第4章 マリーベル

第31話「俺の部屋にでも泊まればいいよ」

 開幕戦の数日後。


 第2戦に向けて拠点の整備ルーム――実際はただの空き教室。調整用の機材をアスナが持ち込んだ――にフェンリルの調整に来ていたアスナが、


「そうだヤマト。お願いがあるんだけど」

 作業の合間のお茶休憩の時に言った。


 マリーベルは気分転換に行ってくると言い残してちょっと前に出ていき、リュカは次のデュエルに向けて別室で俺のまとめた対策データを頭に叩き込んでいる。


「お願い?」

「アタシの部屋を用意してくれないかな?」


「アスナの部屋を? ここにってことだよな?」


「だってほら、夜遅くまで作業した時とか、2日続けてこっちに来る時とか。そういう時にイチイチ家まで戻るのって面倒でしょ」


「そっか、それもそうだよな。非効率的だし、時間の無駄だ」


 開幕戦でのフェンリルの大活躍がブレイビア王立魔法院に認められたアスナは、研究費の増額を勝ち取るとともに。


 フェンリル開発の一環として、ライトニング・ブリッツの技術サポートという形で、チームに協力することになっていた。


 お堅いブレイビア王立魔法院がたった数日で満額回答の判断を下すくらいに、ゴッド・オブ・ブレイビアで勝つことには意味があるのだ。


 そしてそれは、アスナがこれからここに顔を出すことも増えるということに他ならない。

 アスナはアスナで、これからかなり忙しくなるはずだ。


 研究費が増額されたということは当然、相応の結果を求められる。

 アスナも勝負のシーズンを迎えるのだ。


「だから寝るだけの部屋でもいいから、用意して貰えたら嬉しいなって」

「俺もその意見には賛成だな。後でミューレに聞いてみるよ」


「よろしくねー。ヤマトの交渉術に期待してるから」


「交渉も何も、いくらでも部屋――っていうか教室は空いてるし、2つ返事でOKを貰えるとは思うけどな。ま、ダメならダメで俺の部屋にでも泊まればいいよ」


「んー、それは遠慮しとくかな」

「遠慮なんていいっての。勝手知ったる幼馴染だろ? それに昔はよくお泊まり会とかしたじゃないか」


「いつの話をしてるのよ。小さな子供じゃあるまいし」


「俺が高校生の時くらいまで、お泊まり会をやっていたよな? そんなに前でもないと思うけど。3歳差だからアスナはまだ中学生だったよな」


「……こほん。昔は昔、今は今でしょ。お互いもういい大人でしょ」


「それもそうだな。でも懐かしいな。アスナがお気に入りの枕を毎回のように俺んちまで持って来てさ。これじゃないと寝られないって言うんだよ」


「だってヤマトんちの枕、柔らかすぎるんだもん。頭を置いたら沈んでいくのがすごく不安なんだよね」


「あれは低反発枕って言うんだよ。頭をホールドしてくれるから、肩や首の体圧を分散してくれる優れものなんだぞ? なんだアスナ、そんなことも知らないのかよ」


「それくらい知ってますー! 世間一般の常識ですー!」

「ご、ごめん。今のは一言多かった」


「分かればよし。それに怒られたくないからね」

「怒られるって誰にだよ?」


「さーあ?」

「さあって、よく分からんやつだな……」


 勝手知ったる幼馴染みとはいえ、やはり他人は他人か。

 枕の好みも違うし、よく分からないことも言ってくる。


 人は己以外とは完全には分かり合うことはできないのだ……。

 などと、人とはなんたるか的なことをチョロっと考えていると、


「ただいま~」

 スポンサーとの交渉のために外回りに出ていたミューレが、ちょうど戻ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る