第48話 マリア・ローゼンベルク

 アリッサはアスナのサイン色紙にチラリと目を向けると、手慣れた様子でちゃちゃっとサインをしたためた。


「あ、空いてる所に『世紀の大天才アスナちゃんへ』ってお願いします」

「この状況でそれが言えるとか、アスナは本当にずぶといよな……」


「えへへ……まぁね」

「言っとくけど、褒めてないからな」


「世紀の大天才アスナ……もしかしてあなた、アスナ・タチバナ? フェンリルの開発者の」

「そうだよー」


「なるほど、あなたが。フェンリルにはとても驚かされました。あのマジックウェポンはそう遠くない将来、姫騎士デュエルの在り方すら変えることでしょう。今後の活躍に期待しています」


 アリッサはアスナをベタ褒めすると、律義に『世紀の大天才アスナちゃんへ』と入れた上に、炎をまとった可愛らしい猫のデフォルメ絵まで描き記す抜群のサービス精神を発揮してから、再びマリーベルへと向き直った。


「ご挨拶に行くのが遅くなってしまい、誠に申し訳ありませんでした、マリアお姉さま」

「……その名前は捨てたわ。私はマリーベル。それ以上でも、それ以下でもない」


 不愉快そうにつぶやいたその答えは、しかし俺たちの先の疑問への肯定に他ならなかった。


「まさかマリーベルとアリッサ・カガヤ・ローゼンベルクが姉妹だったなんてな」


 驚きを禁じ得ない俺を横目に、ローゼンベルク姉妹は会話を続けていく。


「マリアお姉さまのここまでのデュエルは全て拝見しておりました」

「マリアはやめてって言ってるでしょ」


「……ではお姉さま、と。病気が治ったというのは本当だったのですね」

「おかげさまでね」


「でしたら一度、家に戻られてはどうでしょうか? お姉さまがもう何年も家を出たままなことを、お母さまもお父さまもとても心配しておられます」


 え?

 マリーベルは家出してるのか?


「――っ! あの人たちに心配してもらう言われなんてない!」


 するとその言葉になぜかマリーベルが激高した。


「お姉さま、落ち着いてください。人が見ています」


「だから何だって言うの!? 私のことなんて、恥ずかしくて人前じゃとても話せないって?」

「そういう意味ではありません」


「だいたいローゼンベルクは私じゃなくてアリッサ、あなたを選んだんでしょ! 私を見捨てておいて、今さら戻ってこいとか言われて『はい分かりました』とでも言うと思ったわけ!?」


「それは誤解です。ローゼンベルクは決してお姉さまを見捨てたわけではありません」


「見捨てたでしょ! 私が魔力齟齬そごを患ったら、ローゼンベルクの誰も私に見向きもしなくなったじゃないの!」


 なっ、マリーベルがミューレと同じ魔力齟齬そごを患っていた?


 ああもうくそ!

 さっきからやけに情報量が多いな。

 打ち切り間際で全ての設定をブッコんでくる漫画レベルだぞ。


「それはちょうど同じタイミングで、わたしがカガヤの魔法を――神龍精霊【ペンドラゴン】の神聖魔法を発現してしまったから。みんなそれにかかりっきりだったからであって、決してお姉さまを見捨てては――」


「そうよ、みんなあなたにかかりっきりだった! 伝説の神聖魔法を発現したあなたにかかりっきりで、魔力齟齬そごに苦しむ私のことなんて、誰も見向きもしなかった!」


「それは神聖魔法の発現は、ローゼンベルクの長年の悲願だったからで――」


「そうね。悲願を果たしたアリッサさえいれば、魔力齟齬そごで一生魔法が使えない私なんて必要なかったものね。ま、治ったんだけど」


「ですからそういう意味ではありません。落ち着いてわたしの話を聞いて下さい」


「とてもそうは見えなかったけどね。ああでも、魔力齟齬そごで苦労した経験のあるミューレさんを紹介してくれたことだけは感謝しているわ。私が立ち直れたのは全部ミューレさんのおかげだから。私を見捨てたローゼンベルクとは違ってね」


「マリアお姉さま……」

「その名前は捨てたって言ったでしょ」

「……」


「話はもう終わり? なら帰りなさい。次に当たるチームの姫騎士が話をするのはマナー違反よ。八百長とか言われたくないでしょ」


「……」

 マリーベルににべもなく拒絶されて、アリッサは黙り込んだ。

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