第88話 アスナに泣き落としをかけるヤマト

「この先リュカがアリッサと戦うことだってあるだろ? 今はまだ相手がフェンリルへの有効な対策を用意できずに、『初見殺し』をしているという側面もなくはない。今後も有利に戦っていくためにも、フェンリルのデータは絶対に秘匿しておきたいトップシークレットなんだよ」


「それはそうだけどぉ……」

 リュカの名前を出した途端に、アスナがあからさまに困り顔になる。


 アスナにとって、フェンリルを唯一扱えるリュカはもはや運命共同体。

 リュカに不利になることは心情的にしづらいはず。

 それこそリュカがへそを曲げたらフェンリルの開発はその時点でとん挫する。


(だがしかし、心優しいリュカがその選択肢を取る可能性は限りなくゼロだ)


「ライトニング・ブリッツのデュエル・アナリストとして、そして昔からの幼馴染として、俺はこの提案を拒否してもらいたい」


 完璧な論理でアリッサに詰められてしまい、対抗する手立てを失った俺は、リュカの名前を出しつつ、さらに小さい頃からの幼馴染というアスナとの個人的な人間関係に訴えかけた。


 こうなってくると、討論としては完全なズルだ。

 しかし個人的な人間関係とは、社会という巨大なピラミッドの一番根幹をなすもの。

 これが意外とバカにはできない。

 人は社会の中で生きていて、決して理性だけでは動かない生き物だからな。


「うん、そうだよね……」


 アスナが俺の意見(というかほぼ泣き落とし)を聞き入れかけて――しかしそこでアリッサが、時は来たと言わんばかりに会心の笑みを浮かべながら口を開いた。


「結論を出すのはお待ちください。わたしの話はまだ途中です」

「途中?」


「情報が大事なことは当然、わたしも理解しています。デュエル・アナリストとしてデータの流出を避けたいという懸念はもっともですねヤマト」


「お、おう?」


 おおっと?

 今日も含めてこれまで散々論戦を繰り広げてきたアリッサが、ここにきて急に俺に同調するようなことを言ったぞ?

 どういうことだ?


 しかも俺を名前呼びした。

 さっきアリッサはアスナに言っていた、友人は名前で呼ぶと。


 つまり俺は友人枠ということか?

 敵意はないということの意思表示なのか?

 この論戦を通してアリッサなりに分かりあえた気がするとか?


 やや困惑を隠せないでいた俺に、トドメとばかりにアリッサは言った。


「ですからわたしはバーニング・ライガーが持つ他チームのデータ、及びわたし自身のデータを無償で提供しましょう」


「な、なんだと!?」


「チームメイトのデータはさすがに渡せませんが、それ以外の全てのデータをライトニング・ブリッツに提供します。フェンリルのデータがわたしに渡ることへの対価として」


「バーニング・ライガーの全データを提供するとは、また大きく出たな」


 魅力的かどうかといわれたら、喉から手が出るほどに魅力的だ。


「わたしはチームリーダーとして全権を委任されており、そうする権限があります。もちろん提供したデータをさらに第3者へと提供することは認めませんが」


「そりゃまあ当然だよな」


「ですがそれ以外は自由に使っていただいて構いません。バーニング・ライガーに蓄積された膨大かつ精密なデータを利用することができれば、人手不足と資金面の問題からスカウティングに十分な人員を配置できていないライトニング・ブリッツには、大きなプラスとなるはずですよね?」


「む、むむ……」


 アリッサの提案に、俺は唸るしかできなかった。

 というのもだ。

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