。


「……今度、ちゃんとまた言って? 顔の見えるところで、私の目を見てから」


「あ……は、はい。了解です」


「どうせ成のことだもん。顔見て告白するのが恥ずかしいからここで言おうと思ったんでしょ?」


 さすがは奈桐。俺のことなんて筒抜けだ。誤魔化して苦笑いするしかない。


「全部わかるんだから。もう」


 言いながら、奈桐は俺の胸に顔を埋めた。


 そうだ。


 ちゃんと顔を見て言わなきゃだよな。


 でないと、カップルだなんて言えない。


 自分でそう思い、俺はまた苦笑するのだった。

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