第9話 家族になってくれてありがとう
「おさかな……きれい……カラフル……」
やって来た街の水族館。
俺たち四人は、提示されているコース通りに館内を歩いて進み、水槽の中で泳いでいる多種多様な魚を見て楽しんでいた。
「ほんとだなぁ。父さんも初めて来たけど、確かに綺麗。凪、こんなお魚さん見たことないだろ?」
感心しながら芳樹さんは奈桐……ではなく、凪に問いかける。
凪はそれを聞いて、水槽を見ていたところから振り返り、芳樹さんの方を見て頷いていた。
「はは……」
俺は、思わず怪しまれない程度の苦笑いを浮かべてしまう。
凪は嘘をついてる。
その姿が十五歳の雛宮奈桐だった頃、俺と何度かここへ来たことがあるし、小学校で遠足の一環として来たこともあるわけだ。
つまり、初めてじゃない。
カラフルな魚も、どこにどんな魚がいるかだって、おおよそわかるはず。
なのに、こうして今感動してるフリをしてるんだから、なかなかの策士だ。
嘘をつかないといけない状況なのはわかってるけど、それでも苦笑してしまった。
それを見て、また凪は俺の方へ視線を向け、むぅっと頬を膨らませてる。
あれは……たぶん「仕方ないじゃん」とか、「変なリアクションしたらバレるでしょ」とか、そういった類の感情表現だと思う。
俺は「失敬」とばかりに自分の顔をいったん手で覆い、誤魔化すかのように咳払いした。
大丈夫。芳樹さんも、母さんも、水中を舞う魚たちに目を奪われてるばかりだ。
俺の仕草に怪しさを覚えたとか、そういうのは無さそう。一安心。……なんだけど、何で母さんはあんなに新鮮そうに魚を見てるんだろう? 俺や凪と同じで、散々ここへは来たことあるだろうに。
「……ん? 何よ? 母さんの方ジーッと見て。アタシ見るんじゃなくて、魚見れば?」
マズい。さすがにジッと見過ぎてた。母さんに指摘されてしまう。
「あ、あぁ。ま、まあそうだな。魚、魚っと。……おぉ! あれなんだ、すごいな!」
「……なーんかわざとらしいリアクションねぇ。あんた、何回かここへ来てるからってそういう反応ばっかしてると、女の子に嫌われるよ?」
「……余計なお世話だっての」
しかし、さすがは母さん。
俺の思ってたことを言わずとも的確に見抜き、指摘してくるとは。もはや息子の思惑を読む達人まである。
「あれ? ちょっと待って? そうなんだ?」
俺と母さんがやり取りしてると、傍から芳樹さんも割って入って来る。
「成君、ここへ何度も来たことがあるの?」
問われるも、これは何ともまあ頷きにくい。
バツが悪そうに俺が視線を別の方へやると、母さんは呆れるようにため息。
「何度もって言ったって、三回くらいのものよ。しかも、それ全部幼稚園とか小学校に通ってた時だし」
「ふむふむ。幼稚園に、小学校」
「お父さんが気にすることない。ところどころ魚の位置とかだって変わってるじゃない。イベントだって定期的にコロコロ変わるんだから」
「あはは。そうかな?」
気遣うように笑みを浮かべながら、芳樹さんは安堵するような仕草。
けれど、本当に子どもみたいなことを言うとするならば、魚の位置が少しだけ変わっても、イベントの内容が変わっても、水槽の位置は変わっていないし、館内の雰囲気だって変わっちゃいない。
そして何より、俺がここで初めて、奈桐に抱いていた感情の正体に気付いたことだって、鮮明に思い出させてくれる。
特別な場所だった。
特別な場所だからこそ、ついつい何度も来たような感覚にさせられる。
まあ、だからといって皆でここに来たくなかったってわけじゃないんだが。
「そうよ。それに……これは少し話が逸れるんだけどね?」
「うんうん」
頷く芳樹さん。
凪はジッと話を続ける母さんの方を見上げている。
「この子には、昔すごく仲のいい幼馴染の女の子がいたの」
「おぉ!」
「ちょうど今アタシたちの住んでる家から、ほんの少し歩いたところに住んでた子でね、名前を雛宮奈桐ちゃんって言った。可愛くて、優しくて、それでいてよく笑う子で、ほんと成にはもったいないくらいの子だったのよ」
「へぇ~! 成君の幼馴染にそんな子が!」
感心するように言って、芳樹さんは俺の方をニヤッと見つめてくる。
何ですか、その顔は……。
「付き合ってもいたのよね、成? なーちゃん、奈桐ちゃんと」
「……まあ」
何で母さんはこの状況で俺にそんなことを言わせてくるのか。
恥ずかしい。
母さんの方を見つめていた凪も、気付けば俺の手を握って、ニヤニヤしながらこっちを見てた。凪……いや、今回ばかりはこう呼ばせてもらう。
奈桐さん? あなたのこと言われてるんですからね?
「なるほどなぁ。……しかし、これはツッコんでいいのかな?」
「?」
母さんが首を傾げ、芳樹さんは俺の方を確認してから、コホンと咳払い。そして切り出した。
「今の晴美さん……お母さんの話だと、奈桐ちゃんの話は過去形に聞こえる。今は……」
「亡くなりました」
「……え?」
「亡くなったんです。奈桐」
母さんが答えるより先に俺が答えた。
水槽で泳ぐ魚を見ながら。
「俺たちが高校一年生の時です。夏休み中にあった部活の合宿中に、奈桐は水難事故で亡くなった。当時は、それが現実なのか、夢なのか、どっちかわかりませんでした。あまりにも急で、俺たちは普通に恋人してましたから」
俺たちの間に沈黙が降り立つ。
それとは対照的に、周囲の家族連れやカップルが楽しそうにしてるのが凄い違和感だ。
俺たちだけ、別の空間にいるみたいだった。
「そう……だったんだね。ごめん。なんか僕――」
「いや、別に謝られることなんてないです。起こったことは事実で、五年も前の話なので。奈桐の話出されて怒るってのも違いますから」
「……そっか……」
頷く俺。
「それに、最近ようやく少し立ち直れそうだなって思ったんです」
「……うん」
「こうして、家族が増えたりしましたから」
笑みを投げ、芳樹さんの方を見やる。
彼はうつむかせていた顔を上げ、生き返ったかのように俺を見つめ返してきた。そして、いつものように明るい表情へ戻ってくれる。
「ありがとう、成君。……はは。なんか今の、ズルいな。これから父親になるってのに、泣きそうになったよ」
「泣かないでください。映画館とかならまだしも、水族館で泣いてたら周りの人もびっくりするんで(笑)」
「た、確かにそうだね。間違いない。はははっ!」
笑いながら、芳樹さんは瞳の端に浮かんだ涙をハンカチで拭うのだった。
母さんはそんな俺たち二人のことを見ながら、何も言わず柔らかい笑みを浮かべ、凪の方は俺の手を握り、その力を強めていた。
【作者コメ】新年度のドタバタによる出張&出張で疲労困憊でした……。そのため更新が空いてしまった。申し訳なかったです!
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