第83話 奈桐の不満

「はい、成。あーん」


 奈桐が食べかけのチュロスを差し出してくる。


 色々言いたいことはあるが、とりあえず無視するわけにもいかないので、俺は口を開いてそのチュロスをかじった。


 仁と瑠璃と美森はジト目で、愛良ちゃんだけが純粋な眼差しをしながら俺のことを見つめてくれてる。


 いや、皆の言いたいことは痛いほどわかる。わかるんだ。


「ふふふっ……! 成、美味しい……?」


「……うん。美味い。めちゃくちゃ美味いですよ。もちろん」


「え~? そんなになんだ~。じゃあ、私も食べよ~」


 わざとらしく言って、俺が口を付けたところからチュロスを食べる奈桐さん。


「あ、ほんとだ……! 美味しいね、このチュロス……!」


「う、うん」


 俺が頷くや否や、奈桐はモグモグしながらまたそれをこっちへ差し出してくる。


 当然のように交互で共有する雰囲気。


 近い。


 なぜかわからないが、今日の奈桐は妙に距離が近いというか、イチャイチャ欲暴走モードというか、とにかく積極的だった。


 腕も自然と組んでくるし、絵面もよろしくない気がする。


 女子中学生と親戚のおじさんが仲良く楽しんでるだけ、と見られていれば助かるが、果たして全員が全員そうやって見てくれているか。


 女子中学生を利用した援交パパ活オヤジと思われたら最悪だ。一発で通報されてしまう。


「……あのー……凪ちゃん?」


 見かねた瑠璃が奈桐に声を掛けてくれた。頬を引きつらせてる。


「どうかした、瑠璃ちゃん?」


「い、いや、あの、えっとな……? 橋木田成と……まあその……お兄ちゃんと仲良しなのはいいと思うんだが……さっきから妙に近くないか……? チュロスもそうだけど、タピオカジュースも、アイスクリームだって全部共有してたよな……?」


 そうなのである。


 昼食前の午前だけど、奈桐はやけに食べ物を買い、俺とそれを共有しようとしてくるのだ。


 様子がおかしい。


 入口でのキスもそうだけど、明らかに様子がおかしかった。


「んー……。そうかな? 距離、近い? 食べ物を共有するのも、家族だったら当然じゃない?」


 あっけらかんとした物言いの奈桐さん。


 瑠璃はそれに対し言葉を詰まらせ、宙を見上げて「あー……」と続く言葉を探していた。


「ま、まあ……それもそうだけど……う、うーん……」


「瑠璃ちゃんだってそうじゃない? 仁君とたくさん食べさせ合いっこするよね?」


 ……うん。まあ、俺たちがやってたのは『食べさせ合いっこ』じゃなくて、一方的にこっちが奈桐の口にしたものを食べさせられる『強制間接キス』なんだけどね?


 心の中で思うものの、今日の奈桐には表現し難い圧みたいなものを感じるので、黙っておく。


 問われた瑠璃はしどろもどろになりつつ、苦しくなって仁の方をチラチラ見ていた。


 仁も『俺に振るな』とでも言いたげだ。


 本当にすみません、うちの奈桐が……。


「そ、そりゃね? 凪ちゃんの言う通りだよ。俺と瑠璃も家族だし、食べ物の共有くらいする」


「うんうん。だよねぇ? 間接キスもするよねぇ?」


「ハハハッ! 間接キスどころか普通にがっつりキスするよ! なぁ、瑠璃? 俺たち、昨日の夜もすっごいキスしたよな?」


 確信した。


 仁。


 こいつはやっぱりバカだ。


 瑠璃どころか、大人のアレコレを知らない美森でさえも顔を赤くさせてる。


 無言のままに、瑠璃は仁の頭を叩いていた。


 無理もない。


 ……が。


「……むー……」


 ……奈桐さん……?


 どうしてあなたは頬を膨らませて悔しそうなの……?


「と、とにかくだな、凪ちゃん! 君のやってることはまだまだだけど、瑠璃の思いを代弁するに、今はすこーしだけ間接キスを控えるべきなんじゃないかと思うんだよね! ほら、周りには人がたくさんいるし!」


 頭にコブを作った状態で仁が言う。


 こういう思いを察する力はあるのに、どうしてこいつはこんなのなんだろうな……。


 ご愁傷様だ、瑠璃。ため息ついてるけど。


「……ごめんね、凪ちゃん。仁の言う通り。やっぱり他の人も色々見てるし、ベタベタし過ぎるのはちょっとな……って思うんだ。橋木田成も捕まるかもだし」


「は、ははは……」


 俺の憂っていた部分を見事に言い当ててくれる瑠璃へ感謝。


 奈桐は不服そうに足元を見つめて、俺のことをゆっくり上目遣いで見てくる。


「…………ばか」


「んぇ……!?」


 罵り、これくらいさせろ、とばかりに俺の手を握ってくる奈桐。


 それを見て、今まで黙っていた美森は俺……ではなく、空いている奈桐の手に自分の手を絡ませた。


「……美森……?」


 俺が反対側から疑問符を浮かべると、できた実妹は無言で頷き、


「愛良ちゃんパパに、愛良ちゃんママ。次のアトラクション、行こ?」


 なんて言って、次の目的地へ向かうことを促してくる。


 そして――


「お兄ちゃんは……」


「ん……?」


「ばか」


「え……!?」


「よーし、いこー」


「えぇぇぇ!?」


 謎に美森からも罵られ、俺たちは歩き出す。


 何もわからない愛良ちゃんはキャッキャしてて楽しそう。


 本当に訳がわからなかった。


 何で俺はダブルで『ばか』と言われてしまったんだろう。


 二人に直接訊きたいものの、この場では答えてくれなさそうだったので、ただただ疑問符を浮かべながら考えるしかなかった。

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亡くなった幼馴染兼恋人の彼女が義妹になった せせら木 @seseragi0920

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