奈桐の提案

「――それで、なーくん。小っちゃい時から一緒にいたお姉ちゃんと正式に恋人同士になった感想は?」


 とある日の夜、十九時半頃。俺の母が経営してる【橋木田食堂】の店内にて。


 たまたま今日は食堂が休業日で客は一人としておらず、いつもと違ってとても静か。


 ……が、うちに来て夕飯を食べてる最中なのに、この子はいきなりなんて質問をするんだろう。


 引きつった笑みを浮かべつつ、俺は目の前の女の子へ優しく指摘することにした。


「……あ、あのな、はーちゃん。俺、今はご飯食べるのに集中した方がいいと思うんだよ。ほら、さっきからチャーハンに入ってるニンジンがなぜか皿の端へ寄って行ってる」


「これは勝手に寄って行ってるだけ。葉桐のせいじゃない。ねえ、感想は?」


「……(汗) に、ニンジンさん、食べてもらえなかったら悲しむと思うよ? 俺には聞こえる。何で食べてくれないんだ、こんなにも美味しいのに~って」


「子ども扱いしないで。そんな声聞こえないし、どうでもいい。早く感想聞かせて」


 ムッとした表情で足をばたつかせ、訴えてくるはーちゃん。


 本名を雛宮葉桐ひなみやはきりちゃんという。


 奈桐の妹で、現在小学六年生。十二歳。


 俺たちとは三つほど歳が離れていて、そう言われるとそこまで年齢差無いよなぁ、とは思うんだけど、どうも小さい時の記憶そのままな俺は、いつも後ろに付いて来てた印象が拭い切れず、この子を子ども扱いしてしまう。


 ただ、実際子どもなんだ。


 今だってほら。さっき俺が言った通り、チャーハンに入ってる小さいニンジンをご丁寧に皿の端へ避けてる。


 大人はあんなことしないよな。


 苦手でも我慢して食べる。


 葉桐ちゃんはまだ子ども。


 子どもに大人な俺たちの恋の話なんてできません。


 ……とは言えず……。


「あぁ、もう、わかったわかった。わかったから、ニンジンはちゃんと食べること。いい? 今日は俺、代わりに食べてあげたりとかしないからな」


「えっへへ。はぁい」


 一転してニコニコで返事をする葉桐ちゃん。


 やれやれだ。本当に食べてやらないんだからな、まったく。


「ごほんっ。んんっ。えー、そうだなぁ……感想。感想は……」


「うんうん」


「わからない! それに尽きる!」


「えぇ!? 何それ!?」


 驚き、葉桐ちゃんは口をあんぐりと開けてる。


 それから、下がり眉になって、ジト目で俺を見つめ、


「わからないってどういうこと? 何? あれだけお姉ちゃんのこと好きだったくせに、いざ本当に恋人になったら冷めちゃったってこと? 感想も言えないくらいに」


「いやいや、そういうことじゃないよ。冷めるわけない。奈桐のことは死ぬほど好き。ビッグバン級に。地球が滅亡しても俺がバリアを張って守って、永遠に二人で宇宙空間で漂ってたいほどね」


「それはそれで行き過ぎて気持ち悪いけど……」


 気持ち悪いって……。この子、ほんと言葉がストレートだ。思わず「うっ」と声を出してしまった。


「で、でも、本音だし? 俺、疑われなくてもそれくらいに奈桐のこと好きだし?」


「なら、なんでお姉ちゃんと恋人になった感想が『わからない』なの? 可愛すぎて押し倒したいとか、今すぐにでもキスしたいとか、そういう回答期待してたんだけど?」


「……っ。あ、あのねぇ、はーちゃん。小学校六年生がそういうことあんまし言うもんじゃないの。せめて『おてて繋ぎたい』とか、『一緒に学校行けて嬉しい』みたいに健全なことを俺が思ってるんじゃないかって想像してくれ。いくら何でも生々しいよ」


