第32話 太っ腹なミューレ?
「お帰りミューレ、お疲れさま」
「ミューレさんお帰り~。のど乾いたでしょ、お茶入れるね」
「ありがとうアスナ、いただくよ。いや~、それにしても今日は本当に疲れた」
「予定よりかなり遅かったみたいだけど、なにかトラブルでもあったのか?」
「トラブルはなかったよ。むしろ嬉しい悲鳴だね」
ミューレの顔から笑みがこぼれる。
「その口ぶりじゃ、いろいろと上手く行ったみたいだな」
「ふふふ、聞いてくれるかい? 開幕戦でフレースヴェルグに圧勝したおかげで、スポンサーが次々と名乗りを上げてくれているのは、ヤマトも知っているだろう?」
「知ってるっていうか、ミューレから聞いたんだけどな。今日だけで10件以上回ってきたんだろ?」
なにせ開幕戦で戦ったフレースヴェルグは前年2位。
そこに圧勝したとなれば、周囲の態度も180度変わる。
以前は、スポンサーになって欲しいとミューレがお願いする立場だったが、今はもうミューレがスポンサーから「ぜひうちにお金を出させていただけませんか」とお願いされる立場にあるのだ。
「しかも数だけじゃないよ。今までとは段違いのビッグオファーばかりときた。今日は挨拶も兼ねて話を聞くだけってことだったんだけどね。ぜひメインのスポンサードをうちに決めて欲しいと、行く先々でひき止められたんだ。いやもう本当に大変だったよ」
大変といいながら、ミューレの声は明らかに弾んでいる。
あれか。
人気過ぎて辛いわー系か。
普段は『できるお姉さん』なミューレが、こういう反応を見せてくれるのは珍しいし、ギャップがなんとも可愛いな。
「ってことは、スポンサー選びは一気に解決か」
「無事に解決だね。後はなるべく早めに決めたいところだよ。当面のお金も必要だし」
「これでミューレもランチを食べれるようになるな」
ミューレは借金してチームを買ったために、生活費を削って生活している。
そのため外回りなどで拠点にいない時は基本、昼の食事は抜いているのだ。
「やっと一日三食の人間らしい生活に戻れるねぇ」
「本当にお疲れさま。ところでちょっと話は変わるんだけどさ――」
俺はアスナの部屋問題についてミューレに話した。
「もちろん構わないよ。いくらでも部屋は空いているしね。家賃もいらないし、2部屋だろうが3部屋だろうが好きに使ってくれて構わないから」
「やった♪ さすがミューレさん、話が分かる~♪」
お茶を入れた後は静かに話を見守っていたアスナが、にっこりとほほ笑んだ。
「ただしベッドや家具には余りがないから、自分で手配して欲しい。机と椅子ならいくらでもあるんだけど」
「はいはーい」
「領収書は『ライトニング・ブリッツ』で切ってくれて構わないよ。経費で落とすから。今は手持ちがないんだけど、スポンサーが決まり次第すぐに払おう」
「わお! ミューレさん太っ腹♪ 大好き♪」
「こらこらアスナ、年頃の女性に太っ腹はないだろう?」
「そんなこと言って、ミューレさんはスタイル抜群でしょ?」
「それが最近、どうにもお腹の肉付きがよくなってきていてね。何を食べても太らなかった若い頃とは違うことを、じわじわと実感しているところなんだ」
「それはその……えへへ、ごめんちゃい」
ミューレの明け透けな告白を聞かされて、アスナが可愛らしく謝った。
というわけで、小学校──じゃない、ライトニング・ブリッツの拠点にアスナの部屋ができることになった。
早速アスナと連れ立って、そう遠くないショッピングモールにある『お値段以上、ニッコリ』の広告でお馴染みの家具屋に向かい、ベッドや布団、枕を購入して、配送手続きを行う。
枕の好みで若干揉めたが、それだけだ。
だって俺が改めて低反発枕がいかに素晴らしいかをプレゼンしてあげたっていうのに、アスナはガン無視して高反発枕を買うんだもん。
まったく、人の話を聞かない困った幼馴染だよ。
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