第77話 マリーベル vs ローゼンベルク夫妻

 その後、ものすごい数の記者を相手に、史上まれに見る長時間の勝利会見(およびアリッサとの関係を延々と質問され続けた)を終えたマリーベルとリュカが、控え室に戻ってくると、


「なんであなたたちがここにいるのよ」


 戻ってきて早々、マリーベルが不愉快そうに顔を歪めた。


 理由は簡単で、俺たちと一緒にマリーベルのご両親――ローゼンベルク夫妻がいたからだ。


 ちなみにライトニング・ブリッツとバーニング・ライガーのデュエルは今日の最終戦だったので、いつものように次のチームのために控室を開ける必要はない。


 アスナに至っては――フェンリルの調整に徹夜続きだったのもあって――ついさっきまでソファでぐっすりと眠りこけていた。

 風邪を引くといけないので、運営にかけあって毛布を借りてきて掛けてあげたら、ミノムシみたいにくるまって、俺はつい子供の頃にお泊まり会をしたことを思い出してしまった。


 ま、俺とアスナの子供時代の思い出はさておきだ。


「今日はマリアとアリッサの2人のデュエルでしたからね。見に来ていたの。マリア、今日は素晴らしいデュエルだったわ」


 母ローゼンベルクがかけた言葉を、


「その名前で呼ばないで。今の私はマリーベルよ」


 マリーベルは不愉快そうな顔を、さらにプイッと露骨にそっぽに向けると、冷たい口調でそう言い捨てた。


「そのことなのだけど」


「なによ。謝ってでもくれるわけ? できないわよね。天に昇る太陽よりもプライドの高いあなたたちには、そんなことできやしないもの」


 ローゼンベルクの気位の高さは、業界で知らない者はいないほどだ。


 良く言えば、信念に生きている。

 悪く言えば、超の付く頑固者。


 特に自分が悪いと思っていない時は、絶対に謝らない・譲らない・妥協しない。

 それが古来より続く姫騎士の名門ローゼンベルクの生き様なのだ。


 俺はアリッサやマリーベルとのやりとりを通じて、世間一般で言われているよりもはるかに強い意志の元で、ローゼンベルクの生き様が貫かれていることを、まざまざと実感していた。


 そして元々ローゼンベルクの人間だったマリーベルは、それを誰よりもよく理解しているはずだった。

 だからおそらく謝罪するはずがないという前提で、マリーベルは冷たく言い放ったのだが――。


 しかしローゼンベルク夫妻はと言うと、


「本当に申し訳なかったと思っているわ。ごめんなさい」

「アリッサにかまけてマリア……マリーベルのことをおろそかにしてしまったことを謝罪したい。本当に申し訳なかった。この通りだ、許して欲しい」


 そう言うと、夫婦そろって深々と頭を下げたのだ。


「な、なによ急に……そんな、勝手に頭を下げられても困るし……」


 まさか本当に謝られるとは思わなかったのか、マリーベルが面食らったような顔を見せる。


「………‥」

 しかしローゼンベルク夫妻は、深々と頭を下げたままで微動だにしなかった。


 そこに俺は――俺だけでなくおそらくここにいる全員が――彼らの真摯な謝罪と反省と、娘であるマリーベルへの愛情を感じ取る。

 もちろんそれらは全てマリーベルにも伝わっているだろう。


 どうやらミューレの脅しは相当、効いたみたいだ。


「えっと……」

「…………」


 何とも居心地の悪い空気が漂う中、俺は口を開くことなくマリーベルをじっと見つめた。


 ここで俺が声をかけることはできない。

 俺はこの件に関しては完全に部外者だ。   

 そんな俺の言葉は、状況をこじれさせることはあっても良くすることはない。


 俺の仕事は、アリッサとのデュエルでマリーベルに全力を出させたことで既に完了している。

 よって静かに見守ることが、俺にできる唯一にして最善の行動だった。


 それはリュカやアスナも同じ気持ちのようで、みんなの無言の視線がマリーベルに集まる。


(この場でただ一人、口を出す権利のあるミューレは、我が子を見守る母親のような、学校の先生のような、そんな穏やかな笑顔でマリーベルを見つめていた)

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