「だーかーらー、私のこと子ども扱いしないでってさっきから言ってるよね? てか、全然生々しくないし。普通じゃん? 六年生なんだよ、葉桐」


「いや、絶対普通じゃない。何なら奈桐だってまだ――」





「ねえ、成! 今から肝試しに行かない? 高台の方にある廃小学校まで!」





 ガラッと勢いよく開かれる厨房扉。


 そこに現れたのは奈桐で、あまりにも唐突過ぎる提案を聞き、俺は思わず軽く笑ってしまった。


「ほら、はーちゃん。わかった? 奈桐だってまだあんなことしか言わないんだ。さっきはーちゃんが言ってたことは絶対小六っぽくない。オーケー?」


「オーケーじゃない。別に肝試しすることが子どもっぽいとは思わないし、葉桐も聞いた傍から楽しそうって思ったもん」


 う、うそぉん……。


 真剣な顔で、キッと睨まれながら言われてしまった。言い返すこともできない。


「ねえ、お姉ちゃん! 何それ、すっごく楽しそう! 肝試し? 肝試し今から行くの?」


 ノリノリになって椅子から立ち上がり、奈桐の元へ小走りで向かう葉桐ちゃん。


 どうも奈桐はさっきまで俺の部屋で心霊動画を観てたらしい。それで、居ても立っても居られなくなって、自分も行きたくなった、と。


 しかし、にしても唐突過ぎやしませんか。


行動力がすごい。大抵は面白そうだと思ってもすぐに行こうとはならないはず。ましてや肝試しだぞ。七月だし、季節は悪くないけどさ……。


「ね、成。いいよね? 一緒に来てくれるでしょ? 廃小学校までだから、そんなに言うほど距離も無いし」


 楽しそうに目をキラキラさせながら言う奈桐。


 断りづらい。


 ……が、さすがにだ。俺は心を鬼にすることにした。


「いや、さすがに危ないって。もうすぐ八時になるし、廃小学校へ行くまでに林みたいなとこ抜けないといけないだろ? あの辺、電灯も何も無いから危険。ダメ」


「えぇ~、それがいいのに~」


 ぷくっと頬を膨らませて言う奈桐さん。


 げんなりしてしまう。何を言ってんの、この人はほんと。


「全然良くないから。てか、それちゃんとおじさんとおばさんに言ったのか? 行きたいってこと」


「うん。言ったよ」


「ほら、言ってないんだろ。言ったら確実にダメって――って、言ったのかよ!」


 ニコニコしながら奈桐は頷いて、


「お父さんもお母さんも、成が一緒ならいいって。あ、成のお母さんにも言われたよ。そういうことなら死んでもなーちゃん守るようアタシからも言っとくって」


「は、はぁ!? 俺、まだそんな話全然――」





「今からしようと思ってたんだよ。さっきまで食材の仕入れ先と電話してたから」





 さっき奈桐が現れたところと同じ、厨房の出入り口から電話片手に母さんが入って来た。


 本名、橋木田晴美はしきだはるみ。三十三歳。バツイチ。橋木田食堂店主。


 こうしてうちの母親のステータスを並べてみると、色んな意味ですごい。


 十八で俺を産み、そこから離婚した父さんと一緒に食堂経営を始め、結局母さんがその経営権を握って今に至る。


 橋木田食堂はこの辺りじゃ人気店の部類で、昼と夜は繁盛してるうえ、出前も受け付けてる。


 従業員は全部で九人ほどいるし、俺も小さい時からバイトの人たちに遊んでもらったりしたもんだ。今でも仕事終わりとかに食堂の方へ出ると話し掛けられたりする。勤務歴の長い人だと、感覚としてはもう家族だ。雰囲気はかなりいい。


「母さん! ほんとあんた、何言っちゃってんの!? こんな時間から外出歩くって普通に危険でしょうが! しかも肝試しって!」


「なーに言ってんの! そのためにアンタがなーちゃんに付き添うんでしょ? 可愛い彼女のご要望なんだ! 男ならそのくらい聞いてやりなよ、情けない!」


「いやいやいや、情けないとか言ってる場合じゃないから! 廃小学校までの坂道知ってるか!? あの辺街灯一本も立ってないんだぞ!? まさに暗黒世界ですよ、暗黒世界! 周りが見えなきゃ守るもクソも無いですから!」


「んなもん気で邪悪なモン察知して撃退すればいいでしょうが! 何弱気なこと言ってんだ!」


「ハハハッ! BBA、ドラゴン●ールの世界にでも生きてんのか!? かめ●め波ーってw 無理に決まってんだろが! 何狂ったようなこと言ってんだ! 人間なんだから見えないと何もできないっての!」


「誰がババアだってぇ!? いいからもう行ってきな!」


 ベシッ!


 そんな音が鳴るほどに思い切り背中を叩かれた。痛すぎる。


「ねぇ~、なーちゃん。ダメねぇ、この子ほんっとうに。頼りなくて無理だって思ったらすぐに捨てていいからね~?」


「な、何勝手なこと言ってんだよ! 頼りなくないわ! 奈桐守るためだったら命だって張る所存だわ!」


 苦笑してる奈桐の前で思い切り宣言。ただ、顔は一切見ることができなかった。恥ずかしいので。


「だったら宣言通り行ってきな。ほら、なーちゃんとはーちゃんのパパとママも応援してるから」


 母さんの指差す方を見やると、確かに厨房の出入り口のところから奈桐と葉桐ちゃんのパパ&ママが顔を覗かせて、手を振っていた。しかも、パパさんは「成君なら娘たちを任せられる!」なんて調子のいいことを言ってくる。あれは絶対酒飲んでるな。酔っ払いのノリだ。


 ほんと、真面目で優しそうな顔してるくせに娘たちが心配じゃないんですか……? 俺のこと、過剰に信頼してませんかね……?


 ため息をつきつつ、仕方なく了承。


 俺は奈桐と葉桐ちゃんの二人と共に、真っ暗の中、廃小学校へ行くことになった。


「じゃあ、葉桐。今から成をリーダーにして、肝試しを始めて行きます。準備はよろしいかー?」


「よろしいー!」


 ふざけて敬礼しながら二人でキャーキャー楽しそうにしてる。


 やれやれ。まったくだ。


 俺も腹をくくり、声を上げた。


「よし! では、リーダーの俺から絶対離れないように! 進行方法は縦列じゃなく、横列で行くからな! 横に三人で並んで、手をつないで進む! オーケー?」


「「おーけー!」」


「行くぞぉ!」


「「おー!」」


 半ばヤケクソになりながら言って、俺たちは食堂を出るのだった。


 もちろん、懐中電灯など、必要なものは当然持って。

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