第27話 悪趣味だけど大好き
「私の幼馴染兼彼氏の男の子は悪趣味です」
夜闇の漂う二十一時頃。
手を繋いで一緒に歩いていた幼女からいたずらっぽく言われる。
考え事をしていた俺だが、これには反応せざるを得なかった。
「……? 悪趣味……? それ、俺のことか……?」
「他に誰がいるの? 私の中で幼馴染兼彼氏の称号を持ってる人って成しかいないよ?」
あっけらかんとしながら言ってくる凪。
複雑な気分だった。
褒められながら貶されてる。そんな感覚だ。
とりあえず俺は軽く咳払いし、発言の理由を訊くことにした。
「ええと、凪さん……? 何で俺、唐突に悪趣味だとか言われたのかな……?」
「今は私たち二人きりだから、奈桐って呼んでいいよ。ていうか、呼んで?」
「珍しいっすね。そうやって自分から『呼んで?』って甘えてくるの」
「別に甘えてるわけじゃないですけど~? たまには成もそう呼びたいかな、と思っただけといいますか~?」
「む……。じゃあ呼んであげない」
「お願いします。呼んでください成さん」
言って、ぺこりと頭を下げる凪。
一連の流れがギャグみたいだ。
いくら何でも折れるのが早すぎる。
思わず笑いそうになってしまった。
「お願いしますって……。さすがに懇願し過ぎだし、めちゃくちゃ面白いんだが。奈桐さん」
「だって……。なかなかこういう機会もあまり無いわけですし……」
「まあ、そうだな。表向き四歳の奈桐には、いつだって芳樹パパが傍に居る。正体の名前を気楽に呼べるタイミングなんてあんましなかったか」
「正体って言い方も言い方じゃん? なんか……私が化け物みたい。映画とかに出てくるやつ」
「じゃあ、本性か?」
「それもそれで問題あり。すっごい嫌な人みたいな表現」
「要求が多いな。なら……完全体の姿」
俺が言うや否や、奈桐は深々とため息をついた。
小さい彼女がため息をつく仕草をするのは、どうにも可愛く見えて仕方ない。
幼子が見栄を張って大人の真似事をしてるような、そんな感じ。つい抱き締めたくなる。あまりの可愛さに。
「成さん、歩くのストップ。そんでしゃがんでください」
「ストップ? しゃがむ? どしたよ? キスしたくなっちゃったか?」
「っ……。そ、そんなわけないでしょが。そんな簡単にキスってゆーな。ほら、いいからしゃがむの。ぷりーずぷりーず」
奈桐、ぴょこぴょこ跳ねて言ってくるもんだから、俺も命令を聞かざるを得ない。さすがにこれは言うことを大人しく聞いちゃう案件。さっきから思ってるけど、相変わらず可愛い我が幼馴染兼恋人兼義妹。お手上げだ。
「ほいよ。しゃがんだぞ、奈桐ちゃんやい」
「じゃあ。……えいっ」
「いてっ」
ビシッと額にデコピンをされる。
痛いとは言いつつ、本当は全然痛くなかった。さすがに四歳の力である。
「完全体って、漫画か何かですかい。まったく」
「かっこいいじゃん。ドラ●ンボールみたいで」
「はぁ……」
再びのため息。
それを聞いたところで俺は立ち上がり、もう一度奈桐の小さい手を握った。
で、歩き出す。
毒づくものの、奈桐もそれに素直に従ってくれた。
文句を垂れつつ手を引かれる。
「成はやっぱり色々残念だね。私っていう貰い手があってよかったよ。幸せ者だ」
「間違いないな。確実に幸せ者だ」
「悪趣味って言ったのも、人の妹を友達にストーキングさせますかって話だよね。聞いた時は耳を疑ったよ。瑠璃ちゃんも素っ頓狂な声出してたし」
「あれは……まあ、作戦として有効な手立てを他に思い付かなくてだな」
「そゆとこが残念なの。まったくまったく。はぁ~」
「でもさ、雛宮家に突撃したところで、絶対に葉桐ちゃんは俺と会ってくれないんだよ。会えてたら今頃俺はここまで苦労してないし、葉桐ちゃんのことを心配してない。それこそ、奈桐の死から立ち直れるよう俺も前向きに協力してたし」
「……そのご本人がまだ立ち直れてなさそうなのに?」
「っ……。い、いや、それは……」
「予想外だったなぁ~。皆のいる居酒屋の席で突然泣き始めるなんて~」
「うっ……」
「成はほんとに私が好きなんだから。もう。困っちゃうなぁ、ほんと」
「……そりゃな」
「うんうん」
満足げにして、声だけでニコニコしてるのが伝わってきた。
調子に乗ってるようだけど、本当だから否定する余地もない。俺は紛れもなく奈桐のことが好きだ。奈桐のことを守るなら、恥も何もかも捨てられる。
「でも、幸せ者なのは私もだね」
「……え?」
今、奈桐は何て言っただろう?
訊き返そうとするも、彼女は「何でもない」の一点張りで、
「にしてもなー。これで葉桐に私のことがバレちゃったら、成はいったいどうするんだろうね~?」
「別にどうもしないが? 皆に説明するだけだ。理解してもらえるよう」
「芳樹パパに何て~?」
「……それは……まあ、考えとくけどさ」
「あははっ。何にも案浮かんでないんじゃん、まだ」
「仕方ないだろ? 簡単に浮かんだら奈桐だって苦労してないわけで――」
「じゃ、一緒に考えていこ? たぶんまだ時間はあるし、それに――」
兵庫の方、行くんだよね? 四人で。
奈桐は問うてくる。
俺は頷いた。
そう。そうだ。
俺と奈桐と、母さんに芳樹さん。
この四人で兵庫の祖父母の家へ行く。
母さんの再婚報告だ。
「そこでまたゆっくり色々考えたり、芳樹パパとお話すればいいよ。私もちょっと、話はしようと思ってるから」
奈桐も?
疑問符が浮かんだが、俺は素直に再び頷くのだった。
夜が明け、朝が来るように、きっと事は上手に流れていく。
根拠のない自信の元、俺は握っている奈桐の手に少しだけ力を込め、歩き続けるのだった。
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