第59話 恐ろしいショタ連中

「おい、凪。そいつ誰?」


 俺たちがやり取りしている下駄箱ではない、さらに向こう側。


 お遊戯室か何かわからない扉のところから、妙に鼻につくショタが現れた。


「テツくーん!」

「あっ、テツくんだー!」


 テツくん……?


 疑問符を浮かべてしまうものの、すぐにあのショタの名前であることを察する。


 俺と相対する形で、先生の周りに群がってた子たちが一斉にショタの方を見て黄色い声を上げ出した。


 見れば、奈桐もわかりやすく別の方を向き、どことなく気まずそう。


 ……なるほどな。あいつか……。


「凪。聞いてんのか? そのダセーの、何なんだよ?」


「だ、ダセーの……!?」


 唐突に罵られ、つい頬を引き攣らせてしまう俺。


 奈桐が俺の服の裾をくいくい引っ張って、冷静になるよう諭してくれる。


 いや、わかってますよ?


 幼稚園児くらいの年齢の子たちって思ったことをはっきり言うし、人の気持ちとか考えずにズバッと悪口言うもんね?


 おーけーおーけー。


 まあ、今日の俺、大学行くだけだし?


 授業受けるだけだからテキトーな恰好してるだけだし?


 ノーダメージノーダメージ。


 落ち着け俺……?


「お、おはよー、テツくん。このひとは凪のおにいちゃんだよ……? ダサくはないんだけどなー……?」


「ダセーよ。オレのじいちゃんよりダセー」


 謎に自分のじいちゃんと俺を比べるクソガ……テツくん。


 作り笑いをしている頬がぴくぴく動く。


 なんともやりづらい。


 俺を庇ってくれた奈桐も似たような表情を作り、幼稚園の先生もアワアワしている。


 この場を収めようとしてくれてるんだろうが、テツくんは引き下がらないだろうし、俺がもう帰っちゃうのが一番なんだろう。


 帰ろう。どんな奴が奈桐を好いてるのか、それだけを見たかっただけだ。


 そう思って、先生に奈桐を預けようとした矢先だ。


 テツくんがおもむろに奈桐の方へ歩み寄ってくる。


「凪」


「……?」


 何をするのか。


 疑問に思っていた刹那、唐突にテツくんは奈桐に抱き着いた。


「んなっ……!?」


「「「「「あーーー!!!」」」」」


 俺の頓狂な声と、園児たちのびっくりボイスがこだまする。


 奈桐はギョッとしてテツくんの体から離れようとするも、割と強く抱き着かれているらしい。


 それが叶わないようだった。


「ちょっ、て、テツくん!? ななな、何してんのかな君は!?」


 声を裏返らせる俺に対し、どこか勝ち誇ったような顔を向け、ぷいっと逸らす。


 が、ガキが……!


 心の中で嫉妬の炎を燃やすも、園児相手に本気になるわけにはいかない。


 ブチギレしてるのを先生に悟られるわけにもいかないし、作り笑いに血管を浮かべてる状態で、俺はひたすらワナワナするしかなかった。


「テツくん……!? ちょ、ちょっとはなれて……!?」


「やだ! 凪はオレのものなんだ! せかいでいちばん凪のことがすきなのはオレなんだ!」


「ちがうよ! そんなのちがうもん!」


「ちがうことない! 凪、こんなのよりオレとこいびとになれよ! ずっといってる! 凪をしあわせにできるのはオレだけなんだから!」


「ぅぐっ……!?」


 またも指差されて毒突かれる俺。


 果たしてちゃんと笑顔を作れているのか怪しい。


 自分で「お兄ちゃんはダサくないんだよ〜?」とか言うのもなんか違うし、ひたすらに微妙な反応をしておくしかなかった。


 幼稚園の先生も俺に苦笑いを送り、「ごめんなさい」と心の中で謝ってくれてるみたいだ。


 苦しい。ただ苦しい。


「え、えっと、テツくん……わたし……あのね?」


「すきっていって! 凪もオレのこと、せかいでいちばんすきっていって! じゃないとはなさない! 凪がすきだから!」


 なんつー大胆な……。


 こんなクソガキに負けるつもりなんて一ミリもないが、本音を言えば、かつてないほどに心がざわついていた。


 目の前で自分の恋人が最上級の愛の告白を受けてる。


 しかも、抱きしめられながら……。


「なぎちゃん! はっきりしてよ!」


 ……え?


「テッちゃんがすきっていってるじゃん! ちゃんとこたえてあげてよ!」


 心の中で俺が歯ぎしりしていると、それまで黙っていたさくらちゃんが声を上げた。


 涙目で、奈桐のことを睨み付けながらだ。


 ゴリゴリの敵意を向けられている奈桐は、勘弁して欲しいとばかりに冷や汗を浮かべ、


「えっ……けど、さくらちゃんは……」


「うるさいうるさいうるさい! テッちゃんがいってることむしするの!? テッちゃんはさくらじゃなくてなぎちゃんがすきっていってるのに!」


「……」


「だからさくら、なぎちゃんのこときらいなの! テッちゃんがすきっていってるのに! すきっていってるのに!」


 涙目からの号泣。


 朝っぱらからわんわん泣いて、さくらちゃんは先生の足元にしがみつく。


 それを見ていた他の子たちも、泣いているさくらちゃんの味方につき、奈桐を責め立て始めた。


「なぎちゃんがさくらちゃんなかしたー!」

「わーるいんだ! わるいんだー!」

「せんせーにいってやろー!」


 先生はすぐそこで苦笑いしながらさくらちゃんなだめてるけどな……。


 チラリと奈桐を見やると、ため息をつきながら俺を見上げてきていた。


 こういうことなんですよ、とでも言いたげ。


 しかも、事態はこれだけにとどまらず……。


「あっ! なぎちゃんだー! なぎちゃーん!」

「なぎはっけん」


 奈桐の名前を呼び、向こうからやけに顔の整ったショタ二人がやって来る。


 元気系とクール系。


 嫌な予感がする。


 二人はこっちへ駆けてきたと思いきや……。


「!?」


「あっ、おい!」


 テツくんを奈桐から引き剥がし、


「ちゅっ!」


 挨拶とでも言わんばかりに奈桐の頬にキスをした。


「くぁwせdrftgyふじこlp!?!?!?」


 さすがにこればかりは耐え切れない。


 俺は決死の思いでショタを払い除け、奈桐を抱き抱えるのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る