第44話 逆上がり攻略作戦!「鉄棒は科学だ」「鉄棒は科学!」

「まず最初に結論を言っておくと、逆上がりは運動能力でやるものじゃない」

「えっと、でも? 鉄棒って運動ですよね? 体育でやりますし」


 イマイチ納得がいかない様子のリュカに、俺は説明を続ける。


「逆上がりってさ、実はほとんど身体を動かさないんだ。地面や補助板を蹴って、回る。それだけだ。だから大切なのは運動能力よりも知識なんだ」


「知識ですか?」


「そうだ。それを今から講義する。まず最初に、逆上がりの本質はなんだと思う? 逆上がりって、鉄棒を中心にぐるっと回る動作だよな?」


「逆上がりの本質……ぐるっと回る……そうですね、回転運動ですか?」


「正解。逆上がりの本質は回転運動なんだ。回転運動は円の中心に近いほど、少ない力で速く回ることができるよな?」


「はい。回転半径が小さいほど速く回れます」

 頭のいいリュカが即答する。


「逆上がりも同じだ。回転の中心になるのは鉄棒だから、鉄棒の近いところに身体を持ってくることで、少ない力で速く回ることができる。大切なのは何よりもこの1点だ」


「あ……」


「そして今のリュカはそれができていない。身体が鉄棒から離れているから、回り切るための力が足りなくて、回り切れないんだ」


 補助板を蹴り上げる動作そのものは――いいとは言えないが――まぁ悪くはない。

 だからもっと身体を引き付けて小さい回転運動を作れば、回れるはずなんだ。


「そんなこと全然考えていませんでした。でもそっか、逆上がりって回転運動なんだ。そっか、そうだったんだ。なんで気付かなかったんだろ」


「多分だけどリュカは運動が嫌い、運動が苦手ってことばかり考えちゃって、そこで思考が停止しちゃっていたんだと思う。人間って嫌なことは考えないようにする生き物だからさ」


「……そうですね。ヤマトさんの言う通りです。体育の時間が嫌で嫌で、早く終わって欲しいって、それだけしか考えていませんでした」


「でもそれももう終わりだ。鉄棒は運動じゃない、科学なんだ。そうさ、鉄棒は科学だ!」


「鉄棒は科学!」


 少し飛躍はあるが、今はリュカの認識を覆すのが優先だから問題はない。


 俺はまず、リュカの根底にある鉄棒への苦手意識を払拭ふっしょくすると、さらに具体的な説明を続けていく。


「ここからは具体的な話に入るけど、リュカのおへそを鉄棒にくっつけるイメージだな。ちなみに今のリュカはこんな感じだ」


 俺はリュカが逆上がりをする時の状態を、実際に再現してみせた。


「ポイントを抑えて見てみると、肘が伸びきっていて、鉄棒と身体が離れてしまっています」


「だろ? だから、こうグッと鉄棒に身体を引き付けるんだ」


 俺は今度は鉄棒に身体を引き付けると、クルリと逆上がりをしてみせる。


「わわっ、綺麗に回りました!」

「違いが分かっただろ? 大事なのはおへそを鉄棒にくっつけること。他はいいから、まずはそれだけを意識しよう」


「おへそを鉄棒に……おへそを鉄棒に……」


「それを踏まえた上で、俺が補助するからもう一度、逆上がりをやってみよう。リュカはお勉強は得意だよな?」


「はい、大得意です! お勉強だと思ったら、なんだかできそうな気がしてきました!」


「そうさ、やれるさ。なにせ鉄棒は科学だからな」

「鉄棒は科学!」


 よし。

 運動から勉強に置き換えたことで、苦手意識はかなり薄れたみたいだ。


 さっきまでとは打って変わって力強く補助板を蹴ったリュカの腰を、俺はほんの軽く支えるように後ろから押して、リュカのおへそを鉄棒にくっつけてあげる。


 すると――クルリ。

 少し不格好ながらも、リュカは一発で人生初となるであろう逆上がりを成功させた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る