第54話 心の傷

「とはいっても、神聖魔法の使い手は滅多に生まれないし、生まれても伝説級の強さを誇ったというカガヤには到底及ばなかったわ。だからローゼンベルクは強力な神聖魔法が使える姫騎士が生まれることを、悲願として長い間待ち続けていたの」


「そんなところに生まれたのが、アリッサ・カガヤ・ローゼンベルクだったんだな?」


「神聖魔法だけでなく炎魔法まで最高レベルで使いこなす姫騎士。ローゼンベルクの悲願がついに結実したわけ。みんなアリッサに夢中になって、魔力齟齬そごで苦しむ私には誰も目を向けてはくれなかった」


「そう……だったんだな」

 なるほど、これがマリーベルの人間不信の根幹か。


「だけど運がいいことに、これまたある日突然、私の病気は治ってしまった。理由は不明。再発するかも不明。なにもかも不明だけど、以前のようにまた魔法が使えるようになったの」


「だけどそれ以降、全力が出せなくなったんだな?」


「私としては全力を出してるつもり。でも多分、出せていない。カラミティ・インフェルノなんてとても使える気がしなくて、挑戦したことすらない。ヤマトさんの言う通りで、多分心のどこかで怖がっているのね。恥ずかしい話だけど」


 自嘲するようにマリーベルが小さく笑った。


「恥ずかしがる必要なんてない。怪我をしたアスリートにはよくあることだ。意識的・無意識的を問わず、怪我をしたのと同じ状況になることを避けようとする。また怪我をしないようにっていう、人間の防衛本能みたいなものだから、恥ずかしがる必要なんてないさ」


 大事なことなので、俺は最初と最後に2回同じ言葉を繰り返した。


「そう、なのかな?」

「そうさ」

 俺は強く断定した。


 そう、恥ずかしがる必要はないんだ。

 だけどアリッサは誰もが認める現役最強の姫騎士。

 全力を出さずに勝てる相手じゃない。


 さらに言えば、この先マリーベルが姫騎士として長く戦っていくなら、遅かれ早かれこの問題に直面する。


 ゴッド・オブ・ブレイビアは全力を出さずに勝ち続けられるほど、甘くはない。

 なら今、逃れられないこの状況をいい機会として、心の傷を乗り越えるステップにしてしまえばいい。

 ……というか、するしかないというか。


「完治はしているんだよな?」


「一応はね。でも治った理由すら分からないのよ? それっていつまた再発するかも分からないってことでしょ?」


「それも恐怖心の一端ってわけか」

 これまた本能的に再発を恐れてしまうのだ。


「多分ね。それと再発してまた周りの人間に見捨てられるくらいなら、最初から誰にも期待されなければいいって思ったの。だから私はずっと一人で戦ってきた」


「そういうことだったんだな。全部、納得いったよ。しんどい話をさせてしまって済まなかった。この通りだ、ごめん」


 現状確認のために必要だったとはいえ、結果的にマリーベルの心の傷をえぐってしまったことを俺は謝罪した。


「別にいいし。それに現状認識したおかげで、やっぱり無理かなって思えちゃったから。積もり積もった恐怖心をたった一週間でなくすなんて、無理よ。意識すればするほど身体が動いてくれないんだもん」


「たしかに難しいだろうな。だけどこうして正しく現状認識できたことは大きな一歩だ。現状認識ができないと改善はありえないからな。だからまずは正しく現状認識できたことを誇ろう」


「怖がってる自分なんて、とても誇れないよ」


「そんなことない。自分の弱さを認めるのは勇気がいるし、難しいことだよ。それができたんだから誇っていい」


 俺は安心させるように、少し大げさに頷きを入れながら伝えた。


「……今のもさ」

「ん?」


「頭の中でどうやったら効果的に説得できるかを考えながら、言ってるんでしょ? 迷子の女の子や、逆上がりをするリュカにやったみたいに」


 マリーベルが上目づかいで尋ねてきた。

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