本編
第1話(前編) 五年経って。
時間が経つのは早い。
それは恋人が……奈桐が亡くなってから、より一層強く感じるようになったことだ。
俺、橋木田成は、今年で大学二年生になった。
年齢でいうと、二十歳。
高校一年生の時は十五歳だったから、おおよそ五年ほどが経った計算だ。
その間、色々なことがあった。
日々の勉強や、学校行事のあれこれに、人間関係の変化と、大学受験。
大学受験では、幸運なことに第一志望のところへ受かり、去年の春から
ちなみに、大学は実家から電車で二十分ほどなので、一人暮らしはしていない。
相も変わらず母さんと二人で暮らし、最近は食堂の方を精力的に手伝ってる。それで小遣い、いや、バイト代をもらってるって形だ。
母さん曰く、「外で働くくらいなら、うちで働いてくれ」とのこと。給料は出すから、と。
だったら俺も勝手がわかるし、食堂を手伝おう、ってことになった。我ながら現金な奴である。まあ、その分これでもかってほどにこき使われてはいるのだが。
とまあ、こんな感じでざっくりと振り返ってしまえるほどに、五年という月日はあっという間だった。
思い出したいこと、思い出したくないこともあったりするけど、俺も少しくらいは大人になれた気がする。
年齢的にもバリバリの成人だしな。
ただ、それでも、一つだけ変わらないことはある。
彼女。
奈桐への想いだけは、高校一年生の時からずっと変わらない。
後にも先にも、俺の中の恋人はたった一人で、奈桐だけだ。
ダイヤモンドの付いていない指輪も大切に保管してある。
いつか、もしも幽霊が見えるようになった時、真っ先に彼女へ渡せるように。
あるいは、俺が亡くなった時、彼女の元へ持って行ってあげられるように。
●〇●〇●〇●〇●
季節は春。四月の中旬。
大学内は始まりの雰囲気によって活気づき、桜の花びらが舞う中、人々で溢れかえっていた。
いわゆる、サークル勧誘というやつである。
先日入学したばかりの一年生が授業ガイダンスを受け終え、各教室棟から出てきたタイミングを狙い、次々と二年生以上の人たちが声を掛けていく。
俺の所属してるアウトドアサークルもその例に漏れず、目に付いた一年生へナンパ師のごとく次々と声を掛けていっていた。
サークルメンバーの男子たちは、
「可愛い子は絶対逃がすな」
なんて息巻いてたけど、その圧みたいなものはやっぱり可愛い女の子たちに伝わるらしく、引いてるような顔をされてスルスルと逃げられていた。
傍観していると、そのむなしさがより一層伝わってくる。悲しいもんだ。
「橋木田成。どう? 勧誘チラシ渡せてる?」
――と、程々の熱量で通りすがる一年生にチラシを渡し、ナンパ系勧誘する男子たちを見ていた俺に対し、後ろから声を掛けてくる女の子が一人。
栗色に染まっているロングヘアは、大人しさを感じさせてくれながらオシャレで、彼女の『らしさ』みたいなものを全面に出している上品さがある。
「さっきからボーっとしてるけど。わかってる? 午前までにチラシ渡し終えて、ここ撤収しなきゃいけないんだからね?」
ただ、言い方は少々キツイ。
外見は変わっても、内面というものはなかなか変わらないものである。
「わかってるよ、赤坂。でも、俺が精力的に動く必要も無いかな、と思って。他の男子たちが活発過ぎるから」
「またそんなこと言って。皆でしっかりやんなきゃでしょ? ほら、橋木田成ももっとチラシ配るの。はいっ!」
言って、俺の手にチラシの束をドサッと渡してくる。
彼女は赤坂。赤坂瑠璃だ。
小学校の時から、何だかんだ大学までずっと同じ。
学部だって人文学部人文学科と同じで、腐れ縁もここまで来ると笑えるレベル。
他に行きたい大学や、学んでみたい学部は無かったのかな、とも思ったりするけど、前さりげなく訊いたら、
『私は自分の進みたい大学に進んでるつもりだし、学びたい場所だって自分の意思で選んでるから大丈夫』
と言われたので、俺が気にすることでもないらしい。
別に俺について来てるってわけでもないだろうしな。赤坂が俺のことを好きだなんて思わないし。
というか、むしろ彼女が好きな男子は俺なんかじゃなく――
