第59話「ギィィィィヤァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!」

「私の方はしょうがないわよ。そんなにすぐに治るわけがないんだし。だからリュカも気にしないで。ヤマトさんもね」


「せっかく頼ってくれたのに、力になれなくてごめんな」


 気にしないでと言われたものの、デュエル・アナリストとしてはやはり申し訳なさでいっぱいだ。


「だからいいってば。元はといえば自分でまいた種なんだし。そもそも私が決闘を受けなければ、別に負けてもいいデュエルだったんだから。ま、今できる最善を尽くすわ」


 マリーベルの状態にまったく改善が見られなかったことに、重苦しい空気が漂う中、


「あれ、マリーベル。肩に虫が付いてるぞ」


 マリーベルの肩にカナブンか何かがくっついているのが目に入った俺は、何気なくマリーベルに伝えた――んだけど。


「ギィィィィヤァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッ!!!!!!」


 突然、マリーベルがこの世の終わりみたいな盛大な悲鳴を上げた。


「ふぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!?」

「おおう!? ビックリしたぁ!?」


 マリーベルのあげた声のあまりの大きさに、リュカと俺はビックリして顔を見あわせる。


「と、ととととと取って取って、早く! 虫を取って!」

「虫って言ってもカナブンだぞ?」


「カナブン!? カナブンってあれでしょ!? テカテカの緑色したなんか気持ち悪いヤツ! いっやぁぁぁぁぁぁっっっっっ!」


「ええっと、虫の中ではかなり接しやすい部類に入るはずだけど――」


「そんな虫は存在しないから! 虫は全部、等しくアウトだから! いいから早く取ってよ! お願いヤマトさん! 一生のお願い!」


「お、おう。ちょっと待ってろ」


 俺はマリーベルの右肩に止まっていたカナブンをひっつかむと、ポイっと放り投げる。

 投擲とうてきされたカナブンは空中で体勢を立て直すと、スイーッと飛び去って行った。


「もう取れた?」

「取れたぞ」


「近くにいない?」

「放り投げたらどこか遠くに飛んで行ったよ」

「よかったぁ……」


 マリーベルが腰が抜けたように、へなへなとその場に座り込んだ。

 その姿に俺は思わず苦笑してしまう。


「ははっ」

「ちょっとヤマトさん、笑わなくてもいいでしょ。本当に嫌いなんだから」


 へたり込んだマリーベルが、睨みながら見上げてくる。

 まさかの涙目だった。

 どうやら本当に虫が嫌いらしい。


「ごめんごめん。こんなに怖がるなんで、意外だなって思ってさ」

「すごい声でしたもんね」

 リュカもまだ呆気にとられたような顔をしていた。


「虫は昔から嫌いなのよ。なんであんなのがこの世界に存在しているのか、理解に苦しむわ。国を挙げて絶滅させるべきね。ああもう、早くシャワーに入って汗と一緒に虫の名残を洗い流さないと。リュカ、行きましょ」


「あ、はい。それではヤマトさん、お先にあがらせてもらいますね」


「後片付けは俺がやっとくから、マリーベルについていてやってくれ」


 俺はシャワーを浴びに向かう2人を笑顔で見送る。

 しかし頭の中はさっきからずっとフル回転していた。


 さっきの大絶叫は凄かった。

 激しいデュエルをこなす姫騎士は肺活量が多い子が多いとはいえ、あんな大声はそれこそ全身全霊を込めないと出せないぞ?


 今、間違いなくマリーベルは全力で叫んでいた。

 思わず全力を出していたんだ。

 出せたんだ。


 もちろん叫んだだけで、魔法の使用とはまったく状況が異なる。

 だが全力を出せたことに変わりはない。


 つまりそれくらい虫が嫌いってことだよな。

 なるほどね。

 なるほど……ふむ。


 夕闇が迫る中、俺は運動場で一人、後片付けをしながらフンフンと頷きを繰り返していた。

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