奈桐の想い
運命の赤い糸に結ばれている人と、生きているうちに出会えるのは奇跡。
それが、赤ちゃんの時からずっと一緒ってなると、もう、奇跡を通り越した何かなんだろうなって思う。
私――
幼馴染の
「――なきりちゃん、すき」
初めてそうやって言われたのは、幼稚園に通っている時だった。
物心ついて間もない時期。
一面に広がっている花畑に座って、お花の冠を作っていたら、成が手を差し伸べてくれた。
でも、私は確かこう返したんだ。
ぶっきらぼうに、
「しってるよ、そんなの」と。
なんて可愛くない子なんだろう……。
振り返ってみると、こんなのでよく成に嫌われなかったな、と思う。
運命の赤い糸だって切れないとは言うけれど、たゆんだり、しなしなになったりはするはず。
そうなってたら、それが運命の赤い糸だって忘れて、恋人同士にもなれなかったかもしれない。
腐れ縁っていうものだけが残ったりしてね。危なかったなぁ……。
でも、私はそこでぶっきらぼうなだけじゃなかった。
何度も「なきりちゃんは?」と問うてくる成を適当にあしらいつつも、作り掛けていた花の冠を完成させて、それを彼の頭の上に乗せてあげた。
「わたしは、だいすき。すきよりも、もーっとすき」
そんなことを言ってあげながら。
もちろん、恥ずかしかった。
覚えてる。
だけど、心の底からの本音だったから、隠すことはしなかった。
その時の成の嬉しそうな顔ときたら。
これも、今でも覚えてる。
にこっと笑って、絵本で読んだ王子様みたいに、私の手を引いて駆けた。
舞う花弁は、幼い私たちの関係を祝福してくれてるみたいで、綺麗な演出みたいで。
成は言ったんだ。
「ぼくたちは、あかいいとでつながってる」
――絵本でそう読んだからね。
私が運命の赤い糸の存在を信じ始めたのは、この時からだ。
大好きな男の子にそう言われた。
それだけで充分だった。
「えぇ!? 橋木田君に『好き』って言われたのに、気付けば気を失ってたぁ!? 自分から言わせて!?」
「し、しーっ……! こ、声が大きいよ、真紀ちゃん……!」
昼休み。
教室で、友達の真紀ちゃんと由奈ちゃんと一緒にお昼ご飯を食べてたんだけど、悩み事として先日のことを話したら、二人に呆れられてしまった。
「しかしだ、奈桐。お前も同じ穴のムジナだな。橋木田君のことは前々から意気地なしと思っていたが、まさか奈桐まで好きだと言葉にできなかったなんて」
「てか、橋木田君より酷いんじゃない? ちゃんと目を見て好きって言われたら気を失っちゃうって何? どんだけピュアなのよ、あんた」
由奈ちゃんからはジト目で言われ、真紀ちゃんからはやれやれ、みたいな感じで言われてしまう。
私はあまりの情けなさに顔を手で抑え、
「それを言わないで……。事実陳列罪だよ……。無慈悲な現実は人の心を傷付けるんだよぉ……」
「勝手に傷付いとけばいい。私は橋木田君に同情。せっかく勇気出しただろうに」
「今頃、橋木田君も頭抱えてるんじゃない? 自分だけじゃなく、まさか奈桐まで同じ風だなんて思ってなかっただろうから」
それは……たぶん私もそう思う。
ほんと、成に申し訳ない。
あれからちょっとだけ気まずくなって、今日の朝も一緒に登校したけど、何となく会話も弾まなかったし……。
「うぅぅぅ~……お願い二人とも……お力貸してください……どうしたらいいと思う……?」
「どうしたらいいって何が?」
真紀ちゃんが首を傾げて問うてくる。
私は胸の前で手を擦り合わせて返した。
「『好き』って言われても緊張せず、気を失わない方法と、自分から目を見て『好き』って言う方法なんだけど……」
「そもそも、普通は気なんて失わないからわかるわけないだろ?」
横から由奈ちゃんの鋭い一言。
グサッと来たけど、何とか耐えて真紀ちゃんからの御答えを待つ。
「まーね。由奈の言う通りだけど、好きな人からの直接的な『好き』って、威力自体はすごいもんね。緊張するところまではわかるよ」
「だ、だよね!? や、ヤバいの、成の『好き』……」
思い出すだけでも顔が熱くなってくる。胸のドキドキが凄い。
「でも、奈桐と橋木田君は二人とも幼馴染同士なんだろう? 昔からそういうことは言われてて、慣れてたりはしないのか?」
「い、言われてはいたよ……? け、けど……慣れはしないし……そ、そもそも、今の『好き』は昔のと比べても意味がちょっと違うっていうか……」
