成に渡したいもの

 それから時間は経って、放課後。部活が始まる直前。


 成からLIMEメッセージが届いた。


 いつもは部活が終わるまで待ってくれてるのに、今日は先に帰るらしい。


 何か理由があるのかもしれないけど……昨日のことが影響してるのかも。


 ついついため息をついてしまう。


 成と気まずい感じになってしまってる。


「はぁ……。どうしてこんなことになっちゃったの……」


 そうは言っても、答えは簡単なんだけどね。


 私も『好き』って言えないし、言われ慣れてない。


 私たちは恋人同士になれたのに、そんな簡単な言葉のやり取りもできないって判明しちゃったのだ。


 それは気まずくもなるよね……うぅ……。


 続けてため息をついてると、不意に手に持ってたスマホがバイブした。


 LIMEのメッセージ着信じゃない。


 これは、電話だ。


 しかも、なぜかお母さん。


「もしもし。お母さん? どうしたの? 私、今から部活だよ?」


『あぁ、そうなのね。ちょっと心配になっちゃって』


「心配?」


 何のだろう?


 お母さんは軽く咳払いして続ける。


『LIMEのメッセージ、お昼頃から送ってるけれど、まったく読まれる気配が無いから』


「メッセージ……?」


 言われて、LIMEアプリを開いてみる。


 ……ほんとだ。メッセージ来てた。


 成のことばっかりでお母さんからのメッセージに気付かないなんて。


『帰りにお醤油とみりんだけ買ってきてくれる? お母さん、ちょっと午後から色々やらないといけないことがあるから買い物に行けなくて』


「う、うん。わかった。醤油とみりんだね。買って帰る」


『でも、珍しいね。奈桐がLIMEのメッセージ見逃してるなんて。いつも返信の早さには自信があるって言ってるのに』


「それ、遠回しに私のこと暇人ってバカにしてない?」


『うふふっ。別にそんなことないけどー?』


 電話越しにクスクス笑うお母さん。


 もう……。絶対バカにしてるし。


「私だって色々忙しいんだからね。考え事だってするし、いつでもLIME見れるわけじゃないの」


『ふぅん。忙しい。考え事か~』


「……何?」


 意味ありげな言い方をするお母さんに対し、私は疑心に満ちた声音で返す。


 でも、次の言葉で、「さすがはお母さん」と言いそうになってしまった。


『成君のことね? 成君のことで考え事してたんでしょ?』


「へっ!?」


『あははっ。当たりか~。奈桐~? お母さんにはすぐわかっちゃうんだからね~?』


「なっ……! べ、別に違っ――」


『それでそれで? 成君のことで何を考え込んでたの? お母さんに言えないこと?』


「っ~……」


 まったく私の話を聞かずにグイグイ質問してくる。


 否定しても今さら無駄だってこともわかる。


 私は諦めてため息をつき、正直に話すことにした。


 何だかんだ、お母さんには一番話しやすいし。


「これ、もしかしたら葉桐に聞いたかもなんだけど……」


『うんうん』


「私、昨日成に好きって言われて……気絶しちゃったの……」


『あらあら。そうだったの? お母さん初耳』


「え、初耳?」


『うん。葉桐からそんな話全然聞いてなかった』


 葉桐、言わなかったんだ。珍しい。


 あの子、普段はお喋りで、面白いことがあったらすぐ周りの人に言いふらすのに。


「ていうか、お母さんこの話聞いて笑ったり、バカにしたりしないんだね」


『そんなのするわけないでしょ~? 実の娘なのに~』


「っ……」


『気絶したってのは心配だけどね。それ、本当にドキドキしたのが原因? って。具合が悪くなったわけじゃないよね?』


「う、うん。そういうわけじゃない」


 単純にドキドキし過ぎて訳わかんなくなっちゃった結果。


 自分でも驚いてる。人ってこんな簡単に気絶できるんだ……みたいな。


『ならいいのよ。ふふっ。可愛いじゃない。純粋に恋してる女の子って感じで』


「か、可愛いとか……言ってる場合じゃないんだけどね……?」


『何々~? それで気絶しちゃったことに対して悩んでたの? 成君にちゃんと「私も好き」って返せなかったから』


「……う、うん。成もちゃんと私の目を見て『好き』って言えなかったんだけど、まさかこっちもそれができなくて、『好き』って言われる耐性も無かったのが情けなくて……」


『うふふっ。そっかそっか~』


「夏休みが始まったら、すぐに花火大会もあるのに……」


『あ。そういえば、今年は奈桐の誕生日と同じ日だったのよね?』


「うん……。私たち……じゃなくて、私、こんなことじゃダメだよね……」


『……』


「せっかく成と恋人になれたのに、ちゃんと『好き』も言えないなんて……」


 真紀ちゃんには焦らなくてもいいよ、と言われた。


 だけど、それでもやっぱり焦りの気持ちは簡単に拭い切れない。


 お母さん相手だと、本音がポロポロ出ちゃう。


 情けなさで、涙も出そうだった。


『ねえ、奈桐?』


「……うん。何?」


『お母さんがね、一つだけ予言してあげる』


「……?」


『奈桐と成君は、きっと何があってもずっと一緒。『好き』の言葉も、必ずちゃんと言える日が来るよ』


「……で、でも……」


『それに、花火大会の日は奈桐の誕生日だもの。成君、絶対奈桐を喜ばせようとしてる。それだけで充分だよ』


「……っ」


『充分あなたたちは恋人らしいことできてるから。ね? そんなに深く考え込まないで?』


「……お母さん……」


『けど、もしそれでも早く成君に「好き」って言ってあげたいなら、まずは手紙をあげたらどうかな?』


「手紙……?」


『うん。花火大会の日にね、成君へ渡すの。奈桐の思いの丈を書いて、それを目の前で読んであげたらどうかな? 成君、きっとすごく喜ぶと思うよ』


「……そう……かな……?」


『きっとね』


 ――安心していい。


 お母さんは、念を押すように何度も私へそう言ってくれた。


 ……だったら、言われた通り書いてみようかな。


 成に、手紙。


 思いの丈を綴って、それを渡したら、成はどんな反応をするだろう。


 私は、その時また気絶したりしないかな?


 不安だけど……。


 やろうと思った。


 大好きな人へ書く手紙。


 花火大会の日に渡そう。

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