第46話 真剣な問いかけ マリーベル

「ああ、そのことな。簡単に言うと、男の俺にあれこれ言われるのが嫌だったんだと」


「ふぅん。それで?」

「ま、この業界はどうしても女尊男卑だからな。仕方ない」


 俺は軽く肩をすくめてみせた。


「ええっと、それだけ? 他の理由は?」

「少なくとも、はっきりと言われたのはそれだけだな」


 もう1つ、データにバイアスをかけていることについても指摘されたが、俺はそれこそがデュエル・アナリストの仕事であり個性だと思っているので、今でも自分の考えが間違っているとは思っていなかった。


 データをただまとめて一般化して伝えるだけなら、デュエル・アナリストなんて職業は必要ない。

 それこそリュカのようにデータを丸ごとそっくり覚えて、瞬時に頭の中から引き出せるのであればそれでも構わないだろうが、普通はそんな芸当はできはしない。


 だからデータに優先順位をつけ、必要なデータを抜き出し、個々人に適した戦術データを作成し、提供する。

 それこそがデュエル・アナリストの仕事なのだから。


「男だからって、そんなの理不尽だって思わなかったの? 裏切られたとか思わなかったの?」


 そう問いかけてくるマリーベルの言葉に、俺はなんとも言えない真剣さを感じていた。

 これはきっとマリーベルにとって大事な問いかけに違いないと、俺の直感が告げてくる。


 俺は軽く頭の中を整理すると、あの時に感じたことをマリーベルに素直に告げた。


「そりゃ理不尽だとは思ったけど、どうしようもなかったからな」

「やっぱり思ったんだ」


「そりゃ思ったよ。勝手なことばっかり言いやがってとか、いきなり無職とか勘弁してくれよとか、いろんなことを思ったさ」


「なのに受け入れたんだ?」


「嘆いていても、人生が好転する訳じゃないからな。それにどこまで行ってもデュエル・アナリストは裏方だからさ。姫騎士がいてくれるからこそ、俺たちに仕事が回ってくる」


 俺は小さく苦笑した。


「ヤマトさんは強いんだね。私ならチームメイトにそんな仕打ちをされたら、人間不信になっちゃうと思う」


「どうだろうな。結局、居合わせたミューレに拾ってもらえた幸運もあったわけだし。それがなかったら、今でも無職でグチグチ文句を言っていた可能性も、ないとは言えないかな」


「ちょっとヤマトさん。そこは見栄を張って『俺は大人の男だからな』とか言うところじゃないの?」


「マリーベルが真剣な顔をしていたからさ。俺も真剣に答えなきゃなって思ったんだ」


「……別に真剣な顔なんかしてないし」

「そっか、ごめん。俺の勘違いだ」


 俺は深くは追求せずに小さく笑った。


「ちょっと話過ぎたわ。もう行くね」

「また気が向いたら声をかけてくれよな」

「気が向いたらね」


 足早に立ち去るマリーベルの背中を見送りながら、俺は今の会話を思い返してみる。


「あの話しぶりからすると、マリーベルは誰かに裏切られた過去があるんだろうか? それで人付き合いを避けるようになったのか?」


 おそらく、本来のマリーベルは猫カフェで『にゃんにゃん、にゃにゃ?』と言うような性格なんだろう。

 それを人間不信からくるハリネズミ・アーマーで覆い隠しているのだろうか。


「ヤマトさん、見てください! ついに補助板なしで逆上がりができましたよ! これは画期的進歩です! 言うなればパラダイムシフトです!」


 おっとと。

 ついマリーベルのことばかり考えてしまった。


 リュカに声をかけられた俺は、そこで一旦マリーベルについて考えるのを止めた。

 今はリュカの逆上がりの時間だ。

 そこに注力しないと、頑張っているリュカに失礼だもんな。


「すごい成果じゃないか。一気に補助板なしまで行けるなんて、俺の想像よりもはるかに速い成長度合いだぞ」


「えへへ、頑張りました!」

「じゃあ次は――」


 俺はそのあと1時間ほど、リュカと鉄棒の『お勉強』を続けた。

 リュカのモチベーションが高かったのもあって、成果は上々だった。

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