第58話 窮地とイケメンショタ

「あらっ、おはようございます〜! 凪ちゃん、おはよ〜! 今日はお兄さんに連れて来てもらったのね〜!」


 園の下駄箱に入ると、以前大学まで来てくれた例の先生が俺と奈桐を出迎えてくれた。


 いつも笑顔で可愛い系の美人。


 不倫とかは断じて良くないが、実際こうして綺麗な幼稚園の先生にドキッとするパパさんは多いんじゃないかと思う。


 俺は会釈し、簡単に挨拶した。


 奈桐もさっそく幼稚園児っぽく元気にご挨拶する。


「先日はご迷惑をお掛けしました。今日も一日、凪のことお願いします」


「いえいえそんな! あの件は私がもう少ししっかりしないといけないことで! お兄さんは全然悪くないんですよ? 謝らないでください!」


「いや、でも……」


 続く言葉を言いかけたタイミングで、だ。


 先生の後ろから、「あーっ!」と大きな声がする。


 見やると、そこにはさくらちゃんがいた。


 俺は思わず頬を引き攣らせてしまう。


「ろりこん! ろりこんだー! ろりこんがきたー!!!」


「ちょぉぉ!? ろ、ロリコンって……!!!」


 恐ろしいことをデカデカとした声で口走るので、つい俺も大きな声を出しかけ、ハッとする。


 先生は苦笑いし、奈桐は俺と同様に頬を引き攣らせて冷や汗を浮かべてる。


 一番見られたくない子に見つかってしまった、と。そんな感じだ。


「あはは……。さ、さくらちゃ〜ん? そういうこと言うのはやめようね〜? お兄さん、そういう風に言われてどんな気持ちになっちゃうかな〜?」


「うれしくなるっていってた! おねえちゃんがね、おねえちゃんがね! ろりこんのきもちわるいひとは、わるぐちいわれるときもちよくなるって!」


「ならないよ!?」「ならないから!」


 俺と同時に奈桐がツッコんでくれた。


 泣きそうです。


 信じられるのは、小っちゃい俺の彼女だけ……。


「ほ、ほら〜。さくらちゃん? さくらちゃんのお姉ちゃんはそう言ったかもだけど、凪ちゃんのお兄さんはそうじゃないんだよ〜? 皆人それぞれだからね〜?」


「そんなことないもん! なぎちゃんのおにいちゃんはろりこんだもん! おねえちゃんがぜったいそうだっていってたんだから!」


 お姉ちゃんお墨付きなのかよ……。


 何……? 何なの……? 俺、この子の家でいったいどういう風に言われてるの……? てか、なんで俺のことが色々割れてるわけ……?


「さ、さくらちゃん? あのな? 俺、別にロリコンじゃないよ? 確か……凪が俺と恋人だって言ったからロリコンって思ってるんだよな?」


「そう! おねえちゃん、よんさいのおんなのことこいびとになるって、ぜったいきちくろりこんっていってたんだから! しかも、じぶんのいもうととこいびとになるとか、きもちわるすぎるって!」


「それは〜…い、色々と冗談なのよ〜? さくらちゃ〜ん?」


「せんせい、それはじょうだんじゃないです。なぎ、ほんとにおにいちゃんとこいびとです」


「ぶふっ! ちょ、ちょぉぉい!? ななな、凪ちゃぁぁぁん!?!?」


 思わず吹き出してしまう俺。


 先生は顔を青くさせ、「え……」と短く声を漏らしながらこっちを見つめてくる。


 その瞳は、一気に恐ろしいものを見るような色に変わり果てていた。


 俺はブンブン手を横に振る。


「ち、ちちち、違う! 違うんです、先生! 俺は断じてそんな……!」


「ほらぁ! ねぇ、みんな! なぎちゃんのこいびとおにいちゃんがきたよーーーー!」


 おいおいおい……ちょっと待て……待ってくれ……。


 さくらちゃんが後方で大号令をかけると、賑やかな声が一気に聞こえてくる。


 バタバタと足音がしたかと思えば、男女まばらに幼児たちが集結。


 俺はもう冷や汗ダラダラ。


 とんでもない窮地に立たされていた。




「えー! これがなぎちゃんのおにいちゃんー!? かれしー!?」

「かれしかれしー! あははは! かれしー!」

「ふっつー! いけめんじゃなーい!」

「ろりこんだ! ろりこん! きもちわるいろりこーん!」




「あ、あわわわ……」


 もはや収拾のつかない状況になってしまった。


 先生も皆を落ち着かせようとしてくれてはいるものの、俺が話し掛けようとすると、ちょっと頬を引き攣らせ、第一声に「ひっ……」と悲鳴を漏らす始末。


 すぐその後に苦笑いを浮かべて相手してくれるけど、俺はポロリと涙をこぼしかける。


 さっきまで味方だった人がそうじゃなくなったみたいで泣きそう。いや、もう泣いていた。


「っ……。じゃ、じゃあ俺、もう帰りますね。凪? 一日頑張るんだぞ?」


「ほ、ほんとにごめん成……つい……」


 申し訳なさそうにボソッと言ってくれる奈桐。


 ほんとだよ……。


 って思うけど、反射的に言ってくれたのは嬉しかったし、感情がぐちゃぐちゃだ。


 俺ももう自分で何をしにここまで来たのかわからなくなっていた。


 ほんと俺、何しに来てたんだっけ……?




「……おい、凪。そいつ誰?」




 きゃーきゃー賑やかな声がする中、妙に耳に触るイケボショタボイスが響く。


「あ! テツくんだぁ!」

「テツくーん!」


 声のした方を見やると、そこには妙にイケメンのショタが立っていた。

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