第104話 一緒に登校すること
その後も、俺は父さんと会話を続けた。
奈桐のこと、美森のこと、母さんのこと。
会社のこと、異動のこと、そして、兵庫に住むじいちゃんとばあちゃんのこと。
美森が幼いために兵庫へ連れて行けない、と言うのなら、いっそのことこの二人の元に預ければいいんじゃないか、と思う。
ただ、それはじいちゃんとばあちゃんが健康で、もう少し若ければ、という話だ。
二人とも病気こそしていないが、年齢とともに衰えは顕著で、近況を聞くに、簡単に美森をお願いします、とも言えなかった。
実年齢が人の平均寿命に差し掛かっている二人だ。
さすがに色々よく考えないといけない。
となると、やはりもしも美森を兵庫に連れて行くのなら、俺と、そして奈桐がしっかりしないといけないわけだが、その奈桐も転校を余儀なくされるわけで、人間関係が一度リセットされる苦労だってあるだろう。
あいつのことだ。
年齢も俺と近いし、俺より社交的だから、そんなの大したことない、と一蹴されそうだけど、そうは言ったって何も感じないってことはないだろう。
雛宮家のメンバーとは離れ離れになる。
学校が大丈夫でも、プライベートの方で心労させてしまいそうだ。
そうなると、果たしてどうなのか。
考えてしまうところではある。
「ともかく、成の思いとか、凪や美森の気持ちはまた母さんにも伝えておくよ。今日の夜……はいけるかわからないけどね」
話がひと段落して、芳樹父さんは座っていたベッドから立ち上がりながら、そう言ってくる。
俺は頷き、窓の方を見ながら返す。
「食堂、今日忙しそうだもんな。最近なぜか人多いし」
「橋木田食堂も愛されてる。色々な人たちが利用して、常連になってくれて、この街を離れた人も、またここへご飯を食べに来る、とまで言ってくれる。温かいものだよ。本当にね」
「母さんと父さんの努力の結晶だな」
「いや、僕たち二人の力じゃない。成たちや、守さんたち、それから働いてくれているアルバイトの子たちもそうだ。皆の力でこうして今があるんだよ」
優しい口調に、穏やかな表現。
芳樹父さんの言うことは間違いじゃない。
でも、この店の女将、母さんを一番に支えているのは確実に父さんだ。
俺は芳樹父さんがいなければ、絶対にこうして皆から愛される店になっていなかったと思う。
元々、母さんが一人でやっていた時も愛されていたとはいえ。
「……成」
「……?」
唐突に名前を呼ばれて、俺は小首を傾げる。
どうかした?
なんて風に短く返すと、父さんは優しく続けてくれた。
「どういう状況であれ、独りよがりはダメだからね」
「……うん。それはわかってる」
「君はもう立派な大人だし、わかっているとは思うけれど、父親っぽくそれだけは伝えたい。時間の許す限り、皆が平和に、望みを叶えられる方法を導き出して欲しい」
「……まあ、わかってる」
それができれば苦労はしないのだが。
「それができれば苦労はしない。だとしても、だ。頑張る姿は皆が見てるからね。その姿勢は、たとえ全部を叶えられなくても、自分の意図しない形ですべて上手くいったりする。世の中っていうのは、人っていうのは、どうやらそんなものだから」
「……わかった。なら、なるべく美森が、奈桐だって、皆が望む形を作り出してみるよ。俺なりにさ」
「うん。いい返事だ」
にこりと微笑み、父さんは部屋から出て行った。
俺は閉まった扉を少しだけ眺めて、同じく閉められたカーテンを少し開けて、夜空を見やった。
塗りつぶされた黒は、所々点状に光り輝いていて、小さな希望たちを彷彿とさせていた。
●○●○●○●
「おはよ、美森。今日はお兄ちゃんと一緒に学校へ行こう」
翌朝。
リビングへ入り、俺はずっと避けられていた美森に自分から話し掛けた。
機嫌を損ねると、この子はいつもこんな感じだけど、今回は俺も少し気を遣った形だ。
テーブルについて朝食を摂っている奈桐は、目を丸くさせながらこっちを見ている。
母さんも助け舟のようなものを出してくれた。
「美森、よかったね」と。
事情はすべて父さんから聞いているだろうから。
……ただ、
「……どうして?」
「……?」
「何でいきなり成お兄ちゃん? 私、いつも奈桐に学校まで連れて行ってもらってる」
凪呼びではなかった。
冷たく、不機嫌そうに『奈桐』と呼び捨て。
これは一筋縄ではいかなさそうだ。
「そ、そこは別にいいだろ? たまには俺とも一緒に行こうぜ? こんなイケメンと歩いてたら、きっと同級生たちびっくりするだろうけどな! はははっ!」
「…………」
まさかの無視。
すごく冷めた目でジッとみつめられた。
く、苦しい……。
奈桐も短くため息をついていた。
さすがに空気が読めなさすぎたか。
「よくわからないけど、私はいい。奈桐も今日はいらない。美森、一人で学校まで行く」
「「そんなの危ないからダメ!」」
たまたまだ。
俺と奈桐の声が重なり、若干気まずくなる。
父さんは苦笑いし、母さんは呆れ笑いを浮かべていた。
「美森。二人がああ言ってるんだ。連れて行ってもらいなさい?」
芳樹父さんが言って、美森は父さんの方を見やる。
勘弁してくれ、とでも言いたげな、そんな目だった。
でも、父さんはそれに負けずに続ける。
「嫌だ、というのはダメだ。今日は絶対に一緒に行きなさい」
「……嫌だ」
「なら、今日のおやつと夕飯は抜きだ。お腹を空かせたままいなさい」
父さんに言われ、どうしようもなさそうな、悔しそうな表情を作る美森。
ご飯は大切らしい。
美森、食欲旺盛だからな。
そこは譲れないらしかった。
仕方なく頷く。
俺はそれを見て、小さくガッツポーズだ。
「じゃあ、凪?」
「へ? わ、私?」
父さんに呼ばれて、奈桐も少しびっくりしている。
俺も何事かと思った。このタイミングで奈桐に声を掛けるなんて。
「凪も二人で一緒に行きなさい。これは命令だよ。そうすること」
横暴な命令も、父さんが言えばそう聞こえない。
母さんは頷いていた。
ありがたい話だ。
父さんと母さんが俺の味方をしてくれるなんて。
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