第89話 アリッサの真の目的

 今のライトニング・ブリッツにはデータを収集するスカウト担当がおらず、スカウティング(情報収集)からアナライズ(分析)までを全て俺が一人でやっている。


 当然、俺の感性でザックリ取捨選択しているから取りこぼしはでるし、どうしても質は落ちる。

 特に情報収集における脆弱ぜいじゃくさは深刻で、正直かなり苦しかった。


 アリッサは当然そういった俺たちの弱みまで全て入念に調べあげた上で、この提案をしているのだ。


 八百長防止の規定は──過度の交流は問題になるが──情報のやり取りくらいならグレーゾーンでお咎めなしだ。


 実際バーニング・ライガーは過去に、競技の公平性を担保するためと言って、一部ではあるが自チームの保持する精度の高いスタッツ(競技データ)を、全チームに公開したことがあった。


 ちなみにそれが行われたのがフレースヴェルクとの首位攻防・直接対決の前だったため、キャサリンが舐められたと思ってブチギレした。

(もちろんそれでもデュエルは完敗したが)


 さらに言えば仲のいいデュエル・アナリスト同士が情報をやり取りするなんてのはざらにある。

 そこまでは禁止しようがない。


 つまりアリッサのこの提案には、何の問題もありはしなかった。


 そして俺はアリッサと討論を重ねる中で、アリッサの真の目的に気が付きつつあった。


 これは俺やアスナにメリットがある条件を提示することで、間接的にマリーベルにプレッシャーをかけているのだ。


 マリーベルは普段はツンツンしているが、それは過去にローゼンベルクとのあれやこれやがあったためで、本来は素直で心優しい子だ。

 俺はもうそのことを知っている。


 だから俺やアスナが『アリッサの提案にメリットを感じつつも、マリーベルのためにその提案を拒否する』となると、優しいマリーベルは自分のせいで迷惑をかけていると思い悩む。


 マリーベルはそういう子だ。


 将を射んとすれば馬を射よじゃないが、俺やアスナに好条件を提示することで外堀を埋め、マリーベルの罪悪感を刺激しようとしているのだと、俺はアリッサの行動を見て取った。


 本当に巧みな戦術だな。

 この若さでこの高度なプレゼン能力とは、末恐ろしいよ。


 どちらかと言うと、自身の良さを引き出すことに力点を置くリュカやアスナの頭の良さとはまた違った、相手をねじ伏せることにかけては他に類を見ない天才的な頭の良さだ。


「バーニング・ライガーは最強です。データ収集能力ももちろん最強ですよ? ライトニング・ブリッツのデュエル・アナリストとして、この提案を拒否することはチームへのある種の背信行為になりえるのではありませんか?」


 俺がもはや満足に言い返すことすらできないとみるや、アリッサは最後の仕上げとばかりに、満面の笑みを浮かべながら言った。


「む、むむむ……だが、そんなことをしたらバーニング・ライガーは情報面でのアドバンテージを大きく失うんじゃないか?」


 俺は無駄とは思いながら、なんとか反論をするものの。


「1つのチームにデータが渡ったくらいでは、バーニング・ライガーはびくともしません。わたしがさせません。昨日さくじつは負けましたが、次は勝ちます。わたしとバーニング・ライガーは最強無敵。同じ相手に2度続けて負けることはありません」


 アリッサは自負の籠った強いまなざしとともに、堂々と言い切った。


「――っ」

 その迷いのなさと強い意志をまざまざと見せつけられて、俺は思わず息を飲む。


 完全に気圧されてしまい、神々しい――などとまで思ってしまった。

 俺の心はもう、アリッサに屈する寸前だった。


「どうでしょう? わたしとしては十分すぎる譲歩をしているつもりなのですが、考えは変わりませんか?」


「む――ぅ――」


 アリッサは、ブレイビア王立魔法院からの出向であるアスナを納得させつつ。

 デュエル・アナリストである俺をも、ぐうの音も出ないほどに納得させてみせた。


 だが俺はマリーベルのために、どうしても負けるわけにはいかないんだ――!


 なんとかしないと。

 なんとか論戦を押し戻さないと。

 勝たなくていい、せめてイーブンまで持っていくんだ。


 でないと俺は、やっと手にしかけたマリーベルの信頼を裏切ることになってしまう。


 なにか、なにかないか。

 なにか――!

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