第69話 奈桐のこれからと自分のこと

「それでですね、さくらの可愛いところはもういくつかありまして、リボンのついた衣装が世界一似合うところ、恥ずかしくなるとすぐに私の足元に隠れるところ、なかなか素直になれないところなど、たくさんあります。そして、それらを一つ一つさらに噛み砕いて説明していくと――」


「――わかった! オーケー! とりあえずいったんここまで! いったんここまでにしとこう、もみじちゃん! ノート、もう結構パンパンに書いてるから!」


「何を言ってるんですか! こんなのまださくらの可愛いところの三分の一くらいしか言えてませんよ!」


「でも、まとめる作業もしなきゃいけないからね!? これ以上書くとまとめるの大変だし、何よりも……そ、そう! テツ君が必要以上にさくらちゃんにメロメロになっちゃうから!」


「それでいいんです! さくらがテツ君をメロメロにする! それがあなたの打ち出した策なんですから! 言ってることが矛盾してますよ!?」


「い、いや、だからそうは言っても……」


「いいんです! ほら、引き続き聞いておいてください! さくらの可愛いところ! ね、さくら~?」


「ぇへへ~……おねえちゃんすき~……」


 ――というわけで。


 俺は今こんな風にして、もみじちゃんから、さくらちゃんの可愛いと思うところを聞かせて頂いてる最中。


 だが、いくら何でも情報過多で、めちゃくちゃ大変だった。


 言った通り、既にノートには結構な量のメモをしてる。


 これをまとめるだけでも充分な気がするが、もみじちゃんからすればまだまだらしい。


 今もペラペラと喋ってくれてるが、俺はうんうん頷きながらひたすらメモメモ。かなりハードな作業だった。


「――はい、ストップ」


「……っと、赤坂? どした? 今俺、絶賛もみじちゃんから話聞いてる最中なんだけど?」


 ペンを走らせてると、後ろから赤坂が俺の肩をポンポン叩いてきた。


 呆れるように苦笑いを浮かべ、俺の隣で腰を下ろす。


 そして、手を差し出してきた。


「いいよ、代わる。橋木田成は向こうで迫中と一緒にお菓子でも食べててくれ」


「え、いいのか?」


 問うと、赤坂は頷いてくれるものの、もみじちゃんがギャーギャー騒ぐ。


 が、彼女はそんなもみじちゃんをも大人しくさせてくれながら、話の続きを聞き始めた。


 ありがたい。


 解放された俺は一息つき、迫中の傍へ行く。


「おう。おつかれ。どうだ? さくらちゃんのこと、可愛くテツ君とやらに紹介できそうか?」


「なんとかな。てか、元々さくらちゃん可愛いし」


「おっ、ロリコン発言いただき。気を付けろよ? 俺以外の人間にそういうこと言うと変態扱いされるからな?」


「おかしい風潮だよな。可愛い子を可愛いと言って何が悪い。だからなき……じゃなくて、凪のことも可愛いって言ってるだけなのに」


「ふっふっ。世間じゃそれをロリコンと言うんだ。ブラコンとも言う。気を付けておけよ、彼氏君?」


「はぁ……」


 ため息をつき、迫中の食べていたスナック菓子を俺も一つもらう。


 これはもみじちゃんが用意してくれてたものだ。


 どうやら、今日は赤坂、別に家庭教師のバイトとして来たわけじゃなかったらしい。


 後で教えてくれ、なんて言ったけど、本当に何のために俺を呼んだんだろう。気になるな。


「……ねえ……?」


 と、そんな風にしてグルグルと考え事をしながら、迫中と一緒に駄弁っているとびっくり。


 さくらちゃんが、もみじお姉ちゃんのところから抜け出し、俺たちのところへ来てくれた。


 いつもの敵意丸出しな顔から一変。


 もじもじし、何か言いたげに俺たちへ声を掛けてくれる。


「あっ……! さ、さくら!?」


 当然、部屋の向こうでもみじちゃんも動揺してこっちに来ようとしてたけど、それはまたしても赤坂が止めていた。


 さくらちゃんが一人で俺たちのところにいる。


 そんな状況ができていた。


「えっと、どうかした? このお菓子、食べたいとか?」


 ぎこちない作り笑いで、俺はすぐそこに置いている未開封のお菓子をさくらちゃんに差し出してみるけど、どうやらこれはご所望じゃなかったみたい。


 首を横に振り、


「……テツ君のこと……」


 もじもじしたまま、ボソッとそんなことを訴えてくる。


 なるほどだ。


 その一言で俺は色々察するけど、迫中はそれを察したうえで、さくらちゃんに話し掛けだした。


「さくらちゃん、テツ君のこと好きなんだってね?」


「…………うん」


 しおらしくなってるさくらちゃんは、照れながら頷く。


 それを見て、俺……だけじゃなく、赤坂も微笑ましい気持ちになったみたいだ。


 尊い、とばかりに頷いている。


「お兄さんもさ、彼女もいなければ好きな人もいないような悲しい身なんだけど、これでも色んな女の子を好きになってきたから、気持ちわかるんだよね~」


 意外とこいつモテるしな。


「大丈夫だよ、さくらちゃん。さくらちゃんの想いは、きっとテツ君に届くはずだ。そのために俺もだけど、この成お兄ちゃんも頑張るからさ! うん!」


 言って、迫中は俺の肩に手を置いてくる。


 まあ、その通りだ。


 本音を言えば奈桐のためでもあるけど、こうして一途に一人の男の子のことを好いてるさくらちゃんを前にして、一生懸命になれないわけがない。


 テツ君攻略のためにも、本気を出す所存だ。


「……おねえちゃんいってた。へんたい、なぎちゃんとつきあってないんだ、って」


「へんたい……。ふむふむ。それは成お兄ちゃんのことで合ってる?」


「……うん」


 しおらしくも確実に俺のことを呼び名でディスってくるさくらちゃん。


 いつも通りだが、改めてそう呼ばれると思わず頬を引きつらせてしまう。


 迫中にも哀れむような目を向けられた。そんな目で見ないで欲しい。


「そう……だね。うん。そうなんだ。俺と凪は本当は付き合ってない。ただの兄妹。血の繋がりは無いんだけど」


「ちのつながりがない……?」


 さくらちゃんが小首を傾げるので、俺は続けて説明する。


「最近ね、俺のお母さんは二回目の結婚をしたんだ。俺には新しいお父さんができたんだけど、そのお父さんの子が凪。それで、俺と凪は兄妹になったんだ。だから、血の繋がりが無い」