「よっ! 相も変わらず仲良さそうでんな、お二人さん!」
――こいつだと思う。
迫中仁。
彼も赤坂と同じく、ずっと学校が同じで、腐れ縁過ぎる奴だ。
ただ、大学の学部は違う。迫中は保健系の資格を得ようとしてるため、総合リハビリテーション学部というところで日頃学んでる。校舎も人文学部棟とは少し離れたところにあるのだ。
「ふ、普通よ! 別に特別仲良くも無いし、変な風に言わないでくれる? バカ迫中!」
「おーおー、バカ迫中とはこりゃまたひでぇや。気ぃつけろ、成? こういう女を彼女にすると色々大変だからな」
「なっ……!」
うろたえ、赤面して口をパクつかせる赤坂。
やれやれだ。
迫中はどうも自分が好意を向けられていることに気付いていないらしい。
そういうこと言うの、普通にマズいでしょうよ……。
「ん、んんっ! ま、まあ、彼女とかそういう話は置いとくとして、迫中はチラシ上手い具合に配れてる? 俺は程々にしか配れてないんだけど。他の男子と違って」
咳払いしながら俺が言うと、迫中は「バッチリよ!」と親指を上に突きあげる。
呑気な奴である。
赤坂は赤面したままチラチラと俺へ助けを求めるような視線を送ってきてるというのに。
「サークル自体に入って欲しい思いもあるけど、夕方から行われる新勧飲み会にはなるべくたくさん可愛い子に来てもらいたいからな! バッチバチに声掛けまくってる現状だぜ!」
迫中もそっち側だったか。
まあ、キャラ的にそうだとは思ってたけどな。
てか、相変わらず赤坂には一切お構いなしである。
鈍感もここまで来ると清々しい。
ビンタくらい一回してもいいんじゃないですかね、赤坂さん。
「な、なるほど。じゃ、じゃあまあ、俺もチラシ配り頑張るよ」
「おう! 頼むぜ、親友! お前も一男子として飲み会を盛り上げるために貢献してくれ!」
「は、はは……りょーかい」
「まあでも、赤坂は可愛い子連れて来られると複雑な心境かもw 色々と想うところはあるのでねぇw」
「う、うう、うるさい! もう、いいからアンタは持ち場に戻りなさいよ! わ、私、は、橋木田成と一緒にチラシ配りするから!」
迫中に茶化され、赤坂は未だ赤面した状態で反論していた。
というか、俺と一緒にチラシ配るのか。迫中と一緒にいなくてもいいのか? アイツ、めちゃくちゃ他の女の子に言い寄ってますけど……。
「はいはいw ではでは、お二人とも仲良く頑張ってな~w」
へらへらしながら手を振り、迫中は他の男子にちょうど声を掛けられて向こうの方へ行ってしまった。
人の気も知らずに楽しそうな奴だ。
俺の横にいる赤坂は一人で奴への文句をブツブツ言ってるってのに。
「……じゃあ、一緒にチラシ配りしていきますか」
「そ、そうね! もう! まったくアイツ! 飲み会終わったら覚悟しときなさいよ、ほんと!」
「はは……。まあ、今じゃないって感じ?」
「……? 今じゃないって?」
首を傾げる赤坂。
俺は手に持っていたチラシを抱え直し、
「迫中と一緒にいるの。アイツ、今は盛り上がってるし、好きなようにさせてあげたい、的な」
「どういうこと?」
「え? あれ?」
会話が噛み合わない。
そういう意味じゃなかったか?
俺も首を傾げてしまったのだが、それをポカンとしながら見てた赤坂は、やがてクスッと呆れたように笑う。
ただ、それは優しい笑いだった。
「よくわからないけど、別に私、今迫中と一緒にいたいとは思ってないわよ」
「あ、あぁ」
だから今じゃなく、飲み会の時とか、飲み会が終わった後くらいに一緒にいたいのかなっていう、そういう質問だったんだけどな。
まあいいか。
「そうじゃなくて、私はいつも人に迷惑を掛けない範囲で、自分のしたいことをしてるつもりだから」
「う、うん」
「つまり、そういうことなの。わ、わかった? 橋木田成」
「お……おう……?」
わからなかった。
どういう意味だ、今のは。
疑問に思うものの、まだ赤みの残った顔で楽しそうに言う赤坂を見て、俺はそれ以上発言の意味を追求しなかった。
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