第108話 先に伝えるのはなーちゃん。
夜闇の中で、美森は母さんに頬を叩かれた。
小さいからとか、女の子だからとか、そういうのを抜きにして、真剣に叩かれた。
「美森、それは言っちゃダメ。あんたは今、最低なことを言った」
母さんの鋭い瞳の先には、涙をボロボロ流す美森がいる。
声も我慢していない。
遠慮することなく泣いて、きっとその声は俺たちの家の中にも届いているはずで。
俺は、渦巻く複雑な感情でぐちゃぐちゃになりながら、それでも独りよがりにうつむくことをせず、涙に濡れる美森を見つめる。
「……美森……」
思いが揺れて、決意の言葉が喉から出かけていた。
顔を歪め、涙を流す妹を見て、これ以上の保身に走ることなどできない。
「……なあ、母さん?」
そっと呼びかけると、母さんは眉間にシワを寄せた状態で俺の方を見つめてくる。
懸命に美森を叱っている。
その様が痛いくらいに伝わってきて、より一層俺は背を押されたような気分になった。
「やっぱり俺、美森と一緒に兵庫へ行くよ」
「……え?」
母さんが頓狂な声と同時に疑問符を浮かべる。
俺は頷きながら続けた。
「もちろん、そこには奈桐もいる。三人で暮らしたいんだけど、いいか?」
「……成、あんた……」
「どうしたのか、って? 簡単だよ。決心がついたんだ」
自信を持ち、堂々と伝える。
でも、その決心を母さんはまだ信じていないようで、心配するように俺の顔を覗き込んできた。
「決心がついたって、いきなりかい……?」
「いきなり、だな。突然の思いつきみたいで印象は良くないかもしれないけど、決めたんだ。俺、やっぱり二人を兵庫に連れていく」
すぐに何か言葉を返してくるかと思ったけど、母さんは心配そうに無言で俺を見つめてくるだけ。
「……母さん?」
首を傾げて反応を促すと、なぜか母さんにため息をつかれてしまう俺。
唖然としていた美森は、母さんのため息を聞いて、なぜそんな反応をするのか、と詰め寄っている。
俺も同じ思いだ。
二人と一緒に兵庫へ行くこと。
これは母さんも認めてくれていて、あとは俺が一決心するだけですべてが丸く収まる。
そう考えていたのに、やっぱり何か思うことがあるのか、最後の最後で微妙な反応をされてしまった。
困惑するしかない。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ母さん。俺が二人を兵庫へ連れて行くこと、さっきは賛成してくれてたよな?」
「賛成だけど、ねぇ……」
「いやいや、何その微妙な反応!? 手のひら返しすごいんだけど!?」
微妙に声が裏返ってしまう。
そんなのって無しだろ。
後はもう俺が決心するだけだと思ってたのに。
「お母さん何で!? 成お兄ちゃんがやっと美森のこと連れてってくれるって言ったのに!」
美森は嬉しさでニヤけつつも、母さんの手を握り、それを揺さぶりながら抗議する。
テンションが上がっているのは明らかで、俺もそんな美森と一緒に何でそんな反応をするのか、と詰め寄った。
「てか、ほんと今さらだからな!? 反対とかあり得んから! 奈桐も美森も俺が父さんと母さんからもらっていく!」
叫んだ刹那だった。
後ろの出入り口扉が勢いよく開けられ、父さんが顔を出した。
「成! やっぱり父さんも反対! 凪も美森も連れて行かせません!」
「は、はぁ!? と、父さんまでぇ!?」
何なんだこの流れは。
賛成してくれていたはずの二人が信じられないくらい反対してくる。
「お父さん! だめ! 美森、もう成お兄ちゃんと一緒に兵庫県へ行く!」
「お父さんもだめ! 美森を成なんかには渡しません!」
何このオヤジ……。
いや、オヤジだけじゃなくてオバサンもだけどさ。
「……もういいって二人とも。わかったから。そういうノリやめてくれ……」
「何言ってんのよ成。ノリなんかじゃない。私は本気だよ。あんたの行動決定の仕方に不安しかないの」
「は、はい……?」
冗談か何かじゃなかったのか。
だったらなおさら手のひら返しに震えるんだが。
「行動決定に不安って、そんなこと言い始めたら何も始まらないだろ。俺は美森を兵庫に連れて行くよ」
はっきりそう言うと、美森は心の底から嬉しそうに俺の腕を抱いてきた。
心なしか目の色がヤバい気もしたが、それはたぶん気のせいだろう。
何というか、奈桐とはまた違った。恋する女子の目みたいな、そんなものだ。
「確かにそう。何の理由もなくあんたの意思を無碍にするのは違う。それはその通り」
「じゃあ、何が理由だってんだよ?」
疑問符を浮かべると、母さんは俺のことを指差し、
「なーちゃんだよ。あの子はなんて言ってんの? 兵庫に連れて行くこと、先に美森に言ってよかったの?」
は? と。
心無しか、いや、かなり嫉妬心の香りがする口調で美森が疑問符を浮かべた。
俺は少し怖くなる。
実妹のはずの美森だが、なんか色々さっきから変だ。
「あんたがまず最初にその意思決定を伝えるのは、間違いなくなーちゃんなんだよ。そこは絶対に大事なんだ」
色々と気になるところはあるものの、母さんは俺は確かにそう言うのだった。
冗談っぽく駄々をこねる父さんの頭を叩きながら。
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