「血の繋がりが無かったら一応結婚はできるからね。成お兄ちゃんと凪ちゃんが付き合うことに問題は無いんだけど、ちょっと年齢が離れすぎてるかな。あんまり俺たちみたいな年齢の男は小さい子に手は出さないんだけどさ」


「……?」


 二人してペラペラと説明し過ぎたみたいだ。


 さくらちゃんは頭がこんがらがったのか、疑問符を浮かべてる。


「まあ、なんていうか、俺と凪は付き合ってない。付き合ってないけど、凪はテツ君と恋人になりたいとか、そういうことは思ってないみたいなんだ」


「んんん~っ……! でも、さくらはテツくんのことすき! なぎちゃんみたいにきらいじゃない!」


 凪も嫌いとまでは言ってないんだけどな。


 それを言うとまたややこしくなりそうだ。


 俺は頷き、さくらちゃんの頭を撫でそうになるも、踏みとどまる。


 奈桐を相手にしてる時の癖で、つい手が出かけてしまった。触れるのはさすがにマズい。


「うん。わかってる。さくらちゃんの気持ちが叶えられるよう、俺も頑張るね」


「………………ありがと」


「……え?」


 ちょっと聞こえなかった。


 さくらちゃん、今小さい声でモソモソ何か言った気がする。


「ありがと! へんたい!」


 俺が耳をさくらちゃんへ近付けると、大きい声でワッと言われる。


 これはこれで逆だ。耳にキーンとくるほどうるさい。


「い、いえいえ。これくらい何てことないからね」


「はははっ! そうそう! お兄さんたちに任せといて!」


 俺と迫中は二人でさくらちゃんにそう言い聞かせる。


 さくらちゃんはそれを聞き、満足げにお姉ちゃんの方へ戻って行った。


 あーあー、またしてももみじちゃんが俺のことをキッと睨んできてるよ……。


 苦笑し、俺はスナック菓子を一口。


 迫中が話し掛けてくる。


「そんじゃ、俺は俺でそのテツ君って子と個人的に接触しますかね。手配頼むぜ、成さんよ」


「……残念ながらそいつは無理なんだよ、迫中さん」


「え……!?」


 迫中の声が軽く裏返る。


 いったいそりゃどういうことだ、という感じだろう。


 ごもっともだ。


「さくらちゃんにはもみじちゃんを通じて知ってもらえたけど、テツ君にはまだ俺、凪と付き合ってるって思われてるんだよな。だからバリバリに敵視されてる」


「あ、あ~……まあそりゃそうもなるか」


「ああ。んで、そんな俺がテツ君をどうにかおびき寄せようとしても無理な話でさ、ここはもうあちらの方にお願いするしかないんだよな」


「ほう。あちらの方、とな」


 俺の指差した先。


 そこには、赤坂がいた。


「え、瑠璃?」


「そう、赤坂。赤坂にテツ君を呼び出してもらって、お前と話してもらう」


「なるほどな。……しかし、そいつはえらく面倒な手順踏むな」


「そうじゃなきゃできないことだからな。それほど大変なことなんだよ。今回の一件は」


「ふむふむ」


 迫中は腕組みし、天井を軽く見上げた。


「でもよ、成?」


「何だ?」


「今後さ、奈桐ちゃん……じゃなくて、凪ちゃんは小学校、中学校、高校と成長していくわけだが、あの容姿だ。絶対にまたこういうことは起こるぜ?」


「……起こるだろうな」


「そのたびにお前さんは一々こうして手を焼いて、彼女へ好意を向ける男たちを処理していくつもりか?」


「……さあな」


「俺たちも今は大学生で時間がある。だけど、これが社会人になればそうもいかねぇ。自分のことで手いっぱいになるだろうし、こんなことも絶対にできなくなる」


「……」


「その辺り、どう考えてんだ?」


「……」


「……まあ、すぐに答えは出さなくていいかもしれねぇけどよ、それは早いうちに自分の中で決めとかねぇと苦労するぜ? 凪ちゃんに男と絡むな、なんてことも言えないだろうしよ」


「……そうだな」


 わかってる。


 大の大人が小学生や中学生の女の子に手を出すわけにはいかない。


 そうなると、俺ができることと言えば、奈桐を信じること。


 そして、奈桐が色々な男に言い寄られてても、耐えられるようなメンタル。


 諸々が必要だ。


 それくらい簡単だろ、と思うかもだが、俺にとっては簡単じゃない。


 簡単じゃないから、今回こんなことになってる。


 迫中と赤坂には頭が上がらない。


 全部俺のわがままに付き合ってもらってる形だ。


「……さっきのさくらちゃんじゃないけど、その、ありがとな」


「あん?」


「俺のわがままに付き合ってくれてありがとう」


「何だよいきなり?」


 迫中には怪訝な目で見られたけど、俺は心の底から親友に感謝の思いを抱いていた。

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