「由奈、要はアレだよ。二人がすっかり恋人になっちゃったってこと。『好き』の重さが違ってくるんだよねー?」
言いながら、真紀ちゃんが私の頭をポンポンしてくる。
恥ずかしながら、頷かせていただく。
「ふむ。私はそういう踏み入ったことに関してはよくわからないな。好きな男子というのもちゃんとできたことが無いし」
「じゃあ、
「窓口に……」
ちなみに、窓口君は私たちのクラスメイト。
由奈ちゃんは彼と委員会が同じになってから、何かと仲良くしてるんだけど……。
「……っ」
由奈ちゃんの顔が無言のうちに真っ赤になった。
「ふひひっ」
それを見て、真紀ちゃんは小悪魔っぽく笑う。
「ばっ! な、ななっ、何が可笑しい!? と、というか、窓口は私にそそそ、そんなこと絶対に言わないぞ! いい、いつもいつもからかってくるし、かかっ、可愛いなんてそんなっ……!」
「はーいはいっ。とりあえず由奈、奈桐の気持ちなんとなくわかった? そんな感じなの。照れちゃって、どうしようもなくなってる」
「っ~……! け、けど、窓口は……」
「由奈、いつも委員会頑張ってて偉いね(窓口君ボイス)」
「やや、やめろぉっ……! も、もう……やめてくれぇ……!」
「わかった、由奈?」
「……うぅ……わ、わかったよ……」
いつもクールな由奈ちゃんが下を向いてもにょもにょ返事をしてる。
か、可愛い……。
まさに恋する女の子だ……。
「そーいうわけでね、奈桐。由奈はこんなだから、アドバイスは私だけになっちゃうけど」
「う、うん」
「ズバリ、焦らないこと、だね!」
「焦らない……こと?」
疑問符を浮かべる私。
真紀ちゃんは楽しそうに頷いて続けてくれる。
「奈桐はさ、橋木田君とずっと幼馴染で一緒にいたわけじゃん? それこそ、小さい時からずっと」
「うん」
「でも、それはあくまでも正式に恋人としてってわけじゃないよね。もしかしたらずっと好き合ってたのかもしれないけど、ちゃんとした恋人同士じゃない」
「それは……確かに。うん」
「冷静に考えてみて? 二人は付き合い始めてまだ間もないの。時間が全然経ってない」
「時間が……」
「だから、ゆっくりでいいと思うんだ。恋人になって知れることもあるし、気付くこともある。そーいうのを色々知っていって、好きだなって想いがもっと募って、気付いたら橋木田君にちゃんと伝えられてるかも。『好き』ってね」
優しい笑顔を浮かべてそう言ってくれる真紀ちゃん。
胸が暖かくなる。
「もちろん、言われる方にもある程度耐性が付いてるかも? 気絶しない程度には、だけどね」
えへへ、と笑い、真紀ちゃんは私の頭をもう一度撫でてくれる。
なんだか照れ臭い。
「不安に思うことなんて一つも無いんだから。のーんびりやりなー。次の休みは一緒にどこ行こうかとか考えたり――って、そうだ!」
「へ?」
「もうすぐ夏休みじゃん? 夏休みが始まれば、すぐに街の花火大会もある。しかも、今年の花火大会は奈桐の誕生時と同じ日だったよね?」
「あ……」
そういえばそうだ。
7月28日。
今年の花火大会は、私の誕生日と一緒の日にある。
「橋木田君、なんか特別なプレゼント用意してくれてるんじゃない? それこそ、もう一度愛の告白と一緒に、とか」
「へっ!? あ、愛の……こ、告白!?」
そ、そんな……困る……。
愛の告白なんてされたら……また私気絶する自信しかない……。
「恋人になって初めての誕生日だもんね~。そりゃ気合の入ったことしてくると思いますよ。うん」
「うぅ……。そう……なのかな?」
「そりゃね~。なんか奈桐も迎撃作戦考えとけば?」
「迎撃作戦?」
真紀ちゃんは頷いて、
「橋木田君のあつ~い想いに対抗する手段というか、プレゼントとまではいかないけど、不意を突かれないために愛の告白に対するセリフを考えとくとか」
「な、なるほど……」
「よかったら私も協力するよ?」
真紀ちゃんの協力。
それはかなり心強いかも。
「もちろん、由奈もね。ね、由奈?」
「窓口はそんな……窓口は……」
由奈ちゃんは窓口君のことをブツブツ言うだけで、ちゃんと返事ができてなかった。
私は苦笑いするしかない。
でも、二人が協力してくれるなら、きっと成に何かしてあげられるはず。花火大会の日に私も。
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